第一話 千本松隆司と鷲頭友樹
Vtuber専門スキルマーケットアプリ『VirtualTown』
簡単に言えばVtuberと呼ばれる配信者に必要なモノが何でも揃い購入できるアプリだ。
当然ながら購入には相応の対価と手数料が必要となるが、このアプリで全てが事足りるVtuberにとって神のようなアプリである。
俺の名は『千本松隆司』。とある運送会社に勤めるアラサー大型トレーラードライバーだ。
高校卒業から数年間オンラインゲームにハマり五年程ニートをした後に友人『鷲頭友樹』の父親であり、現在働いている運送会社鷲頭運輸の社長『鷲頭一樹』さんの三時間に渡る拳骨と説教という名の面接を経て強制入社させられ今に至る。
大型免許やけん引免許やフォークリフトの資格等を習得させてくれ、一から徹底的に運転技術を叩き込んでくれた社長には頭が上がらない。
元ニートでオタクであるとはいえ、大型トレーラードライバーの俺が何故VirtualTownを利用しているか。
それは友樹がで立ち上げたVtuber事務所EagleNetworkの所属Vtuberになってくれという頼みを断れなかったからだ。
鷲頭運輸は社長の努力と経営方針のおかげで基本的にブラックが多いとされる運送業界ではビックリするぐらいにホワイトな会社であり完全週休二日制だ。
だから土日だけでもいいから所属Vtuberとして配信活動をしてくれ、ついでに所属するVtuber達をVtuber側の立場と目線で監視して欲しいと。
俺はオタクではあるけどゲーム系、特にMMOに特化してハマっていたタイプだ。
昔からアニメは殆ど見ないし、漫画も有名どころを立ち読みする程度で今時な一般的オタクとは少しズレている。
それにニートを卒業してからは社長の影響でバイクが趣味になり、ゲームも最近はソシャゲを無課金でちまちまプレイしている程度だ。
そんな俺にVtuberなんて出来る気はしないが、友樹が五年前に社長に俺を立ち直らせてほしいとお願いしてくれたから今の俺と生活がある以上断るに断れなかったのだ。
ニート時代に学生時代の友人達と殆ど縁の切れた上に成人式にも参加しなかった俺にとって数少ない友人の頼みでもあるからな。
そんな理由で俺は友樹の紹介でVirtualTownを利用し様々なモノをEagleNetworkの経費で購入した。
その一つであり、今後Vtuberとして活動するにあたり俺のアバターとなる2DLiveモデルが完成し先程届いたのだ。
パソコン版のサイトもあり、現在は鷲頭運輸の敷地の隅にあるEagleNetworkの事務所の一室にあるパソコンでVtuber界隈ではVtuber達からママと称される絵師様であり2DLiveモデル製作者でもある『西浦みかん』さんとの連絡ページを開いている。
ちなみにこの西浦みかんさんがEagleNetworkの所属Vtuber全員のママであり、友樹の専門学校時代の同級生らしい。
俺がニートしながらMMOやってる時に友樹は声優を夢見て声優の専門学校に通っていたが、その時の同級生という事は彼?彼女?も元声優志望だったのだろうか?
「お待たせ。マネージャーからの愚痴という名の業務連絡が長引いちまった」
コーヒーカップ両手に部屋に入ってきたホストみたいな金髪アラサー男は大きく溜息を吐いた。
ホストみたいではなく実際に東京でホストしながらVtuberをしていた時期があり、その時に必死に稼いだ金でEagleNetworkを立ち上げた本物の元ホストだったりする。
そんな彼こそがEagleNetworkの社長であり、俺の数少ない友人である鷲頭友樹だ。
「さすがみかんちゃん仕事が早い。やっぱみかんちゃんしか勝たんな」
「専門学校の同級生だっけ?お前声優の専門学校だったろ、なんで絵師さんが同級生に居るんだよ?」
友樹からコーヒーカップを受け取ると、前から思っていた疑問を投げかける。
みかんさんが手掛けた他の所属Vtuberのモデルやメインビジュアルの画像を見たが完全にプロの領域であり、どう見てもアマチュアのレベルではない。
ましてや立ち絵を2DLiveモデルに設定までしてるのがみかんさんで、その出来も怖いぐらいぬるぬる動くハイクオリティモデルだ。
そんな技術を持った人がなんで声優の専門学校に通っていたのか、無論卒業後に今のスキルを身に着けるだけの時間はあっただろうが絵のクオリティが凄すぎてイマイチ納得できない。
「みかんちゃんは美大通いながら通ってたんだよ。理由は単純明快で憧れてたから諦めずに挑戦したかったからだと。まあ最終的には声優は諦めて美大卒業後はソシャゲ会社で絵師やってたのよ」
