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本音と王太子妃


「緑葉様は……波景様は私のもの。お前のような落ちこぼれなどに渡すものかっ!!」


沙国の王女の姿に、前世の彼女の姿がだぶる。


その憎悪に満ちた眼差しだけで、わたしの体はズタズタになりそうだった。


「消えてしまえお前など!!」


その叫びと共に、彼女がわたしに向けて術を放つ。

ギュッと体を縮込ませるわたしを、波景が抱きしめた。


波景――


あの人の狙いはわたしだけ


だから、波景はわたしから離れさえすれば傷つかない


なのに……逃げてという言葉さえわたしの口から出ることはなかった


「大丈夫ですよ、果那……私が守ってあげますから」


――泣かないで、カナちゃん。僕が守ってあげるから


ああ、昔と一緒


小さい頃、怖い話を聞かされて眠れなくなったわたしに、波景はそう言って手を握ってくれた。


でも


――わ、わたしよりも年下のくせに生意気言わないで!


ついつい照れたわたしは、そう言ってしまった


それでも波景は手を握っていてくれたけれど


その笑顔が、どこか悲しそうで……悔しさが入り交じっていたのを覚えている


わたしより年下なのに


年上のわたしが守られてばかりいて……それが悔しかった


わたしはお姉さんなのに、いつも波景に助けられてばかりいた


わたしだって波景の手助けをしたいんだよ


いつも背伸びを……いや、背伸びすることなく年齢に似合わないほど大人びていて……その上、何でも出来る優秀さを持った年下の幼馴染み


六つも年上なのに


今もわたしは守られてばかり


「私が守ります。だから安心して下さい」


そう言って笑う波景の腕を掴む。


「果那?」


わたしだって


貴方を――


「死ね、死ね、死ね!!大根の生まれ変わりなどいらない!!」


王女の術が強さを増す。

それを防ぐ波景が苦しそうだ。


「あはははは!!死んでしまえ、お前など誰もいらないのよ!!」


それは、いくら王族の姫とはいえ、明らかに異常な強さだった。

あの波景が押されている。

が、よくよく見れば、波景はわたしの傷に治癒の力を送っていた。

なんて馬鹿なことを。


余計な場所に力を裂けば、そんな風に大変になるのは当然だ。

わたしは波景に治癒の術を止めるように叫ぼうとするが、やはり潰された喉からは声は出ない。


それでもどうにかして想いを伝えようとするが、波景は首を横に振った。


「これだけは果那の言うことは聞けません}

「………………」

「もう失いたくないんです。たとえ、私の側に居たくないとしても、死ぬのだけは認められません。もう二度と果那に手を伸ばすことが叶わなくても、どこかで生きていて欲しい……」


波景は馬鹿だ


波景の側から離れるなんてわたしに出来るはずがないのに


けれど……それを伝える声はわたしにはない


離れたくないのはわたしも一緒だ


ずっと一緒にいたい


果那は、波景と共に生きていきたい


「くっ!!」


波景が更に圧され出す。


「波景様、貴方様を傷つける気は毛頭ございませんわ。貴方様は私の夫ですもの。だからこちらにいらして?」


王女が波景に向って手を伸ばす。

しかし、波景は彼女をきつく睨み付けるだけだ。


「そうですか……ならば、力ずくで手に入れるまでですわ!!」


王女の力が触手を生み出し、波景へと迫る。


やめて、波景を取らないで!!


