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スリースターズ  作者: カミハル
~総隊長と休暇、ついでに勝負~
21/51

新人訓練と強さの定義

「エス…………クリオス……」

 娘の名を呟く男。

 自分の体を構成する物質――魔力を消費し、異質な生物を生み出す。

 人型の青いマネキンのような人形、そしてこれまた青い鳥のような形をした飛行型。

 その二種類を生み出し、手振りで散らせる。

「任務を遂行します……」

 焦点の定まらない目で呟き、そのままその場にへたり込んでしまい、立ち上がることなく、規則正しい寝息を立てだした。

 その様子をモニター越しに観察し、セラスは携帯にシュウの観察を依頼してきた男に連絡をとった。




 早朝から昼までの訓練が終わる。

 リネス、アキラ、リーディアの三人がボロボロになって地面にへたり込んでいるが、休憩前に問題点の指摘をしなければならない。

 小さくため息をつきながら、地面にへたり込む三人に近づく。

 三人全員に共通することだが、魔法を発動させるまでの隙が多すぎる。呪文や技名は、イメージのプロセスを呪文、トリガーの二つに簡略化させるため、術者の体に叩き込まなければならない。

「耳にタコが出来るぐらい聞いたろ? 口が酸っぱくなるまで言ったよ俺、イメージの道程を簡略化できなければ相手にシールド張る時間や回避行動を取る余裕を与えるだろうが」

 何度も説明したはずだが、未だに理解してもらえないらしい。

 頭を抱え、どう教えれば理解してもらえるのかを黙考するが、こればかりは体で覚えてもらうしかない。ヴァイン自身も、この技法を身に付けるのに何度も死にそうな目にあった。というよりも、身に着けなければリアンとレイラに殴り殺されていた。

三年前の魔法使いになりたての頃を思い出し、嫌なことを思い出してしまったと頭を振るヴァイン。そんなことをしていると、突如ポケットの中にねじ込んでいた携帯が鳴り、メールが受信される。

 セラスからだった。

「よし、三人とも休憩だ。いつもどおり二時間後に再集合、遅れるなよ」

 それだけ言い残し、その場を去る。

 残された三人はそれを見送り、ヴァインがいなくなった途端に姦しくなった。

「確かに何度も聞いたけど……無理ッス」

「先日の試験も結局本気ではなかったようですし、人を見下すにも程がありますわ」

「頭では解っていても、戦闘中にやるとなると話は別よね。ただでさえ戦闘相手が鬼みたいな強さだってのに……」

 それぞれアキラ、リーディア、リネスが不満を漏らす。ヴァインが戦闘相手ではそんな余裕も無いが、強敵相手に出来ないことが実戦で出来るはずもない。

「そもそも総隊長は普段どんな訓練しているッスかねぇ? ていうか総隊長が、自分たちの訓練以外で訓練所使っているところ見たことないッスよね?」

 そう言われてみればと三人とも首を傾げる。

 そんな話をしていると、レイラとシオンが訓練所にやってきた。

「おいお前ら、休憩も取らずに何をしている。昼からへばったら俺がハンマーですり潰すぞ……って、なんだ? 何か聞きたそうだな?」

 暇なのか、リネスたちが座るベンチから新人三人を退かせ、二人が座る。実に傲慢不遜な態度だが、怖いので三人は文句一つ零さずに姿勢を正す。

「姉貴は、ヴァイン総隊長が訓練しているのを見たことがあるッスか?」

「ん? 見たこともなにも、たまに相手をすることがあるぞ。訓練の質だけで言えばお前たちが受けている訓練なんか、まだまだ基礎でしかないように見えるよな?」

 そばに座るシオンにも同意を求める。

 口振りからすると、二人とも訓練に付き合わされることがあるようだ。

「一緒のチームなのでいつも疑問に思っていたのですが、総隊長はいつ休暇を?」

「ああ、そういやこの部隊が設立されてから休暇なんて取ってねぇな。新人教育部隊の訓練生の時も、何だかんだで自主練習ばっかりだったしな」

「休暇を取らないってことは……総隊長、彼女とかいないッスかねぇ?」

 その質問に、リネスとリーディアの瞳が輝いた。相当興味があるようだ。

「彼女はいないみたいだな。他の部隊を含めて七割か八割が女だらけの組織にあって、三年程度の訓練でSランクの人類規格外な男だ、一年前まではそりゃもう凄かったんだぞ」

 思い出すように目を閉じ、腕を組み、一人頷きながら得意気に話すレイラ。

 一年前までは、と言う事は、今はそんなにということなのだろうか。

「一年前、強い女性がヴァインを手に入れるとかいうイベントが起こったんだよ」

 リネスの思考を読み取ったかのようにシオンが話してくれた。ずいぶん久しぶりに声を聞いた気がする。

「その時ヴァインに頼まれてな。俺やシオン、リアンとセラスも参戦して大騒ぎだったんだぞ」

 それを聞いて、新人三人は表情に気の毒そうな色を浮かべた。

 さぞかし血の雨が降ったことだろう。

「今でも恋文をもらったりしているらしいけれど……全部断っているみたいだね」

 シオンの説明に疑問符を浮かべる三人。なぜ断るのだろう。

「断っているなら、他に好きな人がいるってことッスよね。もしかしたらスリースターズ内に……もしかして姉貴じゃないッスか?」

 空気を読まないアキラのセリフに、新人の二人は顔を青く、対称的に、レイラは髪色に負けないくらいに顔を真っ赤にした。アキラとしては軽い冗談のつもりだったのだろうが――

