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ぜんぶ、あなたの責任です。

作者: ぽんぽこ狸





 私は宴の席で、笑みを浮かべることができずにいました。


 本来ならばそうする必要があるのですが、とてもそんな気持ちにはなれませんでした。


「あの子ったら、まったく……私、何度も言ったのよ?」

「ああ、わかっているさ。それに使用人たちもついている、それでもこんなことになるなんて……まぁ、運が悪かったのだろう」


 婚約者であるテオバルト・ハインツェ。彼は今日、私が王城勤めが決まったことを祝うなった記念のささやかなパーティーをボイコットしています。


 それを彼の両親も話題にあげますが、それとなく濁すだけで彼の人格やどうしてこんなことになったのかということに言及せずにいます。


 その様子を見て、私は彼らに対して腹を立てる訳ではありませんが苦い気持ちになったのは事実です。


 今までもそうして許して、そしてこれからも何も言わないのでしょう。


「まぁまぁ、それほどお気になさらずに、今日の主役はオティーリエなんだから、どうせお互いに家を背負う物でもない、気楽にやればいいんだ」

「その通りね。こうしてパーティーを開いただけで、オティーリエだって嬉しいでしょう?」


 テオバルトの両親の言葉に、私のお父さまとお母さまはにこやかに返しました。


 彼らはまったく気にしていない様子で、その口調や態度から私を軽視する気持ちが読み取れました。


 それは今に始まったことではありませんし、それについて今更もっと私のことをよく見て、よく考えて対応してほしいと言うつもりはありません。


 しかし、テオバルトがいなくとも嬉しいだろうと言う気持ちの押し付けだけは快く受け入れられるものではありませんでした。


 素直に笑みを浮かべられずに小さく口角をあげるだけにとどめて「はい……」としょぼくれた声が出ました。


「……」

「……」

「……」

「……」


 私のその反応に彼らはどうするべきかと戸惑ってそれから、お母さまが「あらやだ。気になんてしなくていいのよ」と投げやりなことを言ってごまかす。


 そうして騙し騙しパーティーはおこなわれて、口に運んだ食事はまったく味がしませんでした。





 私たちは幼いころに婚約しました。


 私の方が年上で、一緒に遊ぶときはいつも彼の手を引いていました。

 

 そんな婚約者のテオバルトには幼いころから少々忘れっぽいところがありました。


『この間はごめんね。また僕、友達と遊びに行っちゃってて』


 私の記憶の中には、そんなふうに謝って私の機嫌を窺う彼の姿が強く残っています。


『いいえ、良いんです。テオバルト、あなたはまだまだ小さいんですから。忘れてしまうこともあるでしょう。ゆっくり忘れ物もなくして、予定を立てて実行できるようにして行けばいいんです』

