少女と王太子妃
カナちゃん
幼い波景がわたしに抱きつく
可愛い波景
綺麗な波景
わたしに懐く幼い波景は、まるで女の子のように可愛かった
いや、実際その美少女顔負けの女顔で何度も女の子として間違えられた
果凜と三人でいつも一緒に遊んでいた
身長もわたしよりも小さくて
まるで触れれば消えてしまいそうなほどの儚く神秘的な美しさを漂わせていた波景
そんな波景は、気づけば恐ろしいまでに美しく成長していた
果那
小さかった波景は、気づけばわたしよりも身長が高かく成長していた
そう――今の姿に
わたしよりも六つ年下な筈なのに、わたしの方が子供みたいだった
――と、気づけば波景は離れたところに居た。
その隣には、美しい元侍女である側室がいる。
待って
行かないで
二人はまるで前世からの恋人とでも言うかのように愛しげに見つめ合うと、手を取り合い歩き出す
わたしの居る場所とは逆の方向に
行かないで
運命は残酷だ
わたしの一番愛する人と一番大切な親友を奪っていく
よりにもよって二人を結ばせるなんて
それならどうしてわたしを二人に引き合わせたのか
こんな残酷な現実を思い知るぐらいなら、わたしは産まれてきたくなどなかった
冥界の魂の休息地で永遠に眠り続けたかった
その時、眩しい光を感じ、聞き覚えのない声が聞こえてきた
「……………」
わたしに呼びかけるような口調。
無視しようとしても何度も聞こえてきた声に、わたしはそちらに意識を向けた。
その途端、一気にからだが浮かび上がるような感覚に思わず目を閉じた。
そして再び目を開けた時、視界に広がる光景に呆然とした。
「気がついたみたいだね」
「……あ……貴方は?」
そこには、見知らぬ少女が居た。
驚くわたしに、少女が安堵したように笑う。
「ずっと目を覚まさなかったから、凄く心配しました。あ、私は怪しい物じゃありませんからっ!」
そう言うと、少女がこほんと一つ咳をしてわたしを見る。
「私の名は神無 香奈です。因みにここは私の家の客間です」
「……香奈?」
カナ
それは私の名前でもあり、彼女の名前でもある。
どうやら同じ名前らしい。
同じ名前という共通点に、わたしは言いようのない安堵感を覚えた。
なぜこんな気持ちを抱くのだろう。
しかし、一つだけ分かったのは、目の前の少女は悪い人ではないという事だった。
その体からにじみ出る優しい雰囲気が、わたしから警戒心を奪っていく。
「あ、でなんで此処にいるかという事に関しては、倒れてたから連れてきたというか」
「……倒れていた?」
その言葉に、わたしは強い頭痛を覚えた。
頭が痛む度に、わたしの中に蘇ってくる――記憶。
意識を失う前の記憶が全て蘇った。
そうだ、わたしは王宮から逃げだそうとして……でも、波景に見つかり必死に抵抗して逃げ出した途中で誰かに襲われて……
もう駄目だと思った。
確実にコロサレルと思った。
けど、その時突然光と轟音が響いて……と言うことは、その時に運良くわたしは逃げ出せたという事だろうか?
それで、王宮から逃げ出して……でも、倒れていたという事は王都のどこかで倒れてしまって……そんなわたしをこの子が助けてくれたという事か?
そこまで考えたわたしは、香奈に向き直った。
とりあえず、お礼を言わなければ。
「あ、あの、助けてくれてありがとうございます」
「いや、そんな畏まらなくても……」
「いえ、貴方のおかげで助かりました。もし助けてくれなければどうなっていたか分かりません」
そう……下手したら死んでいてもおかしくはない。
それか、意識を失っている間に王宮側が追いかけてきたかも知れない。
――王宮側?!
わたしはハッとした。
そうだ、王宮側の追ってが今も迫っているかもしれない。
波景がわたしを捕まえようとした態度を見れば、既に追っ手を差し向けていてもおかしくはない。
もし今ここに追っ手が雪崩れ込めば、香奈やこの家の人達まで巻き込んでしまう。
慌てて体を起こしたわたしだったが、目眩を起こして再び寝台に倒れ込む。
「だ、大丈夫?!」
「あ……行かなきゃ…」
「行くってどこに?!」
「ここから……早くしないと……」
追っ手が来る前に、少しでも早く遠くに行かないと……。
だが、そこでわたしはある事に気づいた。
「……袋…」
生活費となる宝石類の入った袋がないのだ。
「袋?荷物?」
香奈の言葉に、わたしは頷いた。
「あれがないと……」
遠くに逃げるにも金銭は必要だ。
慌てるわたしを香奈が宥める。
「落ち着いて、体に障るよ」
「でも、あれがないと……」
「袋……でも、貴方を助けた時にはそんなものは近くになかったわ」
「ない?」
とすると、王宮で落としたのだろうか?
ああ……どうしてわたしはこう何をやっても駄目なのか
自己嫌悪に陥ったわたしに、香奈が口を開く。
「……どこからか逃げてきたの?」
「っ!」
「やっぱり!そうなんじゃないかな~って思ってたの。じゃなければあんな雨の中に倒れていないだろうし……あれでしょう?!逃げまくって疲れ果てて倒れたとか」
「あ、そ、そんな…感じですかね」
何とかそれだけを答えると、香奈はうんうんと頷いた。
「私の勘も捨てた物じゃないわね」
納得する香奈を呆然と見ていたわたしは、ふとある違和感に気づいた。
香奈の服装……それに、部屋の内装……。
これは凪国の服装とは明らかに違う。
というか、昔図鑑で見た人間界の島国の服装な気が……。
「で、貴方は何処の劇団から逃げてきたの?」
「へ?劇団?」
「違うの?なんか昔の古代中華系というか、仙女の服装みたいな衣装を着ていたから、劇団での練習中に逃げてきたと思ったんだけど……」
劇団?古代中華?
ふと、わたしの中にある疑惑が沸く。
わたしが着ている服は、別に凪国ではごく一般的な服装だ。
なのに、香奈にとってはどうやら違うらしい。
そして香奈の服装と部屋の内装。
わたしの中にある答えが浮かび上がった
「……あの、ここは…」
「ん?だから私の家」
「いや、そうじゃなくて」
「あれ?住所の方?えっと、京都市――」
「?!」
京都――それは、人間界のある島国の古都と呼ばれた場所だ。
いや、でも待って。
香奈から漂う気配は……。
だがすぐにわたしは気づいた。
人間界にだって神はいる事を。
彼らは地神と呼ばれている。
しかし香奈の様子からすると、彼女は自分の事を微塵も――だとは思っていない。
「で、住所を言ったところで、これからどうするの?」
「あ……」
「行く場所がないなら、しばらく此処に居てもいいよ?部屋は余ってるから。両親は今出かけてていないけど、たぶんいいよって言うだろうし」
いやいや、その前にどうしてわたしは人間界にいるのだろう?
確かわたしは凪国の王宮にいて……いや、確かに遠くに逃げたかったけど、だからといって人間界まで逃げてくるつもりはなかった。
ただでさえ世間知らずなのに、別の世界で暮らすなんてほぼ無理だろう。
そうして呆然とするわたしを香奈は迷っていると誤解したらしい。
その後、熱烈なまでの誘いに、わたしはおされるままに混乱した頭で頷くしかなかった。
一体何がどうしたのだろう?
どうしてわたしは人間界にいるのだろう?
けれど、今はただ体を休めたかった