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狂気と王太子妃


「果那」


彼が笑う。


妖艶に、誰もが虜になる魔性の笑顔。

妖しく咲き誇る胡蝶蘭の花を思わせる、匂い立つような色香が辺りに蔓延する。


カーナ


カ~ナちゃん


ボクと遊んで


「なんでこうなっちゃったんだろう」


昔はとっても可愛かったのに。

何故か酷く冷静な思考でわたしは悔やんだ。


昔はとても可愛かった。

みんなは綺麗だ、美しいと騒いでいたし、確かに波景の容姿はそれはそれは美しく、炎水界でもその壮絶な美しさは声高に語り継がれていた。


しかし、わたしにとっては可愛い弟のような存在だった。


華奢な輪郭も、薔薇のような唇も、紅玉のような瞳も、そして――怜悧で冷たささえ漂わせる神秘的で清楚な美貌も。

わたしに向ける満面の笑顔を一度眼にすれば、それらも全て可愛いを構成するものでしかなかった。


なのに


なのに


どこをどう間違えてこうなったんだろう?


果凜は、波景の事をこう称していた。


『色気と美しさが服を着て歩いているような弟』


因みに、果凜のお父様の妹姫も『色気と儚く清楚な美しさが服を着て歩いているようなお姫様』と呼ばれていたから、確かに血縁関係はばっちりなのだろう。


何せ、叔母と甥。


果凜のお父様の妹姫に関しては、瞬きするだけでも色香がだだ漏れで、眼があった相手が初対面ならば確実に数日は悩殺されて倒れたままだというから恐ろしい。

そして波景もその血を着実に受け継いでいるのはまず間違いないだろう。


血まみれになりながら色香をだだ漏れにする男――波景。


……そういえば、昔あまりに色気を無意識に振りまきすぎてどこぞの国の貴族の馬鹿息子に襲われ


「それ以上考えたら犯すよ?」

「わたしの頭の中を勝手に読まないで!!」


笑顔で恐ろしい台詞を吐く波景だが、その前に勝手に人の思考を読むなんて酷い人だ。


「別に読んでないですよ。果那はわかりやすいんです」


にこぉ~~と微笑む波景から立ち上る真っ黒なオーラがなんとも近寄りがたい。寧ろこのままスタートダッシュして遠い彼方に逃げたかった。

けれど、波景は逃がしてくれないだろう。


「ちょっと待っててね、果那。今、邪魔者を葬るから」


邪魔者という言葉に、わたしはハッとした。

が、それよりもはやく、波景の操る水の触手が動き出す。


あの元登山家の男を貫く触手が男を締め上げた。


そして――


ぐしゃりとその体が潰れた。


「いやぁぁっ!」

「はは……潰れちゃった……仕方ないですねぇ」

「なんて酷いことを……」

「酷い?誰が?」


波景がクスクスとと笑う。


「あの男がしていた事を考えれば、これは報いです。それに……あの男が生前してきた事を考えれば……」

「波景?」

「いえ、別にいいです……これは……彼女も気が済んだようですからね」


本当に救いようのない男だったと呟く波景にわたしは後ずさる。

だが、そんなわたしに気づいたのか水の触手がわたしに襲い掛かった。


「きゃあ!!」

「逃がしませんよ」


抱いていた登山客の女性が地面に倒れる。

わたしの体が触手によって持ちあげられる。


「さあ……帰りましょう」


帰る?


分かっていた事だった。

見つかれば連れ戻される。


だが――


この状態のまま帰ることは出来ない。


「わたしは帰りません」

「果那」

「今はまだ帰れないんです!!」


だって、この山にはまだ沢山の人達が


もちろん、他にも帰れない……帰りたくない理由は沢山あったが、今のわたしにはこの山の状況をどうにかする事が最優先となっていた。

香奈がいる。香奈のお母様が山頂で頑張ってる。

香奈のお父様が今も遭難者達を助けている。

多くの人達が危機に瀕している。


それに、この山の植物達が……破魔大根が……


「破魔大根……」

「え?」


波景の口から、破魔大根の言葉が出てきた事にわたしは愕然とした。


「この時代にはまだ残ってましたね……とはいえ、実もつけない役立たずが一輪のみ」


……役立たず?