『……そうかな』

『ええ。それに、できるようになるまで待っていますからね。安心してください』

『いいの? オティーリエ、いつも僕、怒られてばっかりで、遊ぶのばっかり好きで怠け者だってお兄さまたちに言われて』


 小さな彼は瞳をウルウルとさせて、私にしがみついて感情を吐き出す。


 そんな彼の頭を撫でてやって、私は考えました。


 彼も私も、貴族ではありますが爵位を継承することはなく、爵位継承者の婚約者になるような才も持ち合わせていませんでした。


 そんな子供を両親は爵位継承者の保険のように適当な家との婚約させ、早々に将来を決めてあとは自由にやれと放置気味です。


 私たちはそんな子供です。


 そしてそんな重要ではない子供は、あまりに聞き分けがなかったり、性格に難があったりしても矯正されません。


 使用人たちに嫌われるだけで、放っておかれることが多いんです。だからこそ彼のような人もいる。


 それは彼の元来の性質ではあれど、彼だけのせいではない。


 そう考えて私は彼のことをきちんとした大人になるまで、間違っているところを指摘して、大切にしてあげようと思いました。


『大丈夫ですよ。テオバルト、それでもあなたにはいいところもあります。頭もいいですし、将来はいい職に就けるかもしれません。まだまだこれからです』

『そう言ってくれるの、オティーリエだけだ』

『いずれきっと皆がそう言うようになりますよ。だから、きちんとできるように頑張りましょうね』


 小さな私たちはそうして、日々を歩んで行きました。


 彼に言うだけではなく、もちろん私も努力は欠かさなかった。


 親戚の家に侍女見習いとして住み込みで経験を積ませてもらって、良い評価をもらい、王城勤めの仕事を貰えるまでになりました。


 その合間にテオバルトのことも全力でサポートしました。


 できることはたかが知れているかもしれないけれど、彼がいつもの通りのうっかりで人生の岐路で大変な間違いを犯さないように、手を貸しました。


 そうすると段々と周りの彼への反応も変わってきました。


 社交界である程度の地位を経て、近いうちに王城の事務官の試験に挑むことも決まっている。


 間違いなくあのころから比べていい方向に進んでいる。そう私は強く確信しています。


 けれども同時に、テオバルトは私との予定をないがしろにすることが増えました。


 たまたまだという彼の言葉をどうにか信じようとしつつも、その行動がじわじわとした焦燥感を生んでいます。


 そのせいでパーティーが終わってから翌日彼がやってくるまで、胸がずっと変な速度で動いていて、落ち着きませんでした。






「テオバルト……昨日はなにをしていたんですか。ご両親が出るときには既にいなかったと聞きましたが」


 やってきた彼を応接室に通して、早速私は問いかけました。


 声には怒りがにじんでおり、彼は私の様子に目を丸くしました。


「手紙でも再三、昨日のことは伝えてありましたし、なによりせっかく私の両親もあなたの両親もそろっての祝いの席だったのに……」


 一言では止めることができずに私は続けて彼に問いかけました。


 その言葉にやっとテオバルトは口を開きます。


「昨日は……なんていうか、ただ友人と狩りに出てただけだし、なにをしていたって程のことでもないって言うか」

「では、どうして私のことを優先してくださらなかったのですか」

「いや、だから。オティーリエ、別にそういうわけじゃないし」


 テオバルトは、面倒くさがるみたいにけだるげな態度で、自分から謝罪と説明をするのではなく、煮え切らない態度でそう口にしました。


 その態度はオティーリエの怒りにさらに油を注いでいることに彼はまったく気が付いていません。


「っていうか、単に忘れてただけだし。ほら、俺って自頭はいいのに、うっかりしているところがあるだろ?」

「……」

「君の手紙も大体予想できて、中身見る気にならないし、っていうかこうしておめでとうってあとから言いに来たんだからいいじゃんか」


 彼は申し訳なさそうにするどころか開き直って自己弁護を始めました。


 その時の私の気持ちなど一切考えずに、どれほど私があの日を大切にしていたかも知らずに続けます。


「それに父様も母様も怒らなかったろ? どうせ俺らのことなんてどうでもいいんだよ。そんなもののために時間かけて皆で食事して、って正直な?……」

「気に入らないなら、気に入らないと言ってください。そうしてくだされば、もっと変えようがあったはずです」

「いや、別に、忘れてただけだし。それは本当だって、そんなのわかってるだろ?」


 テオバルトは、パーティーに文句を言いつつも、忘れていただけだと主張する。


 彼は、何もできな自分の力ではなにも変えられない子供から進歩して、自分の友人を作り予定を立てて狩を楽しむこともできますし彼は日常生活をきちんと送ることができています。


 けれども面倒なことだけにはうっかりしたり、適当になったりする。つまりそれが彼のどうしても改善できない特性ではなく、ただ単に怠惰であり、選択して私のことを軽視する気持ちからくる行動だいうことは明白です。


 加えて、楽しみにしていたことをこんなふうに言われて、約束をしたのにすっぽかしても悪びれもしない。


 私の気持ちにも一切の配慮をしてくれません。


「……」


 そんな彼は幼いあの日の彼とはまったくの別物に思えました。


「悪いと思ってるって、でも仕方ないだろ。狩の予定は元から立てちゃってあったし、俺はもとからこうじゃんか、オティーリエだってそれをわかってくれてるじゃんか。だったら別に、それを理由に怒らなくたっていいはずだし」

