修理依頼
前書き:あらすじ
試験機の性能に十分すぎるほど満足したベルントは『問題なし非常に優秀』と判定し、正式に評価機名目で第一陣、3体のゴーレムが軍から依頼されることになった。
試験機は評価機が来るまで追加の問題点検査用という名目でベルントのおもちゃになり、基地の外回りの雑務や力仕事、戦闘訓練に使用されていた。
マイニーは資調から連絡を受けていた。
「ベルントがゴーレムの修理を依頼してきているが知ってるか?
申請書類とか全然来てないんだが・・・」
事務方として経費管理を任されている彼女にベルントが一言も伝えず、断りもなくこっそりと資調に修理を依頼しようとする彼の姑息さに、マイニーの怒りは我慢の限界まで押し上げられていた。
彼女はベルントのいる試験場に行き、冷静さを装いながら問いかけた。
まずは”ゴーレムが動かなくなった”経緯をベルントに確認する。
「すみません、ベルント隊長、ちょっといいですか?
資調からゴーレムの修理を依頼していると聞きましたが、どうしてこんな状態になったんですか?」
「いやー、すまん。ほんとうにすまん。
まぁ、ほんの少し、ほんの少し過激な耐久性のテストを趣味でしていたんだが、今回は少しやりすぎた。
まさかこれくらいのことで動かなくなるとはなー」
彼女の頭の中には、報告書作成の手間、無駄な作業に費やす時間、そして修理費として確保しなければならない予算が一気に思い浮かぶ。
軽い調子で自慢げに笑うベルントを見て、マイニーは拳を握りしめ、彼の顎に拳を叩き込みたい衝動を必死に抑えていた。
怒りのオーラを纏わせ、下を向いたまま冷たい声でマイニーが尋ねる。
「・・・それで、なぜ、私を通さずに資調に直接頼んだのですか?」
上官相手ではあるけれど、その場で殴るのをなんとか踏みとどまる。
それだけで彼女の今年の我慢残量をすべて使い切ったと思った。
「あ、いや、それは・・・」
マイニーの視線が冷たい怒りを帯びる中、楽天的なベルントもマイニーが怒り狂っていることが判り、目を逸らしながら口ごもる。
「いや、ほら、今回は資調の依頼も緊急だったし……
なんというか、マイニーに心配かけたくなかったというか・・・」
マイニーはなんとか怒鳴ることなく冷静に対応をする。
「そぉうですか……、それが理由、ということでよろしいですね」
「お、おう・・・」
「それでは、私に心配かけないで済むように必要な申請書一式、あとでベルント隊長へ届けさせますね。
ちゃんと申請終わらない間は絶っ対に修理に出しませんから、頑張ってくださいね」
マイニーはにっこりと笑顔をベルントに向ける。
が、目が全然笑ってない。
ベルントは申請するために慣れない書類仕事を頑張ったが、結局ゴーレムの修理依頼が行われたのは四日後になった。
その間、マイニーに何回も謝りに来ていたがマイニーが許すことはなかった・・・
〜〜〜〜〜
発注の仕様が軍内部でまとまらず、平和な日々が過ぎているイェルクにある日、連絡が入った。
『試験用のゴーレムが破損し動かなくなった。修理をお願いしたい』
「そんな馬鹿な・・・
絶対ないとは言えないが、普通に考えればあり得ない。
やっぱり急場で作ったものだからどこかミスがあったのか?」
製作から数ヶ月が経ち、絶大だった自信も少しずつ薄れていき『もしかしたら・・・』という不安が顔をのぞかせ始めていた。
それでも、『あのゴーレムが、こんなにも早く壊れるはずがない』という気持ちは強い。
だが、実際に破損したと連絡が入った以上、事実は認めざるを得なかった。
彼の眉間には深い皺が刻まれる・・・
(限界値を知るために、多少無理をさせた可能性も考えられる。
だが、どれほどの無茶をすれば壊せるというんだ……?)