「デストロイ・ハンマー!」

 魔石がハンマーを具現化させると同時、鋼鉄の鉄槌が天から地へと落下する雷のようにアキラを襲う。魔力構成を読み取るに、結構本気の一撃だ。

「ほんとに死ぬよ?」

 シオンが攻撃軌道上に刀を差し込み、直撃スレスレで受け止める。

 レイラは顔を真っ赤にしながら大きく深呼吸し、呼吸と精神を落ち着かせるよう努めるが――

「い……一年前だと……シオン隊長って言う事もありえるッスよね」

 本当に空気を読まない少女だ。姉が本気で怒っている様子なので、矛先をシオンに変えたつもりなのだろうが、どちらにしろ失言に代わりは無い。

 新人二人の予想通り、今度はシオンの刃がアキラの喉元に触れる。

(リーディア、もしかして隊長二人って結構まんざらでもないんじゃ?)

(しっ。リネスさんも失言には気をつけてくださいまし……聞こえたらあたしたちも殺されてしまいますわよ)

 小声で話す二人。アキラの命が危ないし、これ以上この話題を引っ張ると、昼からの訓練を受ける前に死んでしまう恐れがある。

「あ、あの……総隊長はいつ訓練を?」

 リネスが必死に話題を変える。

 本音は、恋話を引っ張りたいが、命と引き換えにはできない。

「お前たちの訓練が始まるのは、朝八時~十二時までだが、あいつはそれよりも早い時間に先に来て三時間か四時間ほどやっている」

 それを聞き、目を丸くする三人。早朝訓練から自分たちの訓練までぶっ通しで動いているということだ。ほとんど休憩なしで――

「君たちはなぜ、昼休憩が二時間もあるか知っているかい?」

 表情には出さないが、悪戯っぽい口調で尋ねるシオン。三人は首を横に振ることで答えを示した。それを見て、レイラも同じように悪戯っぽい表情を浮かべ、口を開いた。

「ヴァインはその二時間の間に自分の仕事や訓練を済ます。そして二時から六時までお前たちの相手。何だかんだで七時までお前たちに付き合い、晩飯食ったら自分の訓練や仕事だ。俺やシオンがお前たちの面倒を見るときは、自分の仕事を片付けたり、新人の訓練データを集め、訓練メニューを組む。ざっとこんな感じだな」

 三人は、先ほどの不満を反省しているようだ。

 縁の下の力持ちとはよく言ったもので、見えないところで自分たち三人のために苦労しているであろう姿を想像すると、胸が痛むのだろう。

 それを察した二人は、顔を見合わせ、口元に笑みを浮かべた。

「お前たちはラッキーだぜ? ランクSの魔法使いに訓練つけてもらえる機会なんざ、普通に生きていたらまず経験できないからな。しかも、ヴァイン自身も毎日の訓練で、さらに力をつけていく、ヴァインの力は才能とか天性だけのものじゃない、努力の結果だ」

 確かに、ヴァインほどの魔法使いに訓練してもらえる機会など、そうはないだろう。

 内容の厳しさはともかくとしても、彼との訓練は確実に大きな経験となる。

「ところでお前たちは、この部隊が立ち上げられた理由を知っているか?」

 新人三人に尋ねる。

 レイラとシオンは知っていた。

 彼が何を思い、今の環境を築いたか。

「……まぁいいや、どうせいずれ知る機会もあるだろう、質問は以上か?」

 三人がなかなか答えないので、話を変えることにする。このことは、誰かに聞かされるよりも、気づくほうがいいだろう。

「弱点は何か無いのですか? お二人ほどお付き合いが長いと、それなりの弱点を発見する機会があったはずですが」

「粘々した食べ物が弱点らしいな、オクラや納豆とかが代表だ、他には虫が苦手らしい」

 即答でレイラが答えるが、三人が望んだのはそのような弱点ではない。それをわかった上で言っているのだから、三人の表情が引きつったのは、予想通りのアクションだろう。

「戦闘面では、弱点を日々修正しているから不明だな。一度男の急所を攻撃したが、戦闘中は何の支障もなかったっけなぁ……」

 もっとも、その後で最速でレイラを撃墜し、訓練所の隅で蹲っていたが、戦闘訓練中に堪えることができたのならば、弱点にはならないのかもしれない。下手をすれば手加減なしで終わらせに来る分、余計に性質が悪いかもしれない。