「……」

「君だって、もっと言ってくれたらよかった。もしかしたらどこかで思いだしてたかもしれないし」

「……」

「俺ら婚約者同士なんだから、そういうのはフォローし合っていけばいいってオティーリエも言ってただろ」


 更に、お互いにフォローし合うのが二人の関係性の正解であり、そんなに怒る必要などないと彼は言います。


 しかし私はその言葉にまったく持って納得がいきませんでした。


 彼の言っていることはどう考えても、自分を正当化するための理論でしかなかったからです。


 私の今までのスタンスを利用して、あたかもそれが権利かのように振る舞う。相手が不快に思っていても気にせずに自己中心的な主張をする。


 そんなことはフォローしあうような関係性の、大切な相手にする行為ではありません。


 つまり彼の中にある感情の種類は、私の中にあるものとは違うんです。


 それがわかると悲しくなって、眉間にしわが寄りました。唇を引き結んで彼を見ます。


「……な、なんだよ」

「考えを、改めるつもりはないというのですか」

「だ、だから俺は別に、なにもただ、うっかりしただけで」

「……そうですかもう、構いません」

「は?」

「結構です。わかりました。……私を大切にしようという気持ちはどこにもないのですね」


 短く口にして私はソファーの座面を押して立ち上がりました。


 ……放置されている彼の手を取って、二人ともが快適に暮らせる未来に導いているつもりだったけれどそれは私一人の幻影で、独りよがりだったんですね。


 前を向いているのは私だけで、テオバルトはただ楽に移動できるからと私のことを利用していただけにすぎません。


 その事実はあまりにも重たくのしかかり、冷静ではいられない。そう判断しました。


 そうして応接室から飛び出し一人廊下を歩きます。


 ……だから彼はあの時から進歩していない、むしろ悪くなっている、そしてそれに気がつこうともしません。一人の人間としてより良くなろうという気持ちをそもそも持っていないんです。


 そんな人となどやっていけるはずもありません。それはきっとこうしてお互いに大人になるにつれ、薄々わかりかけていた事でした。


 しかしそれでも彼と向き合おうとしてきたのは、私の中に大きな情があったからです。


 すり減って傷ついて、もう壊れかけだったそれはまったく寄り添ってくれない彼の言葉によって砕けて散って、バラバラです。


 もう元に戻りそうな気配はありません、それにそれらの破片が刺さって酷く胸が痛みました。


 じくじくと痛んで、廊下を歩きながら、涙が頬を流れ落ちる前に静かに拭いました。






 それから私はすぐには行動を起こしませんでした。


 それはテオバルトを思っての猶予期間ではなく、単純に目の前にある現状の方が大切だったからです。


 王城での初めてのお勤めはとても刺激的なものでした。


 大きな舞踏会の準備や神聖な儀式での立ち振る舞い。一人の主につかずに色々なことを先輩の侍女から学び、王城での常識と仕事を覚えます。


 そしてゆくゆくは高貴な方々の助力となる。


 それはとても魅力的な未来予想であり、私は自分で言うのもなんですが着実に侍女としての力をつけている状況でした。

 

 


 そんな私の元に仕事を紹介してくださった、恩のある男性がやってきました。


 彼は王族の側近として働いていて、若いのに優秀だととても評判の良い方で、名前はクラウス様と言います。


 それにしても仕事の合間の休憩時間にわざわざやってきたのはとても不思議なことであり、忙しいはずの彼に私は目を丸くしていました。


「……どうかな。調子は、一応紹介したのは私だから、何か困っていることがあったら話を聞くことぐらいはできるかなと思ってね」

「……お気遣いありがとうございます」

「いえいえ、気楽に話してね。上司には言いづらいこともあると思うし」


 休憩スペースの長テーブルで休憩を取っていた私の前に彼は座り、優しげな瞳を眼鏡のガラス越しにこちらに向けました。


 しかし私は、お礼を口にしたのはいいものの、正直なところ、次の言葉を探せずにいました。


 彼のような高位の使用人がこんなふうに自分が紹介したからと言って身分も地位も目下の人間を気に掛けることなどとても珍しいことなのです。


 紹介しても後は放置でうまくやっていれば御の字、しかしダメでも別にほかに変えはいくらでもいる。


 私は自分のことをそんなふうに思っていました。


「……あの、……そう、ですね。……ええと」

「……場所を変えようか? それとも私では言いづらいことでも?」


 咄嗟に、彼に対する次の言葉が出てこない私に、クラウス様は更に気遣いを見せました。


 そしてこの場所だから、言えないことがあるのでは、それともクラウス様でも話しづらいことなのかと考えを巡らせました。


 私はその言葉にはすぐに反応して頭を振りました。


「いえ、いいえ。決してそのようなことではありません。クラウス様」

「そうかな」

「はい。教育係の先輩もとても良い方で、気さくながらも細かなことまで教えてくださいます」

「……うん」

「なにか私に不手際があった時には、なにが悪かったのかを明確にしてくださってこれからは間違えないようにとしっかりとした指導をしていただき、私にはもったいないぐらいの環境です」

