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登山と王太子妃


香奈のところに滞在して一週間。

今までにないほど穏やかな日々が続いた。


香奈はわたしを姉のように慕ってくれ、香奈のご両親はまるで実の娘のようにわたしに良くしてくれた。


本当に楽しかった。

本当に幸せだった。


祖国や凪国の事が嫌いではないが、それでもここでは本当の自分で居ることが出来た。


津国の第三王女としてではなく


また、凪国の王太子妃として虚勢を張ることもなく


ただの果那で居ることが許される場所


向こうの世界では、どうしたって王女または王太子妃としての身分と地位がついてまわる


権力争いや寵愛を巡っての熾烈な争いの中で常に神経を張り続けなければならない


それは生まれを思えば仕方のないこと


その責務を忘れた事はない


でも……今だけは自由でいたい




「果那お姉ちゃん」


滞在が正式に決まって以来、香奈はわたしをお姉ちゃんと呼ぶ。

その呼び方に、祖国にいる二人の妹を思い出す。


「どうしたんですか?」

「あのね、明日の土曜日なんだけど学校の行事があるの」

「行事?」

「うん。うちの学年の生徒達で、山の上にある植物園に行くんだ~」


植物園


そういえば、祖国にも凪国にも広大な敷地を有する植物園があった


「それでね、それって保護者も参加出来るの」


なんだか香奈がもじもじし出した。


「それでね、それでね」


なんだか言いたいことが少し分かってきた。


「わたしも参加していいんですか?」

「いいの?!」

「え、えっと……もし駄目なら」

「ううん、参加して欲しいの!!」


そう強く断言する香奈曰く、どうやら香奈のご両親はその日は用事があって参加が出来ないという事だった。

けれど、他のみんなは保護者が来る中、自分だけ一人というのは寂しかったらしい。


「本当は果那を誘うのは駄目なんだと思うんだけど……」


果那には赤ちゃんがいるから無理をさせてはいけない。

正式な滞在が決まった時に、ご両親からそう伝えられていた香奈は、身重であるわたしをよく気遣ってくれた。

きっと、今回もかなり悩んだのだろう。


わたしは香奈を安心させるように笑いかけた。


「大丈夫です。いくら妊娠しているからといっても、ずっと家の中にいると逆に体に悪いですから。それよりも少し運動をした方がお腹の赤ちゃんにも良いと思います」

「本当?」

「はい」


そう言うと、香奈がうれしさのあまりわたしに抱きついてきた。

思ったよりも強い衝撃に、わたしは座っていたことに感謝したのだった。





植物園は山の上。

といっても、山頂まではロープウェイというものに乗っていくらしく、大変なことは何一つなかった。

しかも、わたしが身重なことは既に伝えられているらしく、わたしが乗るときにはすぐに座席を用意された。


「果那お姉ちゃん見て見て! 景色が凄く綺麗~」


ロープウェイから見下ろす景色は確かに絶景と言うに相応しかった。


「……あれは池ですか?」


香奈の隣で景色を見ていたわたしは、ふといくつもの池があるのに気づいた。



「うん! この山はね、別名『水神山』って言われてて、わき水とか池とか泉とか水場が多い山なの」


水場が多い


ふと胸に言いようのない不安がよぎった。


「果那お姉ちゃん?」


きょとんとわたしを見る香奈に微笑みながら、わたしは窓から見える山の水場を見つめた。


水は目であり耳だ


わたしの祖国もそうだが、凪国も水を司る国。

かの国の者達にとっては水を操ることなどなんの造作もないこと。


それに……昔聞いたことがある


まだ凪国が支配されていた頃


逃げ出したお義母様を捕らえるべく、お義父様が王都中の水場の水を操った事を


全ての水が目となり耳となり口となり


そして幾つもの触手となってお義母様に襲いかかったらしい


同じ事を、波景は……いや、凪国の上層部の人達は可能だ


そしてその危険性は、水があれば……水場が近ければより増していく


わたしの居場所をすぐに掴まれてしまうだろう



だからこそ、わたしは今まで水場に近づかないようにしていた


ただ例外として、香奈の家では問題はなかった。

というのも、香奈のお父様が結界でわたしを隠してくれていたからだ。

また、同じように身を隠す結界の力を宿したお守りも下さり、今日も持ってきていた。


だが、それでも忠告はされた。


水を操るのは炎水界に属する水を司る国々のお家芸。

中でも、凪国は水に関する感知能力、操作能力は炎水界の中でも一、二を争う。


冥界大帝のご子息であられる香奈のお父様も、水の操作に関しては凪国には敵わないという。


だから、下手に水場に近づかないこと。

香奈の家を出た後は、お守りしかわたしを守る物がなくなってしまう。

しかしそのお守りの力も万能ではなく、長く水場にいればわたしの存在を感知されてしまうかもしれない。


わたしはぶるりと体を震わせた。


感知されれば、居場所が知られてしまう。

そうなれば追っ手がすぐに来るだろう。


そしてまた連れ戻されるのだ


あの、悲しみと苦しみしかない王宮の奥に


「果那お姉ちゃん?大丈夫?」


ハッと我に返れば、先ほどとは違い心配そうな香奈がいた。


「具合悪いの?」

「あ、だ、大丈夫です」


しまった、香奈を心配させてしまった。

自分が誘ったのが悪かったのではないかと不安がる香奈を宥めながら、わたしは水場を見つめた。


大丈夫……きっと大丈夫だ


確かに水場は多いが、ようはずっと側に留まっていなければいいのだ


なるべく水場を避けて、近寄らないようにして


逆に戸惑い怯えてしまえば、気が乱れてお守りの力に影響してしまうかもしれない


それで見つかってしまえば馬鹿みたいだ


そう、普通にしていれば大丈夫


最低限、水場を避けるようにしていれば




ドコニイル




え――?




ドコニイル……サガセ……ミツカラナイ……ニガサナイ



バッと、窓から見える水場を見つめたわたしは、ふと異様な波紋を見たような気がした。

だが……どうやら見間違いだったらしい。


と、ガクンとロープウェイが止まった。


「きゃあっ!」

「果那お姉ちゃん?!」


思わず悲鳴をあげれば、他の乗客達がこちらを見た。


「大丈夫かい?」

「怖がらなくても大丈夫だよ」

「もうついたからね」


心配する子供達の保護者の言葉に顔を上げれば、ロープウェイの扉が開いた。係員が子供達を外へと降ろしていく。


「あ……」

「果那お姉ちゃん、早く外に出ようよ」


早く早くとせき立てる香奈に、わたしはもう一度窓から遙か下にある水場を見た。


……うん、やっぱりわたしの見間違いだわ


そう、あれはただの幻聴だ。

わたしがあまりにも怯えていて、それがあんな風な形で現れたのだ。


そう納得させたわたしは、香奈と共にロープウェイから降りたのだった。



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