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2025.07.28 修正
子供に霊が取り憑いていたから叩いて出そうと思った。
トップニュースに載っていたのは、精神疾患を患っている25歳の父親が5歳の娘を虐待死させた事件だった。母親は旦那と子供を置いて蒸発していたため、長らく父と子の2人暮らしだったという。このニュースに対して政府を賞賛する声がいくつか上がっている。それは、3年前に導入された「親免許制度」を支持する声だった。
「行ってくる。今日は遅くなるかも」
「いってらっしゃい。車に気を付けてよ」
「はいはい」
秋仲夕日向はヒールを鳴らしながらアパートの階段を下る。共有駐車場には桜の花びらが敷き詰められていた。建物横の桜の木は葉桜となっており、昨日降った激しい雨が花を散らしたのだ。
夕日向は就職祝いに母の七江が買ってくれた、黄色い軽自動車に乗り込むと窓を全開にして走り出した。湿度を多く含んだ生暖かい風が土の臭いと共に車内へ入ってくる。嫌なことがあると外に出て風に当たる。そうすれば嫌な気持ちを風が吹き飛ばしてくれるから。
小さい頃七江がよく言ってくれたおまじないを、夕日向は今も実行している。本当に嫌な気持ちがなくなった気分になるから、案外バカにしたものではないとも思っている。
今朝、朝食を食べにダイニングの扉を開けると、七江はテレビでニュース番組を見ていた。夕日向に気づくと彼女はすぐにテレビを消して何事もなかったように「おはよう」と微笑んだ。しかし、夕日向はそれが「親免許制度」に関するニュースであったと気づいていた。
産まれてくる家庭環境によってその後の運命を決定づけてはならない。その理念の下、政府が導入したのは親になるための免許試験制度、通称「親免許」である。親免許を持っていないと子供を作ることはおろか、結婚すら認められない。もし違反した場合、罰金や懲役刑に処されるなど厳しい条件が課せられるといった、国家予算の大半を費やした肝いりの政策であった。発表された当時こそ抗議やデモが絶えなかったが、児童虐待をセンセーショナルに報道するマスコミの勢いの波に、彼らは吞まれていった。