「……」

「それを与えてくださったクラウス様には、返しきれないほどの恩を感じています。改めてありがとうございます」


 話し始めると言葉はすらすらと出ていき、最終的に彼に対する感謝する気持ちも伝えることができて、私は少しホッとしました。


 そんな私の言葉に彼もまた、安堵したかのように笑みを浮かべました。


「そっか。恩は別に、感じなくていいよ。見込みがあると思ったから紹介しただけだし……それにね」

「はい」

「あなたって、まっすぐで素直で頑張ってるなってわかるから、ついね。応援したくなるんだよ。あなたに見合った仕事について、これからも頑張ってほしいなって思うから、期待もするし、配慮もする。それだけだよ」


 クラウス様は私の言葉にそんなふうに返しました。


 素朴な誉め言葉でしたが、それでも期待という言葉がジワリと心の中に広がって解けて全身を温めるみたいでした。


 そう思われることが嬉しいと自覚すると途端に堪らない気持ちになりました。


「だからなにかあったら言ってね。なんでもいいから、あ、そうだ。今度婚約者の方と一緒に遊びにおいでよ。その時にでも、あなたの仕事に対するスタンスなんかを聞かせてほしいかな」

「……ありがとうございます。嬉しいお誘いです」


 彼は急いでいるらしく時間を確認して、後日また話をする機会を設けてくれるつもりでいました。


 そんなクラウス様の誘いに私は、気持ちのままに返しました。


 けれども、婚約者のテオバルトとはあれ以来、連絡を取っていないままです。


 そして私の選択肢の中には、あの出来事を無かったことにして、クラウス様に彼のことを取り繕って紹介するという選択肢はありませんでした。


 結婚相手未定で、それによって不安定さがある女性だと思われることよりも、彼を自分の家族になる人だと自信を持って言えないのに嘘をつく行為はしたくありませんでした。


 それに仕事上であっても期待してくれている人がいる。


 家族がそうではなくても、先輩たちも、皆自分の軸をきちんと持っていて、私に接してくれます。


 そういう人たちが、期待して手を貸してくれる私の人生を、あの人に使ったまま進んでいくというのは不義理だと思いました。


「ですが、すぐには難しいかもしれません。……今は、婚約者との明るい未来を想像することが難しく、あの人との関係を考え直すつもりでいますので」

「……そうなんだ。……少しうかつなことを言ってしまったかなごめんね。なんて返すのがいいかわからないけれど、私はあなたがそう思ったなら突き通していいと思うよ」

「あ、ありがとうござます」

「オティーリエさんはとても真面目で魅力的な人だと思うから、尻込みせずに挑んだらいいよ」


 勇気づけてくれるクラウス様の言葉に私は、魅力的と言われてうかつにも胸が高鳴ってしまいそうになりました。


 そんなことになってしまわないように、ついつい仕事モードから抜け出てしまっていた自分を押し戻して「誠心誠意、頑張ります」と答えたのでした。






 私は、クラウス様と話をした後、早速に方々へと手紙を送り、婚約を解消するために手を回しました。


 すんなりいくとは考えていませんでしたし、テオバルトも事務官の試験を直近に控えていて忙しいとは思いましたが、手紙の返信は一向に返ってきませんでした。


 そのことをお父さまやお母さまにも話をし、都合の悪い手紙を無視したり、以前のパーティーにもやってこなかったことを引き合いに出し、今の自分には彼が見合ってないと伝えました。