「なるほど。というか凄いバイタリティだな…」
「だろ?みかんちゃんは絶対に大物になるって確信してたぜ。今はフリーランスだけど会社勤めの頃はそこそこ有名なソシャゲの絵師もやってたしな」
友樹の言葉に納得すると共に、何処かで見た事ある絵柄だなと内心思っていた理由もはっきりした。
スマホを片手で操作して友樹が見せてくれたソシャゲ画面に映るキャラは、俺が依頼した2DLiveモデルと同じ絵師が描いたのが一目で判る絵柄だった。
少し前の絵師が複数人居てグループごとに複数のキャラを担当しているタイプのソシャゲとはいえ、そこそこ有名なソシャゲの絵師をしていたのは本当に凄いな。
「うちのVtuberは全員みかんちゃんに担当してもらってるからな。他にも何名か個人勢Vtuberの子のママもしてるけど今後はうちの専属になってもらう予定さ。個人勢の子達もスカウトするつもりだしな」
「俺に土日限定でいいから所属してくれって頼む規模の零細事務所なのに?」
「零細言うな。まあ稼ぎ頭が未だに俺な時点で否定は出来ないけどな」
友樹は苦笑しながらコーヒーを口にする。さすが元ホストだコーヒー飲む姿も絵になる。
彼が描く展望と現実は悲しいかな剥離しており、EagleNetworkはVtuber界隈に星の数ほどある零細事務所の一つに過ぎない。
元々は黎明期から細々と個人勢として活動していた友樹が半年前に一念発起して立ち上げたばかり、所属するVtuberもデビュー前の俺を含めて五人しかいない。
事務所も鷲頭運輸の敷地内の今は使われてない旧休憩室を改築したボロ事務所だ。
「心配すんな、これでもあの三人の為に女性のマネージャー雇うだけの稼ぎはあるんだ。それにホストの時に貯めこんだ貯金もあるしな」
「三人は女性Vtuberだっけか。そうなるとやっぱマネージャーさんは女性の方が良い訳だ」
「女性Vtuberは登録者少ない子でもガチ恋問題とかあるしな。ファンを安心させて余計な問題を起こさないようには女性マネは必要経費さ。まあ、一人は男の娘だからバ美肉だけどな」
途中までちゃんと考えているな一理あると思っていたら爆弾発言でコーヒーを吹きそうになった。
事前に聞いて確認したが三人は三人組女性アイドルグループという設定のVtuberだ。
EagleNetworkのHPの所属Vtuber紹介ページでも三人共女性Vtuberと記載されてたし、どんな子達か知る為に観た配信でも三人共完全に女の子の声で誰が男の娘か想像もつかない。
ボイチェや両声類でもない、完全に判別不可能なレベルの女声を出せる男の娘が存在するのか?
「ガチ恋対策に女性マネージャー雇ってるのに男の娘混ぜたら意味ないだろ」
「心配すんなって楓ちゃんは竿有玉無しで心は完全に女の子だ。声だってお前も男の娘って判らなかっただろ?一応は声優志望だった俺とみかんちゃんだって判らなかったからな」
「マジかよ、正直言って想像できないし三人の中の誰が男の娘か判らないわ」
パソコンを操作して画面を切り替え、三人の紹介ページを開いて目を細める。
無論、二次元のイラストと2DLiveモデルを睨んだ所で誰が男の娘か判る訳など無いのだが、インパクトが強すぎてやらずにはおれなかった。
そんな俺を見て友樹はケラケラと笑いながら自分の椅子に腰掛け、コーヒーを机に置いた。
「仲良くなったら判るさ。お前のVtuberとしての設定と役割的に否応無しでも三人と絡むから仲良くなれるはずさ」
「役割と設定は事前に聞いてるけど本当に大丈夫なのか?せっかく女性マネージャー雇ってる意味無くならないか?」
「大丈夫だって。あの子達は三人組女性アイドルグループVtuberだ。お前がプレイしているソシャゲだって男性が女性アイドルのプロデューサーやってるだろ?」
友樹の言葉に溜息を吐きながらパソコンを操作し、みかんさんとの取引ページからダウンロードし解凍したファイルを開き、その中にある『プロデューサー:メインビジュアル』という画像ファイルを開く。
すると画面に俺のVtuberとしてのもう一つの姿が映し出される。
現実の俺をそのままモデルにしてみかんさんの絵柄で描かれた、だが大型トレーラー運転手の俺が普段絶対着ない営業職の人達がしているスーツ姿の黒髪長身の男性Vtuberの姿がそこにあった。
「我が社のアイドルVtuber達をよろしく頼むぜ、プロデューサー君」
苦笑する俺と正反対の友樹の笑顔は憎たらし程イケメンだった。流石元ホストだ。