イェルクの頭には、壊れるとすればどこかが、いくつか思い浮かんでいた。
一番あり得るのは構造的に弱い関節に力をかけ過ぎて逆に曲がり、関節機構が破損した・・・くらいしか想像できないが、それでもかなりの力をかけないと壊れないはずだ。
偶然の事故ではないだろう。
一日経ち、考え込むイェルクの工廠に、破損した試作ゴーレムが運び込まれてきている。
彼はあふれる疑問を隠しながらゴーレムを見つめる。
「イェルクさま、お世話になります」
イェルクは、いつも来ているマイニーが深々としたお辞儀をし、いつも以上に謙っている・・・
その様子を見て、『何かとんでもないことをして動かなくなったのではないか』と思い始め、まずは確認するためにマイニーに尋ねた。
「ゴーレムが動かなくなったと聞きましたが・・・」
「すみません。そうなんです」
イェルクの状況を確認する疑問にマイニーは申し訳なさそうに頷いた。
作成元へゴーレムを回送してきたマイニーだが、これから聞くだけで『馬鹿じゃないの?』と言いたくなる経緯をイェルクに話して修理してもらわないといけない。
どう話し始めようかと迷っていると、可愛らしい少女の声が彼女の注意を引いた。
「お父様!」
かわいらしい少女が工廠の入口から走り寄ってきてイェルクにしがみつく。
その姿は、とても愛らしく、マイニーは自然と微笑みが溢れていた。
「娘さんがいらっしゃったのですか?」
資調の仕事としてイェルクの身辺調査は行っており、その調書にも目を通しているが、その中に娘や血縁者の存在は示されてなかった。
少女は明らかにエルフの血を引いている。
その尖った耳が、彼女の血筋を物語っていた。
「訳あってしばらく離れて暮らしてましたが、一緒に暮らすことにしました」
イェルクは柔らかい笑みを浮かべながら答えたが、どう見てもエルフの子、ハーフなのか?
それにしてもイェルクの血筋は引いてないようだが、それとも養子だろうかと考えかけ、その場でその思考を停止した。
マイニー的にはゴーレムが使えればいいので、他人の家の血縁など深く突っ込んで反感を買ってもいいことはない。
今はゴーレムの修理が最優先だ。
「それは良かったです。かわいらしい娘さんですね」
「あまり会う機会はないと思いますが、エレナ、あいさつしなさい」
彼女を安心させるように、少女の背を優しく撫でていた。
イェルクの影に隠れながら、少女は小さく囁くように言った。
「・・・はじめまして、エレナです」
小さな声で挨拶すると、イェルクの背後に隠れるように身を縮める。
まるで、自分が少しでも姿を見せたら、何か恐ろしいものに襲われるとでも思っているかのようだ。
マイニーは彼女に向かって微笑んだ。
「こんにちは、お姉さんはお父様にお仕事を頼んでるマイニーと言います。
今日は突然だったので何もありませんが、今度来るときは何か持ってきますね。何か好きな食べ物とかありますか?」
エレナは答えず、イェルクの袖をギュッと握りしめた。
こんな考え方をする自分は嫌だが、この手のがんこ職人を取り込むには子供を味方にするのが有効だ。
特に今からゴーレムになにをしたか話す前に出来ればご機嫌をとっておきたい。
「・・・」
「人見知りが激しい子で申し訳ない。そんなに気を遣わなくても大丈夫ですから」
「そうですか、
お父様の時間を取ってごめんね」
娘さんをかまいながら、イェルクがゴーレムを細かく観察している。
見た感じどこも破損してないようにも見えるが杖で指示してもぴくりとも反応がない。
そして丹念に調べていると、ゴーレムの腹に5mmほどのへこみがあり、魔法陣が途切れている。
どうやら、この魔法陣の途切れがゴーレムの機能を完全に停止させているようだ。
「これは驚いた!!、一体何をどうすればこんな傷がついたんですか?」
イェルクは途切れた魔法陣から目をそらさずにマイニーに傷がついた経緯を確認する。
訊かれるのは覚悟していたが、依頼する事務方としては話すしかない。
「衝撃を周囲に逃がさないよう上半身を魔法フィールドで覆って力の拡散を防ぎ、スリップしないよう後を別のゴーレムで支えて、一点突破に改修した攻城兵器で打撃を加える試験をしたらしいです」