 彼らは私にあまり興味はありませんがそれでも、わざわざ不幸になってほしいとも考えていないことは知っています。


 テオバルトの行動は常識を欠き度が過ぎていると判断し婚約破棄の訴えを起こしました。


 そして少々手間は取られましたがテオバルトとは顔を合わさないまま婚約を破棄することができました。


 それから数週間たった時のことでした。


 休暇のために実家に戻ると、突然の来客がありそれはテオバルトでした。


 彼はエントランスで顔を合わせると、すぐに私の両肩を掴んで責める様な視線を向けました。


「仕返しのつもりなんだろっ!」

「っ……!」

「俺が君の手紙を無視したから! あの時パーティーに行かなかったから!」


 取り乱して私の体を揺さぶって、一方的に言葉をはく彼を私は力いっぱい突き飛ばしました。


 ドンッと音がして、テオバルトはまったくそれを予測していなかったかのようによろめいて簡単に離れました。


 そして信じられないものを見るように私のことを見つめています。


「……どうしたというのですか、突然……」


 警戒して距離を開けながらも私は問いかけました。


 彼は、押された自分の体と私のことを交互に見つめてそれから、眉間にしわを寄せて歯を食いしばりました。


「今更、婚約破棄に異議を申し立てようとしても無駄ですよ。あなたは私からの連絡を無視して放置したのですから、すでに手続きは終わっています」

「……っ」

「それ以外、あなたにいうことはありませんよ」


 意図がわからないまま、私は彼に次に顔を合わせたら言うべきだと思っていた言葉を言いました。


 しかし、テオバルトは私の言葉にぐっと拳を握って、それからバッと振り払うように動かし、私に言いました。


「違うっ! そんなことはどうでもいい、そうじゃなくて!」

「どうでもいい、ですか」

「どうして、いつも通り試験の日の前日に予定の確認に来てくれなかったんだよ!」

「?」

「いつもそうして大切な用事があるときには前日までには段取りを伝えに来てくれるじゃんかっ!」


 彼は手ぶりを大きくして私に言いました。


 一瞬なんのことを言っているのかわからずに、私は怪訝な表情をしましたが、はっと気がついて、彼に抱いていた怒りや決別の感情が明らかに色を変えていきます。


「なんで、今回に限って! ……こんな大事な時に限って! 受けたら受かるってわかってたからか?! 嫌がらせのために、仕返ししようと考えたんだろ!」


 断定して非難する声をあげる彼はまるで、寝坊したのは自分なのにどうして起こしてくれなかったのかと怒る幼子のようでした。


「試験は年に一度なのに! それなのに、たかがパーティーに行かなかったぐらいで、俺の人生から一年も時間を奪うなんて酷すぎる!!」

「……」

「どうしてくれるんだよっ、君のせいで俺は……こんな恥ずかしいことなんてないじゃんかっ! オティーリエの馬鹿! ふざけんなよっ!」


 彼は婚約が破棄されたことなど、これっぽっちも気にしていません。


 なんせ彼の心の中には私が自分から離れていくなんて言う選択肢がないからです。


 そして今日もいつものごとく独りよがりな主張を言いに来たのでしょう。


 もうすっかり別れて関係なくなった私が、彼の事務官の試験について日程の確認や、事前の注意喚起をしなかったことが本当に悪いのだと思っているのでしょう。


 すべて私の責任で、自分は怒って当たり前なのだと思っている。


 その様は、無償の愛情を受け取るだけの子供のようです。


 けれども体は違います。こんなに立派になって、私に掴みかかったら簡単に押し倒せてしまいそうに大きく、私と同じように彼も育ちました。


「……」

「どうしてくれるんだよっ、君のせい━━━━」

「いいえ。違いますよ」

「はぁ?」


 さらに駄々をこねようと、言葉をつづける彼に、私はついに口を開きました。


 心の中には氷のような気持ちが広がっていて、頭は冴えていてとても冷静でした。


「……私のせいではありません。あなたが忘れっぽいのはあなたの責任です」

「で、でも」

「ここまで猶予があったのに、治せなかったあなたに責任があります」

「でもっ、俺らは」

「関係のない間柄です。私とあなたは他人です」


 というか元から、私たちは他人でした。


 ただ、様々な理由から結ばれて、手をつないでいただけに過ぎない。


「え」

「あなたの性質も、あなたの責任も全部元はあなたのものです。私はあなたがつぶれてしまわないように一時預かっていました。でもそれを当たり前としてすべてを背負わせて、そのうえで、私のことを大切にしないあなたに愛想が尽きました」


