第一話
その青年の手元にあるのは、紫色に淡く輝く美しい魔玉。
だが、それを口にする瞬間の感覚を想像しただけで、胃の奥から酸っぱいものが込み上げてくる。
青年は表情ひとつ変えないまま、大きく口を開け――放り込んだ。
舌に転がした瞬間、
牛乳に浸して一週間放置した雑巾の搾り汁のような、腐臭めいた味が口内いっぱいに広がる。
「……おえ」
砂利を噛んでいるようなざらついた感触が歯に絡みつく。
吐き出したい衝動を押し殺し、無理やり噛み砕いた。
喉へ送り込む。
焼けつくような不快感。
張り付く異物感。
遅れて押し寄せる吐き気。
思わずえずきそうになるのをこらえ、唾液を溜め、何度も嚥下する。
――ようやく、落ちた。
いつも通りの、クソ不味い魔玉の味だ。
青年は乱暴に口元を拭うと、逃げるようにその場を後にした。
◇◆◇◆◇◆
――20××年――
ある日、地球各地に巨大なゲートが出現した。
後に【断界】と呼ばれるその空間から、異形の生物が現れ始める。
内部に足を踏み入れた一般人の多くが消息を絶ち、各国は即座に封鎖へと動いた。
同じ頃――
人々の視界には、自身のステータスが表示されるようになった。
体力、筋力、敏捷。
そして、
[ソードマン]
[ソーサラー]
といった【クラス】の選択。
転職すら可能だった。
現実に突然転がり込んできた非現実に、世界は混乱しながらも、期待と不安が入り混じった熱に包まれていく。
調査の結果、【断界】入口付近は致命的危険域ではないと判明した。
交通、法律、入場管理。
各国は体制を整え、日本もその流れに追随した。
◇◆◇◆◇◆
それから十年。
【断界】は生活を支える存在へと変わった。
モンスターから得られる魔石は新たなエネルギー源となり、
肉、毛皮、甲殻、鱗は食料や防具、装飾品として流通する。
需要は常に供給を上回る。
【断界】を探索する者――《開拓者》。
命の危険と引き換えに、莫大な利益を得る職業。
一発逆転。
学歴も背景も関係ない。
小学生のなりたい職業ランキングで《開拓者》が一位になったことが、この世界の価値観を端的に物語っていた。
◇◆◇◆◇◆
《開拓者》のクラスの中には、特異な職業が存在する。
[テイマー]。
【断界】出現以降、両手で数えるほどしか確認されていないレアクラス。
モンスターをスキル《調伏》により対象を“魔玉”へと変換し、
それを食べることで使役できる能力を持つ。
しかも魔力換算で2ランク以上離れていると無条件で調伏することができる。
破格の力。
――だが。
全ての職業にメリットとデメリットがあるように、[テイマー]も例外ではない。
魔玉は、《クソ不味い》。
ただ不味いのではない。
本能が拒絶するレベルの不味さ。
鳥肌が立ち、吐き気が込み上げ、身体が拒絶反応を起こす。
そもそも魔玉とは、モンスターという未知の存在が変質した異物である。
[テイマー]は《魔玉消化》スキルにより摂取しても死ぬことはない。
――だが、味は変わらない。
そのため[テイマー]は強力な力を持ちながらも、
自虐を込めて自らをこう呼ぶ。
不遇職、と。
◇◆◇◆◇◆
その[テイマー]である青年――
天瀬 湊は、
今日も慣れた手つきで、乱暴に魔玉を口へ放り込んでいく。
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