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破魔大根と王太子妃


ロープウェイ乗り場から出たわたしは、辺りの様子に度肝を抜かれた。


「本当にここ……山頂なんですか?」


そう呟くのも当然だ。


なんと、山頂である筈のここには沢山の建物が建ち並んでいたからだ。

お土産屋さんに飲食店、そして山小屋とは思えないほど立派な旅館造りの宿泊施設。


どうやら、この山は登山客にも有名な山らしく、ロープウェイでの観光客の他に、多くの登山客があちこちに見られた。


「今は登山の時期だから人もおおいね~」

「凄いですね……」


途中立ち寄った案内所で貰ったパンフレットには、この山が昔から多くの登山客が訪れる山だという旨が書かれていた。


「他にも、山菜採りの人達とかも多く来てるらしいね~」


香奈がパンフレットを見ながら言った。


「高山植物とかもかなり豊富なんだって~、あ、因みに植物園の植物はその高山植物が殆どらしいわ」

「へぇ~」

「なんか凄く貴重な植物もあるみたい……」


そこで、香奈の話が止まった。


「どうしたの?」


パンフレットを見つめたままの香奈につられるようにわたしものぞき込み、それを見付けた。


貴重な高山植物と遭難行方不明多発の光と影


そこには、昔から貴重な高山植物を求めてこの山に立ち入り遭難した者達が多い事が書かれていた。

この山の高山植物は病や怪我に効く薬草が多いらしく、特に戦争中は多くの者達が山に登ったらしい。


だが、見た目とは裏腹に危険な要所も沢山あるこの山は、彼らの多くを生きて返さなかった。


「植物園は、その貴重な高山植物を持ち帰った人達の功績で建てられたんだって」


パンフレットに書かれている、植物園の出来た経緯。

何とか無事に高山植物を持って帰ってきた人達は、少し多めに取った高山植物の一部を庭へと植えたらしい。

しかし、土や環境が違うせいか、すぐに枯れてしまったという。


高山植物はやはり山で生える物。

それから数十年。山頂の開発が進んだ後に、彼らは新たに得た高山植物を山頂で栽培したところ、少しずつだが量も増え始めたという。


「とりあえず……植物園に行ってみようか」

「そうだね」


香奈を促し、二人で植物園へと歩いて行く。

数多の建物がある中でも、一際奥にある建物の前では先に向かった香奈の同級生達も待っていた。


「早く、先に行くよ~」

「待ってよ~」


香奈がわたしの手をとり走り出す。

そうしてわたし達は植物園の中へと入っていった。


イワオオギ、シャクナゲ、タカネバラ、コケモモ、クルマユリ、ナナカマド


数え切れないほどの高山植物がそこにはあった。

職員が一つ一つ説明していく。


「これらは貴重な植物で」


更に先に進むと、他の山にはない貴重な薬草が姿を現した。


「これは火傷に、これは風邪に効くと言われています」


色とりどりの花、実、草花。

保護者達が職員の説明を聞くなか、子供達が走り回る。


「これ綺麗~」


香奈が特に気に入ったのは、水色の花を咲かせる薬草だった。

匂いも良く、小さな花がとても可愛らしかった。


「家で育てたいな~」


とはいえ、高山植物の持ち帰りは法律で禁じられている為、それは叶わぬ夢だろう。


――と、その時わたしはある一角で足を止めた。


「……ハマダイコン?」


そこに一つだけ生えていたのは、百合の花によく似た白い花だった。

土に突き刺してあるプレートの名前を読むわたしの後ろに足音が鳴った。


「それは、破魔大根という植物ですよ」

「は?」


大根?


突然後ろから現れ説明し出した職員に思わず素っ頓狂な声を上げた。


「はは、確かに見た目は百合ですが、実はこの花は大根そっくりの実をつけるんですよ」

「はぃぃ?!」


大根そっくりの実?


「これは、かなり古くから発見された高山植物でしてね……この山にしかないとされています」

「そ、そうなんですか……」


なんか……お義母様が見たら狂喜乱舞しそうな植物だ。


「……これも薬草なんですか?」


外れとはいえ、ここも薬草エリアだ。

職員が頷いた。


「はい。それも、魔のもたらす悪しき眠りから目覚めさせると言われています」

「え?」


悪しき眠り?