 手をつないでいることを理由に、責任も彼の性質もすべてを背負わせても彼はねぎらいの言葉を一つも掛けません。


 私を自分の所有物かのように思いこみ、ないがしろにした。


 それでどうして、これからもずっとそうして手をつないでいられると思うのだろうか。


「その間に成長して自分でどうにかできなかったのはあなたのせいです。おかしなことを言わないでください」

「…………」

「それに……あなたがどう思おうと、あなたの行動の責任はあなたがとるしかありません。私に言ってもどうにもならないことをわめいて、なにになると言うんですか」

「……それは……君のことだから、どうせ、怒ってるだけで、何とかする方法を、用意してくれてるだろうって」


 問いかけるとテオバルトは、戸惑いつつも自分がどんな思考をしてこの場にやってきたのか口にした。


 その幼稚で他人に頼り切りな思考に、私は少し笑って彼に返した。


「ふふっ、どうして私があなたのためにそんなことをしてあげなくてはいけないのですか。あなたは私になにもしてくれないのに」

「……」

「私を祝うささやかなパーティーにも来てくれない人に、どうして私がそんなことをしてあげなくてはいけないのですか」

「……で、でも。う、嘘だろ? オティーリエ、だって君は俺のことを認めて……」


 オティーリエに手を伸ばして縋るように見つめる彼に、オティーリエはきちんと警戒して更に距離を開ける。


 たしかに彼を慰めたし、手を貸したし、認めてあげていた。


 しかしそれは彼が前に進むための助力であって、無償の愛なんかじゃない。


「俺のこと好きなんだろなら、そのぐらい当たり前━━━━」

「そういう態度が、あなたに対する愛情を尽きさせたのだとどうしてわからないんですか」

「っ……!」

「こうならないように私はできうる限りの努力をしてきました。しかしあなたのスタンスを変えることはできなかった。でも後悔はありません、テオバルト」

「ま、待ってくれ、急すぎるだろっ! そんなの! 俺を見捨てるなんてっ」

「私はこうして自分の行く先を選ぶことができた。それだけでも大きな収穫です。私は私の人生を、自分の責任を持ってきちんと生きていきます。あなたもいい加減、現実を見て、自分の行動の結果と良く向き合って生きて行ってください」


 いうだけ言って、私は身を翻しました。


 エントランスの扉の前まで来ていた兵士たちが入ってきて、テオバルトを羽交い絞めにします。


「待てよ! オティーリエ!!」


 名前を呼ばれても、後ろ髪をひかれるような気持はなく私は適当に歩いて部屋に戻りました。


 彼がこれからどうしようとも、自分の行動の結果は自分で背負うしかありません。


 私のパーティーをすっぽかしたのも、試験に行けなかったこともすべて彼の行動の結果です。彼が背負って然るべき、責任です。


 だからこそもう私は彼がどうするか、もしくはうっかり忘れてしないのかを気にせず自分の人生を進んでいける。


 それはとても爽快な気分で、気分よく休暇を過ごしてから仕事に戻ったのでした。






 仕事にも慣れてきたころ、風のうわさでテオバルトの今後を知ることになりました。


 彼はその後、私の非道さを非難するために友人たちに話をしたそうです。そして、友人に正しいのは私の方だと言われて逆上して、事件に発展したのだとか。


 彼はもともと家の中でも立場の弱い人間ですから、そんな人間を置いておくはずもなく実家の籍から抜かれて、母方の辺境の地で暮らすことになったそうです。


 もう二度と顔を合わせることがないと思うと、さみしいような気持ちになったり……は、しませんでした。


 むしろ早い段階で怠惰で傲慢な彼の考え方が露見し、追いやられることになったのには納得できました。


 私はというと、クラウス様と交流を深めることに成功していました。


 時折、彼は使用人の休憩スペースまでやってきてくれて私の新しい相手を探すことを手伝ってくれています。


 ただ、一つだけ問題があるとすれば、こうしてお見合い相手の情報を持ってきてくれるのはいいのですが……。


「だから、実際会ってみてもいい人ではあるんだよ。仕事もきちんとこなすし、だた気になるのは彼のご両親のことだね。もちろん完璧を求めるとは言わないけどさ」

「……はい」

「いざという時にあなたを守らないような人だったら困るからね。一生を共にする相手なんだから、妥協も油断もできないよ」

「そうですね」


 彼はとても真面目で難しい顔をして、かけている眼鏡を少し押し上げて、ペラペラと紙をめくって男性たちの情報を精査した。


 しかしこの流れになった時、彼がどういった結論を出すかを私はすでに知っています。


 紅茶を飲みながらもその眉間に寄った皺とガラス越しの瞳を見つめていました。


「━━━━ってことだから、やっぱり考え直すよ。仕事とは違って人を紹介するっていうのは責任重大だしね。あなただって私に紹介されたら、どんな人でも断りづらいだろうし」

