番外編~こんなある日の一日~
「あ……の、ごめんなさい、邪魔して」
そう言って走り去っていく果那に、波景は泣きたくなった。
「なんで……」
他の人の前ではなんて事はないのに、何故か果那にだけは上手くいかない。
今も傷つけてしまった。
「こういう時……大人の男性ならば上手く出来るんでしょうが……」
きっと、果那よりも年上か……それかせめて同い年ぐらいの男ならば、きっと果那を泣かせたりなんてしないだろう。
「……果那」
一体どうすればいいのだろう?
大切なのに傷つけてしまう
別に、自分には大切な人が泣いている姿を見てキュンキュンするような思考はない。寧ろどっちかといえば、笑っている顔を見る方が好きだ。
「どうすれば……」
どうすれば、果那は笑ってくれるのだろう?
きっと果那には年上の男性が似合う。
六歳も年下の男――しかも弟のように接してきた相手になど興味7などないのかもしれない。
けれど……そうは分かっていても、手放せないのだ。
ギュッと唇をかみしめ、果那の走り去った方向を見つめる。
一体どうすれば果那は自分を受け入れてくれるのか
「体から始まる恋もあると思います~」
「お前は黙ってろ」
ついつい地が出てしまった波景だったが、何とか自分を律して気持ちを落ち着かせる。だが、後ろの人物がそこでいらない事を言った。
「だってよく言いますでしょう~、嫌よ嫌よも好きのうち~。それによく考えて下さいな~、歴史上では沢山の女性達が強奪されるも結構最終的にはくっつく例もありますし~」
「…………」
「ここは押し倒すのですわ~」
「……押し倒す……」
「ついでに強制妊娠でもさせてしまえばハッピーエンドです~」
犯罪だろぉぉ!!
いや、強制妊娠ではないが、強制的な結婚はさせた。
果那の父を言いくるめ、果那の母に頭を下げ、果那の兄弟に協力してもらい結婚にこぎ着けた。
神殿入りしたかった果那を逃げられないように囲い込んだのだ。
だが、だからといって自分はそこまで堕ちていない
とりあえず、向こうが心を開いてくれるまで子供は待つつもりだ
「側室も迎えましたのに~」
「貴方は……」
「うふふふふ~、そんなに怖い顔しないで下さいな~」
誰が怖い顔をさせていると思っているのだ。
「私を側室に迎えた時の果那の顔はとても見物でしたわ~」
彼女――自分が側室に迎えた、元果那の侍女はそう言ってクスクスと笑い
「その時のフルフルと震えた子ウサギ状態で私は本気でキュンキュンしましたわ~」
こいつ、絶対に聖女じゃないし
巷では聖女の呼び名も高い、美しく優しい彼女の本性を思い浮かべて波景は嫌な気持ちになった。
特に、その――
「果那の泣き顔に思わず下半身がうずきますわ~」
こいつ、果那を異性として狙っているんじゃないかという発言が酷く気にくわない。
「果那は渡しませんよ」
「あら~、わかってますわ~。だから私も協力して差し上げていたでしょう?」
そう……彼女が果那の侍女となってからのこの○○○年。
何故か好意的に自分に協力してくれたが、その大半が使えない事ばかりだった。
とりあえず言われたのが
押し倒せ
体で迫れ
心なんて後でついてくる
どこの暴君なのだと怒鳴った事は数知れず。
それもその筈。彼女はほわほわした聖女面の内面は自分にそっくりだった。
いや、自分よりも性格が悪いかも知れない
果那を大切にしている筈なのに、自分に押し倒せと言い切る彼女。
しかも
「年齢差なんて微々たるものですわ~」
自分の積年の悩みを微々たるものと言い切るその神経。
「……そういう問題ですか?」
「問題ですの~」
いや、絶対に違うはずだ。
しかし彼女を黙らせることは出来ない。
ああ……早く引き取りに来い
この女は自分では抑えきれない
はあ……どうして行方不明になんてなるんだか
波景は本気で幼馴染みを呪った。
が、今の状況に、彼女を側室として迎えたのは自分だ。
やったからには最後まで面倒見なければ。
「とりあえず、余計な事はしないで下さいね」
「助言しかしてませんわ~」
「それが余計なんです!!」
使える助言もあるにはあるが、使えない助言を数えた方が早い。
とはいえ、本気で自分と果那の幸せを願う彼女を……心の底では感謝する波景だった。
――私がお手伝いしますわ~
にこりと笑う彼女
――果那はとても良い子ですから、お嫁さんにしたら幸せなこと間違いなしですわ~~だから~~頑張って下さいね~
そう言って、果那に関するあらゆる情報を流してくれた彼女
彼女もまた果那の神殿入りを反対するものであり、波景が果那をすんでの所で捕まえられたのも彼女のおかげである
だから
今は果那の心が得られなくてもいつか
そして自分達の幸せの為に尽力をつくしてくれた彼女がいつか
彼女が幸せになれるように
彼女が彼を待ち続けられるように
安心して彼を待ち続ける事が出来る場所を自分は作るのみである
そうでしょう?
――――?
波景は心の中で、今も行方知れずの幼馴染みへと語りかけたのだった――