余命残り四日
「お師匠様ぁぁぁぁ!!」
「んぐぅ……っ」
忙しなく鳴る足音と騒がしい声が廊下に響く。寝室へと繋がる扉が大きな音を立てて開け放たれると、突如何者かが俺の身体にのしかかった。
いや、誰なのかはだいたい見当がついている。
「ゴホッ……マルク、どうしたんだ?」
くっつくようにしてこちらに抱き着いている栗毛頭の少年を引き剥がしながらそう声を掛けると、少年はつぶらな瞳に涙を浮かべてまたも騒ぎ出した。
「お師匠様が……お師匠様が余命宣告されたとお聞きして……っ!」
「あぁ、そうそう余命宣告されたんだんだよなぁ」
「こんのぉぉ能天気馬鹿師匠〜っ!もっと早く言って下さいよぉぉ!!」
少年は頭の上に生えたアホ毛をゆらゆらと揺らしながら頬を膨らませてポコポコと俺の身体を叩く。残念ながらダメージは全くといって無い。
この少年の名はマルクといい俺の唯一の弟子だ。歳はまだ13歳と若いが筋の良い魔術師である。
「それで、お師匠様お身体は大丈夫なんですか?体調は?」
「あぁ、問題ないな」
「それ、本当に死ぬんですか?」
「そうらしいけどなぁ」
ベッドから立ち上がり洗面台まで移動する。すると立ち上がった俺に向かいマルクは「え」と声をあげた。
「お師匠様の髪が薄くなってます……」
「うわっ、気付かなかった」
鏡越しに姿を映すと後ろ髪の一部が白く染まっているようであった。何だこれは、白髪か?
「やっぱりお師匠様は……死んでしまうのですか??」
「どうだろうなぁ……」
本当は「そんな事ある訳ないだろ〜ははは〜」といつものように躱したかったのだが、目の前の悲惨な現状を目の当たりにするとそんな呑気な事も言えなくなってしまった。
というかこれ、このままだと明日にはツルツルに剥げてるんじゃないのか??
埃の被った衣装ケースから古臭いとんがり帽子を取り出すと頭へとそれを被った。
勿論後ろ髪の不格好に薄くなった髪を隠すためである。
「どこかに出掛けるんですか?」
「あぁ、今日は暫く会ってない友人の元に行こうかと思ってな」
マルクはいつも通り魔法の勉強に励んでいるようで、身支度を済ませた俺に気づくと不思議そうに首を傾げさせた。
「そうですか、今日はお師匠様の好物を沢山作ろうと思ってるのでぜっ〜たいに、なるべく早く帰ってきて下さいね」
「それは嬉しいなぁーじゃあ予定より早く帰ってこよう」
マリクの美味い料理そして好物が出されると知った俺の足取りは浮足立っていて、マリクの表情からは苦笑いが浮かんでいた。
いやいやいや、決してお子様みたいではない。
◆◇◆
辺り一帯深い木々に囲まれた森の隠れ家の下、ちょっとした山の様に盛り上がっているそれに手の平を置くと声をかけてみる。
「久しぶり」
『グルルゥゥ……』
微量の振動と微かな唸り声をあげたそれは、のそのそと起き上がってこちらに顔を向けた。
次第に形をなしたそれは翼を一度はためかせ俺の前へと長い首を下ろす。
「よぉ、森の竜王殿元気にしてたか?」
『エッケハルトか……見ない内にデカくなったな』
森の竜王……この竜こそ俺の友人である。不思議なことにこの竜は人の言葉を理解しており、精神干渉魔法をこの竜に掛けさえすれば会話をすることが出来るのだ。
やはり一千年以上生きている竜はそこらの竜とは一風変わっているようである。
『人間の成長は早いな、あのときの幼子も元気にしているか?』
「マルクのことか?今は絶賛魔法に夢中になっているぞ」
『お前みたいに魔法馬鹿にならないといいな』
「あいつには十代目の賢者になってもらうからそれは無理だな」