波景はわたしの夫だと、響かぬ声で絶叫した。


「やめなさい!!」


蒼麗様の怒声が響き渡る。

それと共に、波景に迫っていた触手が一斉に消えた。


「なっ?!」

「波景さんと果那さんに触れないで!!貴方の言い分は勝手すぎますっ」


蒼麗様が厳しい眼差しを王女に向けた。

その視線に、王女が一瞬怯えた様子を見せるが、すぐにふてぶてしい態度を取り始めた。


「はっ!十二王家筆頭星家の長姫様とは名ばかりの、落ちこぼれのお姫様がこの私に説教ですか?!」

「間違った事をしている人には、たとえ相手がどれだけ優れていようとわたしは一言言わせて貰うのが信条ですから」


そう――その信条で、蒼麗様は他の幼馴染みの方々にも正面から諫めにかかる。


「とんだお姫様ですこと!家柄しか能のないくせに!!」

「それは寧ろ貴方の方よ」


ハッと見下すように侮蔑の視線を向ける蒼花様に、流石の王女も顔を真っ赤にした。


「私が……貴方様の力なしの姉君と同じですって?!」

「黙れ女!私のお姉様をお前と同類にするな!!」


激怒された蒼花様はとても怖かった。

その怒気に、私達の周囲からは波が引くように全てが逃げていく。

本来木や大地に宿る精霊達が一斉に逃げてしまったらしい。


というか……すいません、精霊が逃げたら土地や木が枯れるんですけど……


「蒼花、落ち着いて」

「でもお姉様!!」

「沙国の王女様に聞きたい事があるの」

「な、何よ」


蒼花様に怯えながらも、王女は蒼麗様に上から目線での発言をする。

確かに蒼麗様は力なしだが、天帝と天后に次ぐ権力と地位、身分、能力を持つ天界第二位の権力者である十二王家、そこの筆頭たる星家の長姫様である。


はっきりいって、いくら王族とはいえ、十二王家傘下の中でも中位程度の国の姫である王女がそんな口を叩いて良い相手ではない。

しかし、蒼麗様は怒ることなく、淡々と口を開かれた。


「どうしてそこまで波景さんに執着するんですか?」

「は?」


蒼麗様の言葉に、何を馬鹿なという視線を向ける。


「もちろん、地位や身分があるからよ。当たり前じゃない。炎水界でも一、二を争う大国の次期国王。その方の正妃になりたいと思うのはごく当然の事よ。誰だって、女に生まれたからには頂点を目指したいじゃない。それに、波景様は炎水界でも名高い美人ですもの。何が何でも、どんな手段を使ってでも妻の座が欲しいと思うのは当然の事ですわ!!」


そんな王女様に、蒼麗様は言われた。


「身分や地位が欲しいの?」

「そうよ!!最高の身分と地位がね!!」

「最高……ではないと思いますよ?波景さんの地位は」


確かに蒼麗様の言うとおりだ。

波景は確かに凪国という、炎水界では一、二を争う大国の跡取りだ。

が、所詮は凪国も、十二王家の支配下に置かれる国の一つであり、いわば全体的な視野からすれば、地位と身分のピラミッドの中間に位置する国の一つに過ぎない。

もちろん、その中間層の中では限りなく高位に属するし、十二王家のすぐ下に位置する。しかし、それでも十二王家のすぐしたとはいえ、その差は天と地など比べものにならないほどの差がある。

十二王家を超えるどころか、すぐ下に位置することの出来る者は絶対にいないとされるほど、十二王家は天帝一家と同様数多の世界では絶対的な存在とみなされているのだから。


だから、天界でも最高と言うならば、天帝陛下や十二王家の当主様以外にはいないだろう。


そう、蒼麗様も思われたらしく


「最高を望むのならば、他にもいます。たとえば、天帝陛下の皇太子とか、十二王家の誰か」


なんてどう?――と言いたかったのだろう。

けれど、その前に二つの声がそれを遮った。


ほぼ同時。

どちらも鬼気迫った表情でそれぞれ叫ぶ。


「お姉様?!変なものを幼馴染み達に紹介しないで!!」

「皇太子と十二王家は観賞用です!!」


観賞用……


「か、観賞用?」

「そうよ!!あれは触れるものではなく遠くから眺めるものよ!!」


仮にも天下の皇太子様と十二王家のご子息様達を観賞用と言い切った王女に、蒼麗様は固まった。


「いいですこと?私は身分不相応が一番嫌いなのです。ですから、私も一応は身分をわきまえていますのよ」

「は、はあ」

「そう、私程度の身分では、いえ、皇太子様や十二王家のご子息様達の后などになれる女性はごく一部しかおりません。それ以外の者達にとっては彼らは観賞用です!!」


観賞用……なんですか


「そうですわ!!寧ろ一億光年以上もの遠く離れ、その間に数々の堀や壁を造り、完璧な防御をした上で安全にかつ優雅に観賞し、妄想を育ませる!!そのように楽しむべきものであって、実際に自分が――なんて恐れ多い事などできる方達ではございません事よ!!」


すいません、その観賞用は幼馴染みで、しかもそのうち一人は許嫁なんですけど――と、蒼麗様が顔を両手で覆われて小さく呟かれたのをわたしはしっかりと聞き取った。


ええ、そうですよね……


幼馴染み達を、しかも許嫁を、現実の恋愛相手ではなく、寧ろ見て楽しむべき観賞用


しかも、観賞する為の安全措置を完璧にしなければ観賞すら出来ないとまで豪語されてしまったなんて……幼馴染みとして何かが悲しいですよね


しかし、蒼花様の方はというと


「ふっ!分かってるじゃない!!だから私達に近づかないでね」


と、近づかれない事を寧ろ嬉しく思っているそぶりだった。


それでいいんですか?


「そう……皇太子様や十二王家の子息様達を除けば、最も将来性のあるのは波景様よ!!」


……確かに、そうかもしれないです


でも、波景を取られるのは嫌だ


ギュッと波景の服を握りしめるわたしに、彼は安心させるように微笑んだ。


そんな私達を王女は目敏く見つけ、わたしを睨み付けた。


「本当に忌々しい女」


そう言うと、わたしをジッと見つめる。

その視線から逃れたくて、波景の胸に顔を押しつけようとしたわたしに、わたしの腹部に視線を止めた王女はニタリと笑った。


「確か……――ヶ月だったですわよね?」

「…………」


何が言いたいのか分からず怯えるわたしに、彼女は言った


その、思い出したくもない事実を


そして……恐ろしい爆弾を投げつけた


「計算すると、あの時ですわよね?確かお忍びが見つかって波景様に幽閉された日。たっぷりと波景様を受け入れたと聞き及んでいますわ。でも……確かその日、別の男性とも楽しまれたとか――お忍び先で」


それが、あのお忍び先での暴行未遂事件の事を指しているのだと知ったわたしから血の気が引く


「ねえ?王太子妃様。そのお腹の子は波景様の子だと言うけど、同じ日に別の男とも交わったのならば、どちらの子かは分からないわね?」


交わった?


