休暇の始まり
目を開け、ゆっくりと起き上がり、周囲を見回す。そして自分が自室のベッドで眠っていたことを理解するまで、少々の時間を使う。
「ワッツ? え? この十時って夜じゃない……よな? え? マジで? 何で服のまま寝てるの? いつ寝たの? 俺……」
答える者がいないのはわかっているが、尋ねずにはいられない。体感的に十二時間以上眠っていた気がする。
とりあえず、誰かに連絡を取ろうと携帯を取り出す。
メールが届いていた、本文には本日休暇の四文字。ただそれだけの簡素な文章。
とりあえず寝癖を直し、訓練メニューを確認するため、リアンのラボへ向かう。
“本日調整中“
この三年間、調整しているのを見たことがない研究室がメンテナンス中。
事情を聞こうと、リアンの部屋へ向かおうとすると、携帯が震えた。
メールだ。
内容は『ヴァイン君が休暇だから久しぶりに研究室や各施設のメンテナンスを行うからよろしくね。今日くらい仕事のことなんか忘れて、キッチリ休まないとだめだよ』
優しい文面だが、なぜだろう、ヴァインは妙な強制力が込められた魔法の文に見えた。
完璧な手持ち無沙汰になり、とりあえず施設内の公園で途方にくれる。
やることが何もない。
ボーっと空を眺めていると、シオンやレイラ、その相棒たちがニヤニヤと笑みを浮かべながらやってきた。
そして察した。
「ああ、そうか……お前たちが全部根回しをしてくれたんだな、お兄ちゃん完璧に封殺されたよ、お手上げだ」
両手を挙げ軽口を叩くが、彼女たちの意図を察し、感謝の気持ちを心の中だけで呟く。
「で? その上で尋ねたいんだが……休日って何をすればいいんだ?」
盗賊団の頃から、休みらしい休みはなかった。それ以前に自主的な労働しかしたことがないので、休みという概念が彼にはない。
ヴァインの問いかけを聞き、爆笑する五人。
シオンだけは、口を押さえ、必死に顔を背けているが、笑っているのは間違いない。
「この施設から車で二十分ほど行けば街があるッスからそこに行ってみたらどうッスか? 息抜きと休息も兼ねて」
「いや、任務以外でこの施設から出たことがないから行っても何をすればいいか……」
恥を忍んで説明すると、今度は哀れみの目。
せっかくの休みに、なんの因果でこんな目に遭うのだろう。ヴァインの目に悲しさと情けなさで涙が溜まりそうになったが、空を見上げて何とか堪える。
「つっても、俺たちも仕事があるから……そうだ! ティナに頼んでやるよ、んで仕事が空いた順でお前と同行してやる」
レイラの提案に、歓声があがる。
彼女たちの様子から察するに、ティナの都合や魔力の浪費などを全く考慮していないのは間違いないだろう。
そんなことを考えている間に、シオンが他の者たちから離れてティナに連絡を取っているのを確認。シオンなら不条理な注文だと言う事に気づいてくれそうな気がしたのに、どうやら買い被りすぎたようだ。
「うん、僕から一緒に行こう」
シオンが言うと同時に、魔法陣が出現。
他の四人が何か言う前に転移、うるさくなくてちょうどいい。そんな風に考えてしまうほど、疲れ始めていた――休暇のはずなのに。