盗賊団リーダー
明かりの消された室内に接地された巨大なモニター。そこに映る内容は盗賊団の被害にあった大型家電量販店のニュース。そのニュースを疎ましげな目で見ているスーツ姿の男たちは、鼻で笑う者や、不快な気配を隠そうともせずにタバコを吹かす者まで様々なリアクションを見せていたが、一様に浮かべている表情は不愉快の色だった。
「市民権も持たぬギャング気取りの孤児どもが……これ以上調子付かせると我々の今後にも影響することになりかねん」
「そうですな。今までは人権団体がうるさくて思い切った駆除に踏み切る事ができませんでしたが……もうよろしいでしょう」
「では、私からあの地区の担当警察署長に通達しておきましょう。遠慮はいらないと」
まるで害虫でも駆除する、そんな軽い雰囲気でその場にいる者たちの表情は打って変わって明るいものとなった。
明るいとはいえ、その笑みはどこかほの暗いものだが――
そんなことは露知らず、盗賊団のメンバーは大型家電量販店での仕事から次の仕事へと移っていた。
深夜の大型百貨店。中には宝石店や各テナントの売り上げ金など、様々な獲物が存在している。もちろん、盗賊団がそんな獲物を見逃すはずもなく、十人程のメンバーが各々自分の仕事をこなしていた。
「若。見てくださいよ、こいつは上物ですぜ。これだけあれば当分飯には困りませんよ」
両手一杯に宝石を抱え、タバコをくわえながら若と呼んでくるこの男はエリック。物心ついた時から盗賊団のリーダーだった義父の親友。
「エリック、よく見ろよ。八割は質の悪いイミテーションだ。ついでにタバコはやめろ」
そして現時点で盗賊団のリーダー、ヴァイン・レイジスタ。孤児だったヴァインを義父である前のリーダーに拾われ、今ではヴァインが義父の代わりに盗賊団の面倒を見ている。
「さすが若ですね、一瞬で見分けるその目。死んじまったあいつも草葉の陰で泣いていますぜ」
「この仕事が終わったら、草葉の陰で泣くって言葉の意味を調べてみるわ。なんか使いどころ間違っている気がする」
宝石の鑑定をしながら冷たく言い放つ。
他のメンバーたちも、同じような感じで楽しくやっている。
とは言え、派手な事は出来ないので全員がヒソヒソと話しているし、周囲の微かな物音や気配も逃さない。
そうして仕事が滞りなく終わり、収穫した品を持ち出そうとした直後のことだった。
フロア全てが真っ赤に染まり、けたたましい警報が鳴り響く。
「ちっ、まだセンサーが残ってやがったか! エリック、実行役三班全てを逃走班が待機する第二ブロックへ誘導しろ!」
逃走用に確保しておいた荷物運搬用の通路に逃走班を待機させ、有事の際には実行役を先導し脱出する。
計画通り実行役を避難させ、通路の奥へと慌てず冷静に逃げるメンバーを見守り、確認。
正面入り口から現われた警備員たちを視界の端に収め、逃走するメンバーたちの最後尾でしんがりを勤めるエリックに声を投げかけた。
「全員避難終了後、俺の携帯を鳴らしてくれ。ここで雑魚の整理が片付いたら俺も行く」
ボサボサの腰まで伸びた髪を、ジーパンのポケットから取り出したゴム紐で束ね、黒いシャツのボタンを胸元まで開ける。
いつもこの瞬間には心臓が高鳴る。
楽しさ、緊張、不安。
色々な感情が入り混じり、自分の唾を飲む音さえ聞こえる、研ぎ澄まされた感覚。
エリックが手を上げ、了解の意を示したのを確認すると、警備員たちの姿を見据える。
警備員たちから見れば、ボサボサ髪の少年が道を塞いでいるようにしか見えないだろう。
それは、四人もいる屈強な男を止めるにはあまりにも小さな障害にしか見えない。
そして、それが警備員たちの一瞬の油断、隙を生み出した。
一瞬足を止めてしまった先頭の敵。三メートル程の距離を一瞬で詰め、下から抉り込むような掌低でのアッパー。
敵の踵が浮いたのを確認し、逆の手を鳩尾にあてがい、思い切り突き飛ばす。ダメージを与えるのではなく後続の敵を巻き込んだ転倒狙いの一撃。
功を成したその一撃は後続三人を巻き込み、一人を脳震盪状態にする効果をもたらした。
それを視界の端で確認、倒れた敵を地面のように踏みつけ、軸足に――それも転倒した警備員の顔の上で――思いっきり回転エネルギーを込めた回し蹴り。
即座に蹴り足を地面に付け、軸足で再び後ろ回し蹴り。
仲間を巻き込み、壁に叩きつけられ、白目を剥く敵を感覚と音で確認し、残った一人も胸倉を掴み、足払いでバランスを崩し、軽く跳躍。膝を曲げた足を腹部に当て、接地する直前に思いっきり足を伸ばす。
地面とのサンドイッチで肺から残らず空気を強制的に搾り出された警備員は、声一つ上げる間もなく昏倒。同時に携帯が震える――エリックからの合図だ。逃走経路に歩を進め、脱出。
メンバー全員は無事に逃走、警備員たちを撃退した手際も見事なものだが、メンバーたちの逃げ足も熟練の域と言えるだろう。