状況を想像しているのか一瞬の間が空いた後、イェルクが口を開く。
「は?え?・・・ばかですか?」
それを『私に言われても』と言うのが正直な感想だが、話を聞いたときに私もあきれたので、気持ちは嫌というほどわかる。
現場で敵に囲まれる事態になったとしても、今回のような状態になるとは想定しづらく、どう考えても壊すのが目的でやってるとしか思えない。
ただ私としては、文句を言うなら現場で実行指揮したものに言ってほしいが、ベルントにそれを言ったら大喧嘩になってゴーレム作成から手を引き、二度と引き受けてもらえない気がするのでそれだけは避けなければならない。
「・・・で、どうしますか?発注のための試験も終わったと聞いてますし、
そんなに壊したいんならこのまま解体処分にしますが」
怒ってるらしく(普通怒る)ちょっと切れ気味に訊かれたが、あくまで冷静に返す。
「試験方法に問題があるということで動くように修理いただければと思います。
ただ、現場の方では
『どんな事態がヤバいか』
『ゴーレムに対してどう接すればいいか』
『どんな状況になったらいけないのか』
が分かったということで有効な内容だったと言ってました」
「確かに弱点を知っていればフォローのしようがあるでしょうし、有益なのは認めますが、にしても聞いたような事態になったときにはもう勝負がついてる気もします。
・・・修理は2,3日かかりますよ。
魔法の保護フィールドを一度外して板金、そのあとミスリルに書かれた魔法陣を直せば修理できるとは思います。
今回はたぶん実費は掛からないので修理代も契約しているメンテ代の中で済みますね」
修理の依頼を受け、ゴーレムを作業台に移動しようとするが、中身は石と錬金・電気の駆動系と金属や液体金属が詰まっているため、とんでもない重量になっている。
しかも動かないだけで魔法防御自体は生きていて、魔法は受け付けないので魔法で浮かせることもできず、他からゴーレムを呼んできて設置してもらうことになった。
「それでは本当に申し訳ありませんが、修理をよろしくお願いします」
本当に悪いと思っているのかマイニーの頭を下げる角度が、今日はとても深い。
それを見るとイェルクは『この人もたいへんだなぁ』と思い怒りも静まっていく。
「わかりました。
まだ新しいゴーレムの正式な発注が来てないのでいいですが、発注来た場合はそちらを優先しますので、その点だけ了承してください」
「はい。よろしくお願いします」
くれぐれもよろしくお願いしますと再度頭を下げ下げ軍の担当官が帰っていく。
このゴーレムは常時弱い歪曲空間を魔法で張り巡らせ、外部からの衝撃を上方向に逃がすことで、衝撃自体を無いものとして、通常では考えられないほどの高い防御力を得ている。
(魔法で疑似的にゴーレムをニュートンのゆりかごの間の玉にしている)
だが、今回の試験ではかける力が大きすぎて、結果として本体に負荷が集中し、凹みが発生してしまった。
カチカチ玉で言うと反対側の玉を動かないように固定して、逆側から玉の強度以上の力を加えたため、玉が破損してしまった感じだ。
実際は本体を守るために、衝撃を蓄積する魔法で二重に防護してあったが、負荷が大きすぎて蓄積限界を迎えていたようだ。
他にも魔法攻撃防御のため魔法効果の無効化の魔法陣も描かれている。
そのためこのままでは魔法陣を書き直すことも魔法で干渉することもできない。
修理手順としては、足の裏の魔法阻害の張られていない部分からフィールド解除の魔法を流し、内側から魔法無効化の魔法陣を解除、外部からの物理的な力を防御している魔法も解除して修理を始める。
中身は丈夫な石をくり抜いて使っているから、普通は欠けたりしない。
板金すればなんとかなるだろう。
「ゴーレム操作系は表面じゃなくて奥に描くか、外殻を2重にした方がいいみたいだな」
「お父様は忙しいのね、もっと遊んでほしいのに」
ゴーレムの物理・魔法干渉阻害の魔法陣を解除してエレナに答える。
「そういうことだ・・・、これでやっと外装に干渉できる」
外装の凹みを取ればいいのだが、これは板金に近い作業だ。
取り外した外装をオートマタに渡し凹みを取って、ならすよう指示する。