あの植物園にあった破魔大根が?


たとえ実をつけなくても頑張って咲き続けているあの花を……


波景は役立たずと言い切るのか?


気づけば涙が流れていた。


実をつけない植物園の破魔大根に、子を産めずに側室を持たれた王太子であるわたしが重なる。


確かに、お義母様を助けるには破魔大根の実が必要だ。

その実をつけられないのであれば、確かにお義母様を助けたいと願う人達にとっては役に立たない代物だろう。


わたしと破魔大根は同じだ。


わたしも役立たずだから


子を産むのがわたしの最大の役目なのに、子を身籠もることが出来なかったこの十年。


わたしは凪国にとっても津国にとっても役立たずの王太子妃でしかなかった。

どんなに頑張っても実をつけられない花は必要ないのだ。


「果那……行きますよ」

「……やだ…」

「何かいいましたか?」

「もうわたしは波景と一緒になんて行かない!!」


それはわたしの心からの言葉。

今まで思っていてもどうしても言えなかった筈なのに、ようやく言ってしまった。


もうこれで後戻りは出来ない。


わたしはせめて態度だけでも堂々としていようと顔を上げた


その時



ナラバダレトイクキダ!!



叩き付けられるような怒声にわたしは身を震わせた。


「誰と行く気だ?」

「波…景?」


波景の様子がおかしい。

怒りで震えているのは分かるが、全身からにじみ出るそれは到底尋常ではない。


「誰と」

「ど、どうしたの波景?」

「誰と誰と誰とぉ!」

「波景?!」

「行くんですか?!他の男と……どうして……どうして……どぉしぃてぇぇぇ!!」

「波景?!」


片手で顔を多い叫び続ける波景の美しさはいつものままなのに、そこには確かな狂気があった。


「どぉしぃてぇぇぇわたしぃぃのものぉにぃなぁらなぁぃいいっ」


まるで不協和音のような叫び声に思わず耳をふさいだ。


「波景?!きゃぁぁっ」


体を戒める触手の力が増す。


「どぉしてぇぇわたしのぉぉしぃたのにぃぃ」

「は……景…」


だんだんと意識が失われていくわたしの耳に、昔の可愛かった波景の声が聞こえる。


『カナちゃん、あのね、大きくなってもずっとずっと一緒にいてね』


一緒に………


どうしてっ!!


昔の波景の声に今の波景の声が重なる。


どれだけ努力すればあの人は認めてくれるんだ!!


……あの人?


どうすればいいんだ


どうすれば……


どうすればあの人は私の方を向いてくれるんだ……


波景の泣きそうな顔に、ふと別の誰かが重なって見えた気がした。


「……同調しちゃったみたいだね……」


聞き覚えのある声は酷く優しかった。


意識を取り戻したわたしを抱きしめるのは――


「香奈のお父様……」

「ごめんね、果那。遅くなったね」


もう大丈夫


その笑顔は、祖国のお父様のように温かいものだった。

安心してもう一度気を失いかけたわたしだが、ふと全身を駆け抜けた悪寒にハッと振り向き凍り付いた。


そこには意識を失う前と同じように波景が立っていた。

その手に刀を握りしめて。


「あの人だね……君の夫は」

「…………はい」


香奈のお父様の言葉に、わたしは素直に頷いた。


「彼は……同調してしまったみたいだよ」

「え?」

「大罪神と……もともと彼も可哀想な神だったからねぇ」


大罪神が……可哀想な神?


って、彼も?


「優しくて……優しすぎて……その優しさが仇になった」

「優しい……」


それはどういう事なのだろうか?


だって大罪神はとても悪い事をした神で……


「……内緒にしたままにする筈だったのにね」

「香奈のお父様?」

「誰にも知らせず、知られることなく……」


どうかあの人を助けて……


「え?」


誰かの声が聞こえてきた気がした。


「そして君の夫も……優しさが仇になったんだね」


優しさが……仇に?


「大罪神……いや、『山貴神』いくら君が望んでも……もう大根オオネは戻ってこないんだよ?」


実をつける前に去った人はもう戻らない


そう言った香奈のお父様は酷く悲しそうで


そしてわたしの脳裏に、あの植物園の破魔大根の花が蘇ったのだった。



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