ふと、お義母様の事が思い出された。

眠りにつかれたまま目覚められぬお義母様。

唯一眠りから覚ますことの出来る植物はもう絶滅してなくなってしまったという。


そういえば、その植物の名前は確か


「ハマ……オオネ」

「あれ?『破魔大根』の正式名をご存じで?」

「え?」

「いや、みんなが破魔大根を『ハマダイコン』と呼びますが、正式名は『ハマオオネ』と言うんですよ。というのも、見付けた方の名前がつけられていて、その方の名前が大根と書いて『オオネ』と呼ぶ方らしいんですが」


と、そこで職員の顔が曇った。


「どうか……したんですか?」

「あ、いいえ……その、破魔大根もこの一本が最後かと思うと……なんだか悲しくなりましてね」

「え?」


わたしは嫌な予感を覚え、職員を見た。


「実は、近頃の異常気象のせいなのか、山に生えている破魔大根が年々少なくなっているんですよ。しかもここ二、三年は自生しているものなんて見たことがありません。それに、植物園に生えていたものも枯れていき、今ではこの一本のみ」

「そんな……」

「しかも、眠りから覚まさせる力があるとされるのは、破魔大根の実ですが、本来実をつける今になっても実はならず……これもそのまま枯れるでしょう」



その言葉に、わたしは地面が崩れ落ちるような衝撃を受けた。


枯れる?


破魔大根が?


お義母様を助けられるかもしれない唯一の植物が?


「ど、どうにかならないのですか?!」

「こればっかりはもう……私達も努力はしましたが……」

「でも、こんな、こんな素晴らしい植物が……」


これが最後の一本。

しかも実がつかず後は枯れるのを待つだけだという。


わたしは自分を呪いたくなった。

わたしの居た時代では既に全滅した破魔大根。

それが手に入るかもしれないと思えば、もはや絶命寸前。


どうして過去に行くのならば、破魔大根が沢山生えている時代に行けなかったのだろう?


「どうして……」


涙がこぼれ落ちそうになるのを必死に堪えながら、わたしは破魔大根を見つめた。

すると、職員がごそごそと何かを取り出す。


「これを」


それは、小さな小袋だった。


「これは?」

「破魔大根の種だよ」

「え?」

「まだ破魔大根が今よりも生えていた時に採取したものでね……本当はもっと沢山あったんだが、なんとか破魔大根を存続させようと植えまくって……まあ、結局全部芽を出すことはなかったんだが……まあ、その残りですよ」

「残りって……これ、貴重なものじゃ」

「いいんですよ。すでにうちの植物園は破魔大根の存続プロジェクトから手を引き、あとはこの一輪の行く末を見届けるのみとなっています。発芽しない種を持っていてもどうしようもありませんからね……でも、何でしょうね?何故か貴方に差し上げたくなった」


職員が優しい笑みを浮かべる。


「十粒ほどしかないが、植えてみるのもよし、ロープウェイからばらまくのもよし。まあ――ロープウェイからばらまくのは私達もやった事ではありますが……」


好きにするといいと告げる職員に、わたしは小袋から取り出した種を見つめた。既にそれは、瑞々しいという言葉からほど遠い状態となっている。けれど、それでも貴重な種をくれた事に、わたしは頭を下げた。



人ではどうにもならなかった破魔大根の存続。


けれど、神ならばどうだろうか?


わたしの住む時代では、既に絶滅し、種一つすら残っていない状態だった。だからこそ、文献に残されているだけのそれに対してどうにも出来なかった。でも、この種があれば……人間界ではどうにもならなくても、天界ならばどうにかなるかもしれない。


「ありがとうございます」


そう職員に言った後、わたしは一輪だけ生えている破魔大根を見つめた。


ひっそりと寂しげに咲く破魔大根。


「独りぼっちなのね……貴方も」


わたしも独りぼっちだ。


でも――


「貴方のことを必要としている人がいるの」


だから


「頑張ってね」


無理だと分かっている。

わたしの時代では既に一輪も残っていない破魔大根。

今目の前にある一輪も既に枯れようとしている。


けれど……それでもわたしは祈った。


運命に抗ってでも、実をつけて欲しいと


そして職員の人達が山にまいた破魔大根の種から芽が息吹くことを


「果那お姉ちゃん~」


向こうで、香奈の呼ぶ声が聞こえる。

わたしは職員に挨拶をし、香奈の元へと駆けていった。



それから三時間。

植物園を見て回った私達がようやく園の外に出た時、天気はいっぺんしていた。


大荒れ――嵐とも言うべき天候の崩れに旅館造りの宿泊施設に駆け込んだわたし達を待っていたのは、今日一日ロープウェイの運休という現実だった。


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