第四章 届かなかった報
一 母
その日、知らせは来なかった。
郵便配達はいつも通りの時間に来て、
いつも通りの顔で頭を下げ、
いつも通りの手紙だけを置いていった。
母は、胸の奥がひどく冷えるのを感じた。
来ない、ということ。
それ自体が、言葉よりも雄弁だった。
畑に出て、鍬を振るう。
土は固くも柔らかくもなく、いつもと同じ感触だ。
息子がいなくなった日から、
母は「いつもと同じ」を保つことに力を使っていた。
朝起きて、食事を作り、洗濯をし、畑に出る。
やらなければ、壊れてしまいそうだった。
昼下がり、ふと空を見上げる。
雲が流れている。
――今日は、どこまで見えるのだろう。
そんなことを考えた自分に、母は小さく苦笑した。
あの子は、よく空を見ていた。
理由を聞いたことはない。
聞かなくてもいいと思っていた。
今となっては、それが少しだけ悔しい。
母は、土で汚れた手を膝で拭い、
そっと目を閉じた。
「……せめて、寒くありませんように」
誰に向けた祈りかは、もう分からなかった。
二 整備兵
格納庫は、忙しかった。
機体は次々に運び込まれ、
点検、修理、調整が繰り返される。
整備兵の男は、昨日の出撃について何も聞かされていない。
聞かされないことが、常だった。
結果は、しばらくしてからまとめて伝えられる。
あるいは、伝えられないままになる。
男は、工具を握りながら思う。
――あの二人は、どうなったのか。
だが、答えを求めることはしなかった。
求めても、返ってくる言葉は決まっている。
「任務は遂行された」
それだけだ。
昼休憩、仲間の整備兵がぽつりと言った。
「空、綺麗だな」
男は一瞬、返事に詰まった。
だが、やがて短く答える。
「ああ」
綺麗だからこそ、厄介なのだ。
何も知らない顔で、すべてを包み込んでしまう。
男は、ふとあの少年の言葉を思い出す。
空を見るのは嫌いじゃない、と。
「……そうか」
独り言のように呟き、再び作業に戻った。
自分にできることは、もう多くない。
だが、今日も機体は飛ぶ。
ならば、せめて今日も、手を抜かない。
三 基地の日常
基地は、止まらない。
出撃があれば、準備があり、
準備が終われば、また次が来る。
空いた寝台には、すぐ別の誰かが入る。
名前を覚える前に、いなくなる者も多い。
同期だった青年の名前を、
まだ覚えている者は少なくなっていた。
それでも、誰かが言う。
「昨日、あの辺りを飛んだらしい」
「そうか」
それで話は終わる。
夜になると、基地は静かになる。
灯りが落とされ、空だけが広がる。
見張りの兵が、ふと立ち止まる。
「……」
何かを感じたわけではない。
ただ、空を見上げただけだ。
星は、変わらずそこにあった。
彼は思う。
誰かが、あの空を見ていた。
そして、戻らなかった。
だが、空は何も語らない。
基地の日常は、翌日も続く。
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