「そういえばもうその身体はなじんだか?」
エレナはその場でくるりと回り、スカートがはためかせている
「はい、大丈夫です。でも、まだ少し不思議な感じがします。
風を感じるとか、床の冷たさを感じるとか、前はなかった感覚だから」
イェルクは小さく頷いた。
「そうか、前はそういうのは感じなかったんだな。
ゆっくりと新しい感覚に慣れるしかないな。
そろそろ、いっしょに屋敷の外にも出てみるか?」
「・・・はい」
微妙にエレナの受け答えが見た目年齢相応の子供より少し幼く感じるが、変に達観した言葉を使われるのも問題なので気にしないことにする。
周りの受け答えの期待値を感じ取って変えてきてるのかもしれない・・・
ゴーレムの修理はオートマタが板金やっている間暇になったので、楽しいことを選択した。
オートマタがゴーレムの板金をしている間、エレナを連れて街へ買い物に行ってみる。
街に出て馬車から降りたエレナは物珍しそうに周囲の店をキョロキョロ見ている。
精霊の時はは御神体からあまり離れられなかった(ご神体は山の中にあった)ため、街は初めてということで手を握って離さない。
本来が精霊と言うのもあり人間の街は不安なのだろう。
下着系の店などは丸投げするつもりでメアリーも連れてきている。
大体の買い物は行商に頼めるので街の散策が本来の目的だ。
「人間ってすごい数いるのね」
私にしか聞こえないような小さい声で呟いている。
確かに屋敷に引きこもっていたので今まで見かけた人間の数は30人もいないだろう。
「そうだな。ここは商店街のメインストリートだからたしかに多いな」
エレナの話しに答えながら、メアリーに依頼する。
「メアリー、エレナの服の好みはなんとなくわかるが、彼女が本当に着たいと思うものを選んでやってくれ」
メアリーは軽く頷いた。
「お任せください。エレナ様にぴったりの服を見つけてきますね」
エレナは少し照れながらイェルクを見上げた。
「お父様、私が着たい服、わかるの?」
「そうだな・・・、実はよく分かってないんだ。でもメアリーなら君のこと、きっとわかってくれるよ」
メアリーに任せると適当な服の店に入り服選びをしている。
帰ってきたら、そろそろ午後のお茶にでもしよう。
「にしても、ふわふわした服が好みなのは元が精霊だからか?それともメアリーの趣味か?」
そういえばこの間来た行商からふわふわした黒いドレスとか白いドレスとかも買っていたな。
土の精霊とかだともっと落ち着いたどっかりした服が好みなのだろうか・・・
初めての街へのお出かけも終わり、エレナは少し興奮しているようでメアリーに話しかけていた。
「お父様とお買い物楽しかった」
エレナの口調は明るい。
ふと気になっていたエレナの左手のリングについて、メアリーは思い切って訊いてみた。
「エレナ様、その左手の指のリングは…?」
エレナが左手のリングを見つめながら、メアリーに答える。
「お父様がずっと一緒にいる約束の印としてもらったの」
「え?!」
「どんな時もはずしちゃダメって
お父様、私が必要て言ってくれたし、
私もお父様とずっと一緒にいたいから申し込みをお受けしたの」
「え?それって・・・」
前から気になってはいたが、まさかそんな意味が込められているとは…。
メアリーはあまりに衝撃的な内容に、どう答えてよいか分からず戸惑ってしまった。
夜、ベッドの中でメアリーは今日のことを考える。
エレナちゃんのリングで受けた衝撃が大きくてなかなか寝付けない。
まさかとは思っていたけど、だんな様がエレナちゃんに求婚してたなんて・・・
「エレナちゃんの年齢で求婚かー・・・
でも、お父様って呼んでるのよね・・・」
もしかしたらずっと一緒にいるっていうのは親子だから?
だったら指輪はなに?
まだ屋敷のみんなには言ってないみたいだけどどうするんだろう?
しかも今も多分寝室で一緒にいる。
一体どういう関係なんだろう・・・
・・・メアリーは今日も眠れない。
面白かった、イマイチだったとお気軽に評価をいただけると嬉しいです。
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