こうして一夜で二件の仕事をこなした盗賊団は、一つの被害も出さず、仕事を終えた。
今回得た物は、大量の家電製品と宝石、現金、食料など、ヴァインたちにとっても稀に見る大収穫だった。
「おい! そのカメラは俺のだ」
「おいおい、そんな大昔のポンコツどうする気だ?」
「誰かこの酒いらねぇか? 極上だぜ」
ヴァインがリーダーを務める盗賊団のメンバーは皆、若い。
とは言っても、外見だけの話で年齢不詳が大半。ヴァイン自身も自分の年齢を知らないし、生年月日も当然知らない。
名前も全員、自分自身でつけた名前。親がいない孤児の集まり。それがこの盗賊団だった。
「若、戦利品の分配には参加しないんですかい? 俺なんか見てくださいよ、このパソコン。最新型ですぜ」
「俺はもう獲得した。お前が見せに来た大量の偽者の中に面白い品があってな」
すでに酔っ払ったエリックがヴァインに自分の戦利品を自慢しにやってきた。
しかし、ヴァイン自身はすでに次の仕事を探したり、今回の戦利品の横流しのルートを確保したりなどの作業に取り掛かっている。
だから毎回、戦利品の争奪戦には参加しない。それを気遣ってエリックが声をかけにきてくれるのもわかっていた。
「面白い品ですかい? 極上のダイヤ? 神秘的なエメラルド? それともレアな……」
「これだ」
口早に捲くし立てるエリックに銀のチェーンに付けられた青い宝石を突き出す。
クリスタルのような形状に、周囲の光を映し出すような艶。知識のない素人ならば極上の品と言えなくもないが――
「これも偽者だ。石の銘もわからない、鑑定証もない、プラスチックのイミテーションだろうが、見た目だけならば極上の品だからな。今回はこれで十分だ」
――自分に必要なのは、部下に不自由な生活をさせない資金と、自分が生きていくための最低限の金だけだ。
メンバーの中にはまだ幼い者もいる。
そいつたちもいずれ、ヴァインたちと同じように盗賊団のメンバーになるだろう。
本来ならば、普通の生活を送らせてやりたいが、市民権もない子供たちに一般人のような生き方を選ばせてやることは出来ない。できることならば社会に送り出してやりたいが、その社会が子供たちを受け入れてくれないのだ。盗賊でもしなければ働くことも生きていくこともできない、その苦悩はいつも義父から聞かされていた。
「相変わらず、欲がないですねぇ。そろそろ人並みの趣味や生きがいを見つけてもいいんじゃないですか?」
「俺の趣味はガラクタ集め、生きがいはお前たちメンバーが無事に帰還し、こうして馬鹿みたいに戦利品に群がっているのを観察する。これだけ揃えば十分幸せじゃないか?」
携帯で横流し先の相手にメールを送り、テレビをつける。見たい番組があるわけではないが、今夜のニュースが気になる。
『こちら現場です。大勢の警官と野次馬で中の様子を窺うことが出来ませんが、警察関係者からの情報によりますと、出た被害額は八千二百万、死者十名、負傷者が二十三名の惨事となり、明日にでもスラム街の一斉清掃を実施する旨を発表いたしました』
生中継でアナウンサーの脚色が入り混じった実況を聞き、メンバーたちは一様に怒りの声を上げた。確かにヴァインが警備員たちを撃退したが、命までは奪っていない。明らかに世論を盗賊団壊滅の方向に導くための布石だろう。
予想はついていた。報道機関の類は深いところまで掘り下げずに報道する、もしくは権力者によって容易く情報を捏造する。それを聞いた市民はどう思うだろうか。答えは簡単、盗賊団は物資と命を盗んだ大罪人、そんな扱いだ.。もちろんエリックも憤り、ヴァインの下へと詰め寄ってきた。
「若! いいんですか、こんな好き勝手やらせて……これじゃ俺たち人殺しですぜ」
「そうだ! 俺たちは物を盗んでも命は盗まない、先代がそう決めた時からそれだけが俺たちの誇りだったんだ!」
「こうなったら警察署を襲って俺たちの潔癖を証明しましょう。なぁに、捜査書類をマスコミに流せば――」
「騒ぐな、馬鹿ども!」
一喝。
騒ぎ立てる部下を黙らせるが、気持ちは同じだ。義父が決めた約束事の中にある、メンバー全員の誇り。無駄な殺しはしない。それが第一だった。
それを汚され、我慢できるほど人間が出来ているわけでもないが――
「所詮は市民権も名もない孤児たちの集団。腐った偉い様方が利用するには最適だ。好きにやらせればいい」
そう言って心を偽るしかなかった。
部下たちや自分の心を――
「一般人からも役人からも疎まれる存在、それが市民権もない人間の扱いだ。それがわかっているからこそ俺たちは盗む。親父がいつも言っていただろ? 『自分が自分に誇りを持って生きていれば、いずれは報われる』ってな」
”いずれ“
便利な言葉だと思う。
いずれとはいつなのだろう。
どれほどの長い時間、いずれが訪れる日を耐え忍べばいいのだろう。義父は教えてくれなかった。