「……っふふ」


 しばらくしてやっぱりクラウス様が、どんなに吟味しても新しい人を紹介できないという結論に至ったことに私は予想通り過ぎて少し笑ってしまいました。

 

 すると彼は、私の反応に、苦笑して「いつも時間を取らせているのに悪いね」と苦々しく言う。

 

 けれども私は彼のその言葉に小さく頭を振ります。


「いえ、とても真剣に悩んでくださっているのでとても嬉しく思っています」

「……とは言っても、結婚相手を決めるのは早いに越したことはないのだし、あなたが悩むならまだしも、私が悩んでばかりいて決めかねるというのもおかしな話だよ」

「そうでしょうか。……安易に行動をしないことを私はとても大切なことだと思います。その行動の結果を背負う覚悟をして真摯に向き合っているということですから」


 私のとても幼い元婚約者を思い出して、そう口にしました。


「覚悟……そうだね、行動には責任が伴う。それをきちんと理解するのは大切なことだと私も思うよ」

「ええ。結婚するならそういう価値観の相違がないあなたの人がいいですし。そういう、あなたのような人はきっととても少ないと思いますから、だから……」


 続けて私は、だからこそいくら時間をかけても、そうして考えてくれていることが嬉しいのだと伝えようと思いました。


 しかし、言葉のニュアンスがいけませんでした。


 ……今の言葉だと私が結婚するなら、クラウス様ような人がいいと思っていると感じられてしまうのでは……。


 そう思った。


 そしてそれは、別に勘違いではなくただの事実だった。


 彼の誠実さは今までの彼との交流で深く知っている。


 ただ、その気持ちを表に出すつもりはなかった。クラウス様にいくら婚約者がいないとしても、そういうふうに私のことは思えないと振られてしまうのが落ちだと思ったから。


 けれども言ってしまった言葉は戻りません。


 私は彼の様子を窺うことしか出来なくなって、ぱちりと目があいました。


「? …………いや、はは、ごめん、おだててくれなくてもいいよ」


 すると彼は、言葉の意味を正しく理解しました。しかしそのうえで、続けてこういいました。


「私はそういうの向いてないから。あなただってこんなかたっ苦しい人間が結婚相手なんて嫌だろうし」

「……」

「もっとユーモアとかあるとか、一緒にいて楽しいとか、無言でいても気楽とかそういうなんていうかな、……あの、そういうのが恋人になるには大切だと思うよ。私は」


 クラウス様は少し戸惑って眼鏡を二度あげ直して、困り果てて視線を逸らした。


 たしかにそういう気楽さを重要視する人も、楽しさを重視する人もいると思います。


 でも私はそうではありませんし、彼は私にとってなにより魅力的に見える人です。そんな人が、自分を卑下しているように感じて、思わず前のめりになって言いました。


「ですが、私にとっては誠実な行動が何より大切な物なんです。あなたはそれを持っていますし、優しいではありませんか。それに、真面目で」

「えっ……あ、いや……」

「面倒を見てくださって、少なくとも私には、その書類上の人達よりもずっと魅力的で、私にとってあなたは覚悟をして行動を起こしたくなるような男性です」

「っ……」


 彼は私の言葉に、驚いて、次第に顔を赤くさせました。


 その様子は少し幼く見えて、普段のお堅い雰囲気とは違います。


 その違いにまた胸がどきどきと高鳴って、私は続けました。


「……どうかご自身のことをそう、卑下しないでください。私は…………クラウス様のことを好意的に想っています」

「…………」

「仕事上の関係に私情を持ち込んでしまって申し訳ありません。でも伝えたかったのです」


 私がそう最後に言うと彼は、たまらずと言った具合で手を顔に当ててぐっと目をつむる。それから言いました。


「……あ、ありがとう」

「いいえ……」

「真に受けて、いいかな」

「はい」


 そうして私はクラウス様との未来を選び取って進むことにしました。きっかけは偶然のことだったけれど、後悔はしていないのでした。





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