違う


あれは、未遂で


だが、波景がそれを信じてくれず、寧ろ別の男性がいるのかとわたしを疑った過去を思いだし、わたしは青ざめた。


そんなわたしに、彼女は追い打ちをかけた


その……最も聞きたくない一言でわたしを貫く


「ふふ、王太子妃様……そのお腹の子って、本当に波景様の子かしら?」


彼女は言いたいのだ


そのお腹の子の父親は波景ではないのだと


とうとう彼女は、わたしを陥れる為にわたし達の大切な我が子まで利用しようとしているのだ。


「ねえ、波景様?波景様は信じるの?そのお腹の子が、ご自分の子だと。同じ日に、別の男を受け入れたかもしれない妻の言い分を信じるの?」


違う


わたしは別の男性なんて受け入れてない


声が出ない事が酷く呪わしい


ああ、早く、早く声を出して言いたい


この子は貴方の子だ


波景の誤解を解きたい


と、わたしの体を抱きしめる波景の腕の力が増す。


「黙りなさい」

「波景様?」

「この子はわたしの子ですよ。正真正銘ね」


波景の言葉に、わたしは息が止まりそうになった。


波景……信じてくれるの?


呆然とするわたしを余所に、波景は更に続けた。


「もし仮に、私の子ではなかったとしても、そんなものは構わない」

「なんですって?」

「父親が誰であろうと、果那の子供ならば私にとっても愛しい我が子。寧ろ、果那を襲おうとした馬鹿を父親などとは認めませんよ――血が繋がっていてもね。そんな父親などどうでもいいくらい、私は子供を大切にしますよ」


でも――と、波景は言う。


「それは万が一の話であり、正真正銘果那のお腹の中にいるのが私の子であるのならば、そんな心配など無用です」


そう言い切った波景がわたしを抱き直す。


「すいませんが、私は貴方の事なんてどうでもいいんです。寧ろ見るのも嫌なぐらいです。といっても、それは貴方の前世が緑葉から大根を奪った相手だからではなく、どちらかと言えば、貴方自身の資質ですね」

「なん……ですって?」

「たとえ前世がどうであれ、今の貴方が素晴らしい方ならば私は尊敬し、敬意を抱いたでしょう。けれど、今の貴方は昔と同じ……いや、更に悪くなっています。これこそ、死んでも直らない――ですね。まあ、私も偉そうな事は言えない身ですが」

「波景様は……私を侮辱するの?」

「侮辱なんてとんでもない。もともと私は貴方の事なんてどうでも良かった。なのに、貴方と貴方の父親、それに家臣達は事もあろうに最初は私の父に取入ろうとした」


え?


「私ではなく、私の父――偉大なる凪国国王の側室となろうとした。そしてさっさと私の母を蹴落とし、正妃の座を奪おうと企てた」


正妃の座?


それも、王太子ではなく、国王――お義父様の?


でも、お義父様にはお義母様が……


「母を失い地獄を見させられた父は散々苦しんだ。そんな父に、そして母に煩わしい思いをさせたくなかった。たとえ、相手が取るに足らない相手でも」

「っ!!」

「だから、代わりに私が引き取ったんです。父と母の仲を貴方が引っかき回す前に、私が貴方を側室として引き取り監視下に置いた」


初めて聞く事ばかりに、わたしは混乱した。


一体、何がどうなっているの?


と、その時、喉に温かいものが触れた。


「今治すから待ってて」


蒼麗様が、取り出した一枚の護符をわたしの喉に当てる。


「ごめんね、遅くなって!!前に使い切ってもうないと思ってたけど、最後の一枚だけ残ってたの」


その言葉と共に、温かな光がわたしの喉を覆う。

痛みが急速に引き、血が止まる。

光が収まった後、無意識に喉に手をやったわたしは


「傷がない……」


って、今、わたし、言葉が


「良かった~、完治出来たよ~」


呆然と蒼麗様を見つめるわたしは、もう一つ気づいた事があった。

いつの間にか胸の傷は治っており、更には――


「お腹が……痛くない……」


あれほどズキンズキンと痛んでいたお腹からは痛みが消えていた。

が、それはもしやお腹の子は――と、慌てたわたしに、蒼麗様がその手をわたしのお腹にのせた。


「大丈夫……いるよ、ここに」

「……あ……」

「蓮理さんの術が守ってくれたから」


香奈のお父様――


「でも、激痛と……出血が……」

「うん、確かに流れそうになったけど……でも、一時的なものだよ。それに、何よりもお腹の赤ちゃんが頑張ってくれた」

「?!」

「必死に……果那さんのお腹にしがみついていたよ。『死にたくない、生きたい、お母さんと離れたくない、お母さんとお父さんの子として生まれたい、自分がお父さんとお母さんを守るんだっ』……って」


わたし達の赤ちゃん


感極まり、泣きじゃくるわたしを波景が優しく抱きしめてくれた。



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