「歴代の賢者は皆俺みたいなやつだったろ?」と竜王に聞くと怪訝な表情を浮べながら『お前は歴代トップの魔法馬鹿だった』などと言われてしまった。いやぁ俺にとってはそれは褒め言葉なんだなぁ。
『ところで、お前は何でここに来たんだ?』
「あー……」
『何だ、お前が言い濁すなど不吉でならないんだが』
竜王は身構えるようにして俺が喋りだすのをじっと待っていた。
いざとなると言いにくいんだよなぁ。
「いーやっ!なんでもないさ、ただ顔を見に来ただけだ」
『ならはじめからそう言っとけばよかろう。それで本当のところは?』
「うぐ……っ」
俺の嘘が下手なのかそれともこの竜王の勘が鋭いのか、直ぐに嘘は見破られ合間無く追求される。
じりじりと詰め寄られ物理的にも逃げ道を失くすと俺は盛大にため息を吐いて正直に話すことにした。
「はぁぁ……まぁそうだなぁ、最後になるから顔を見たかったのと、別れの挨拶ぐらいはしておこうかと思ったからだ」
『――それは、』
俺の言葉に竜王は口を噤み目を見開く。俺の言いたいことはこの勘の良い竜であれば分かるだろう。
暫くの沈黙の末、竜王は静かに呟いた。
『人間の生命は脆くて、儚いな、皆すぐに消えてしまう』
「はっはっは!それは間違いだ、この俺はそう簡単に消えはしない。人々の記憶の中に残る偉大な賢者になるのだからな」
しんみりとした空気をぶち壊すかのように俺の笑い声は森の中で木霊する。相変わらずの俺の姿に竜王はやれやれと首を振っていつも通りの顔を浮べていた。
『そうだな、こんな馬鹿は人の記憶に残り続けるだろうな』
「今俺のこと貶したよな??なぁ??」
『褒め言葉として受けとっておけ』
「それこそ馬鹿なのでは??」
お互いにふざけたことを言い合っているとふと、もう既に日が暮れ始めていることに気付いた。
そろそろ帰らなければマルクに怒られてしまう。俺の好物たちも冷めてしまうだろう。それは絶対に駄目だ。
「……すまないな。そろそろ家に帰る」
『そうか、また会えたらな』
「あぁ」
『我も、お前の姿を見たらついて行くかもしれないな』
「お前にはまだマルクがいるぞ。……俺が見れない分見守ってやってくれ」
最後にちょっとした頼み事を付け加えると竜王は渋い顔をしながらも頷いてくれた。
自分勝手で済まないが、頼めるのはお前しかいないんだ。
愛用の箒へと腰掛け、空へと浮く。
徐々に地と身体が離れていき背後にいる友人に手を降った。
「そんな悲しそうな顔するなよな……」
俺は別れがしんみりしたのが好きではない。潔い良いぐらいが丁度いいと思っている。胸は張り裂けそうなくらい締め付けられるし、涙を堪えるのだって面倒だからだ。
こんなのは〝俺〟らしくないから。
◆◇◆
「ふぅ〜〜っ食った食った」
俺が居ない間にマルクによって片付けられたのか室内には散乱した魔道具一つとして落ちていなかった。
埋もれていたであろうソファへと身体を沈めさせると満足した面持ちで腹を擦る。
「ご満足頂けたようで良かったですよ」
「そりゃあなぁ……われはまんぞくだぁー……」
この心地よい満腹感とだらけるのに最適な寝心地、目元が微睡んできてやがて完全に視界が閉ざされた。
「お師匠様ぁー?」
「ぐぅ……」
「て、……寝てるんですか?」
マルクはソファで寝そべり寝息を立てるこの男にそこら辺にあった毛布を掛けてやると横に腰掛ける。僅かな変化はあるものの残り数日で目の前の男が死んでしまうなんてこと信じられなかった。
(本当にお師匠様は……)
残り三日、僕はこの人に何をしてあげられるのだろう。
読んでくださりありがとうございます。
次回も楽しんでいただけたら幸いです。