 しかし、レイラは新人たちの質問で気づいたことがあった。

「お前たち三人は、この部隊で誰が一番強いと思うよ?」

「え? ヴァイン総隊長じゃないんですか? 単独での部隊壊滅や、困難な任務の遂行……噂が本当なら魔法使いとしては最強の部類では?」

 やはり思った通りだった。

 彼女たちは問題を履き違えている。

「んじゃ、質問を変えよう。ヴァインを含めて俺とシオン、リアンとセラスの五人が、毎回万全のコンディションで総当たり戦をしたとしよう。誰が一番多く勝てると思う?」

 突然の問いかけに悩む三人。

 世間の風評で言えば、ヴァインが全勝。もしくは一回負ける程度にしか思えない。

 十秒ほど悩んだ結果、三人は同時に――

『ヴァイン総隊長』

 ――声を揃えて答えた。

 その答えに、レイラはニヤリと口の端を歪め、三人の表情を見回した。

 誰一人、それが正解であると信じて疑っていない表情をしている。

「残念……正解はわからない。だな」

 その答えに、三人は不満そうな表情を浮かべた――レイラが怖いので、誰も異論を唱えないが、不服なのは間違いないだろう。

「ヴァインの弱点は知らないが、ヴァインに勝てる方法なら知っている」

 三人は、意味がわからず首をかしげた。

 それもそうだろう、弱点がわからない相手に勝つと言う事は、自分よりも強い相手に勝つと言う事なのだ。まるで矛盾している。

「例えば……リアンは部隊の中で、一番魔法のコントロールがうまい。いくらヴァインでもロングレンジでの撃ち合いでは不利だ。逆にセラスはショートレンジでの格闘術が強い、これはシオンの剣術にも当てはめることができるが、いくらヴァインでも殴り合いや剣術勝負では劣勢を強いられる」

 三人は、必死にその光景を思い浮かべ、順次理解していく。

 そして、残った最後の対戦相手、レイラの解説は、シオンが引き受けてくれた。

「レイラはミドルレンジでの攻撃が強いね。間合いが広く、ショートレンジでも重量で相手を押し切る格闘主体のタイプだ。でも残念ながら、ヴァインと相性が悪い。リアンやセラスなら、自分の得意な間合いに持ち込めるが、ヴァインとレイラの距離はほとんど重ならないんだ」

 ヴァインの得意な距離は近距離での殴り合いと遠距離からの砲撃。

 ミドルレンジでの戦闘は苦手なのか、敵との戦闘時においてヴァインがミドルレンジでの戦闘ポジションを取らせることはほとんどない。

 これは三年前の新人時代、レイラとの戦闘回数が一番多かったために身についたものだ。そのためか、対レイラ戦での対策はほぼ完璧に打たれてしまっているといってもいい。それでもレイラがヴァインに勝てないかと言われればそうでもない。

近距離、遠距離も得意ではあるが、ロングレンジのリアンやショートレンジのシオンやセラスと相手の得意距離で戦えば、いくらヴァインでも分が悪い。なのでヴァインはリアンにはショートレンジ。シオンとセラスには遠距離を主体に戦うことが多い。他の者も自分の得意なポジションを取りにかかるのが、戦闘で勝つための鍵となる。

「結局、部隊内では誰が最強なんッスか?」

 痺れを切らし尋ねるアキラ。

 リネスとリーディアも気になるようで、心なしか重心が前のめりになっている。

「全員互角じゃねぇか? 総合ランクの差はあれども、それぞれが自分の有利なポジションを取れば、勝負はわからなくなる……それでもリアンの魔法とセラスの体術は別格だな。一度相手の流れに呑まれたらゲームオーバーだ、伊達にS+ランクじゃねぇよ」

 それでも、十に三か四は勝つだろう。

 十回やって十回負けるようでは、この部隊のチーム隊長などは務まらない。

 他の部隊にも猛者はいるが、やはり戦闘スタイルの違いで戦いも大きく変わってくる。決して、相手の弱点を見つけたからといって、必ず勝てるというわけではないのだ。

「あいつに勝ちたけりゃ、自分の長所を伸ばすんだな。それが大きな武器になるのは間違いねぇよ。で、質問は以上か?」

「はい! 提案ッス。明日総隊長に休暇をあげようと思うッス。ヴァイン総隊長は日ごろ頑張りすぎなので一日くらいゆっくりとしてもらいたいッス!」

 アキラが元気よく手を挙げ、提案する。その提案は心からのものなのだろうが、ヴァインのしごきから逃れたいという下心が無いかといわれれば、そうではないのかもしれないが、レイラもシオンも頷き、それに賛成した。

「良い提案だ、早速休暇を取るための根回しを図ろう。行くよレイラ良い暇つぶしができた」

「おう、お前たちもきちんと休憩をとれよ」

 そう言って、訓練所から出て行く二人。

 新人三人はそれを見送り、なんだかんだで二人とも、ヴァインに何かをしてあげたいと思っていたことを改めて認識した。シオンが最後に言った言葉は聞かなかったことにしておこう。あれはきっと照れ隠しだ。

 ともあれ、あの二人が動けばリアン部隊長も動くだろう。

「さて、時間も少なくなったし、食事に行くッスか」

「そうですわね、早く行きましょう」

 残り時間を確認すると、あと三十分しか残されていない。

 アキラとリーディアが慌てて出て行き、リネスは苦笑を漏らしながらそれに続いた。



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