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エピソード3から内容修正しています
もし最新話まで読んでくださっている方いたらすみません(2025.3.20 修正)
加害者の遺族には弟と弟の妻と三十歳になる長男がいるのだが、弟が若い頃仕事で大怪我を負ってしまい、それが原因で下半身不随となってしまった。車椅子で出かける姿を見たのはほんの数年の間で、体力の衰えもあり現在は寝たきり状態となっている。その弟の介護を妻が担当しており、肝心の息子は高校卒業と同時に上京して以来、家に帰って来ていないという。恐らく、加害者は働けない嫁と弟の生活費を稼ごうと必死だったのではないか、と春野夫妻は推測した。
真実はどうあれ、突然肉親を失うことになったのは加害者遺族も同じ。もし彼がきちんと休みをもらえていたら、この事故は起こらなかっただろう。だとしたら、次に憎むべき対象は警備会社になる。もしくは、彼のような貧困層を救う制度があったとしたら今頃あいりは……。被害者遺族とはいえ、どこかで負の連鎖を断ち切らなければいけない。この事実が春野夫妻の背中を押した。
「あなたもやっぱり、あいりのために訴訟を起こすべきだったと思ってる……?」
帰りの車の中で聖美は外を向いたまま訊いた。
「正直、分からない。何が正解で、何が正義なのか。だけど、後悔はしてないよ。二人で決めたことだから」
朋夜は聖美の手にそっと自身の手を重ねた。
あいりが亡くなってから、時が止まっているような感覚だった。覚めない悪夢の中にいるのではないかと。
信号が青に変わる。車のモーター音とバイクのエンジン音が辛うじて日常世界と二人を繋ぎ止めた。雲の切れ間から現れた強い西日に朋夜はサンバイザーを下ろす。
すると聖美が前のめりになって呟いた。
「あ……虹……」
「え、どこ?」
「ほら、あそこ」
フロントガラスを真っ直ぐに指差す。朋夜は進行方向を気にしながら体勢を聖美の方へ寄せた。目を凝らすと、そこには薄っすらだが確かに虹が浮かんでいた。
「アイリス……。きっとあの子が見守ってくれているんだ」
「うん。そうだね」
聖美は涙を拭きながら朋夜に微笑みかける。虚ろだった彼女の目にようやく光が戻ったと、朋夜は胸を撫で下ろした。