08.新たな住人
「メアリーに頼むか…」
エレナが首をかしげる。
彼女にはまだ、これから何が起こるのか理解できていないようだ。
イェルクはエレナを地下の工房から自分の執務室へ≪ゲート≫で連れてくると、素早くドアを開け、廊下に向かって声を上げた。
「メアリーはいるか?」
メアリーは、機転が利き、思考が柔軟なメイドだ。
栗色の髪をボブカットに整えた姿が特徴的で、他のメイドたちとは一線を画している。
イェルクが彼女を信頼する理由は、歳が若い割にはその賢さと、立場をよく理解している点にあった。
その間、エレナは執務室の本棚を支えにして多くの本に目を奪われていた。
人間の暮らし自体が彼女にとって新鮮で、すべてが不思議で興味深いものに見えている。
これまでは山の中にいた精霊なだけに本を見たことがなく、彼女はそれをじっと眺め、興味深げに指先で背表紙に触れながらその不思議な形状を眺める。
「これは?いっぱいありますね」
エレナは、本棚の一角を指差しながら、目を輝かせた。
彼女が本に興味を示す姿を見て、イェルクは思わず微笑む。
彼女が人間の世界に対し興味を持つのは良いことだ。
彼女にとって、目の前に広がる書物の世界は、全く未知のものであり、見たこともない風景だったのだろう。
言葉には、無垢で純粋な好奇心が溢れていた。
さっき親子関係にすることを考えたばかりだが、既に本当の娘のように思い始めていた。
次の瞬間、廊下を軽快に駆ける足音が耳に入った。
ぱたぱたと響く音から、メアリーが急いでこちらに向かってくるのがわかる。
「お呼びでしょうか、旦那様?」
ドアの向こうからメアリーの声が響き、彼女が部屋に姿を見せた。
栗色の髪を整え、いつもの端正なメイド服に身を包んだ彼女は、いつも通りの冷静な態度でイェルクに頭を下げる。
イェルクはエレナのそばに行きメアリーにエレナを紹介した。
「この子はエレナだ。
これからここに一緒に住むことになる。
とりあえずエレナの服や靴、それから下着も用意してほしい」
エレナの様子を見て、メアリーは一瞬驚いた表情を見せたあと、すぐにいつもの冷静な表情に戻った
「はい、わかりました」
メアリーはイェルクの後ろに隠れるようにして立っている女の子を見て微笑みを浮かべた。
「彼女を一緒に買い物にお連れしてもよろしいですか?」
イェルクは、エレナが彼にしがみついているのを感じながら、メアリーに指示を与えた。
おそらく彼女は、他の人間に対する警戒心があるのか、まだ立つこと自体にも慣れていないのか、イェルクの服を掴んで離そうとしない。
どちらにしても、今はエレナを外に連れて行くのは得策ではない。
イェルクはそう判断し、メアリーに一任することにした。
「いや、エレナはまだこの場所に慣れていない。
外に出るのは後でもいいだろう。
今回はエレナをここに残して、君が代わりに買いに行ってくれ。
歩き回るのに困らないよう、替えの服もいくつか頼む。
あと、今日じゃなくてもいいが、日用品も揃えてくれ」
メアリーは、少女の身長とおおまかな体型をざっと目測で採寸した後、「すぐに戻ります」と言い残して、静かに部屋を出て行った。
イェルクはしばらくその後ろ姿を見送った後、再びエレナに目を向ける。
彼女の無垢な表情と、人間の世界にまだ馴染めていない様子を眺めながら、これでエレナの服はひとまずなんとかなると少しだけ安心した気持ちになった。
主人の執務室を出たメアリーはメイド服の上から外套を羽織り、外出の準備を整え服を買いに足早に屋敷を後にした。
メアリーは買い物に商店の集まっている区画へ急ぎながらさっきのことを思い出していた。
(あー、びっくりしたー・・・)
いきなり呼ばれたかと思えば綺麗な女の子がいて、「合う服を買ってこい」(意訳)と言われたけど、動揺しないで普通に応対できた自分をほめてあげたい。
にしても旦那様が怪しい趣味にはしってしまったかも。
旦那様に懐いているようだったので、ひとまず誘拐とかではないと思いますが。
確かに旦那様はいわゆる貴族の出ではないから、貴族のご令嬢様が来たことは無かったし、
パーティなどの公式行事にも極力出ていらっしゃらなかったですし、
やたらと増えていく自動人形のことを考えると、頭があるかもわからない人形で、機械(歯車)好きという特別な趣味を持っているのかもしれないなどの疑惑はちょっとだけ抱いていました。
世の中にはそういう細かくて機械しているのが好きな方がいらっしゃると聞いてますし・・・
実際、旦那様は自動人形の販売やメンテナンスだけで、このお屋敷を支えていると聞いています。
自動人形は私たちお屋敷に努めている者のお給金の源泉でもあり、購入している貴族様からも色々な便宜を図ってもらえたりするので、見た目はちょっと不気味ですけどとても感謝しています。
王都にお屋敷を持ったのも自動人形の商売の為って聞いてましたし・・・
最近は旦那様が人形関係で新しく軍の仕事をやり始めたようで、軍人さんたちも頻繁に来ているようですし・・・
どうして急にそんな方向に進むのか、少し不安な気持ちになってしまいます。
この新しい展開が、私たちの生活にどんな影響を及ぼすのか、気がかりでたまりません。
それはともかく、エレナちゃん、すごく綺麗でかわいい。
シミもホクロも傷跡もない白い肌で、まるで輝くような金髪。
耳が人とちょっと違っていたけど、あれは妖精族?になるのかしら?いいアクセントになっていた。
ローブの下に何も着てなかったし、身体は清潔だった。
ただ裸足だったからあまり歩くことはない環境にいたのよね?
よく分からないけど売買するところだと綺麗にしておくもの?商品だし?
身寄りの無い子を引き取った可能性もあるけど、だとすると妖精族の子をいったい何処から引き取ったのかしら・・・
ちょっと痩せてる気がしなくもないけど、ご飯そんなに食べさせてもらえなかったのかな?
あまり話さなくて内気みたいだし、前のところで躾が厳しかったとか?
にしても、下着もつけさせてないなんて…。
採寸したときに彼女の左薬指に地味な紫色のリングが光ってたけど、あれって・・・
メアリーの内から次々に疑問が出てくるが答えは得られない。
そんなことを考えているうちに衣料店につき、商品を前にメアリーは固まっていた。
貴族は基本屋敷に行商を呼ぶので、高価な服は店頭に置いてない。
そのため品数が少ないうえ、旦那様が女の人と一緒にいるのを見たことないので好みがイマイチ分からなかった。
とりあえず吊しで置いてある良さそうな服を自分の趣味で選び、他にも寝間着、室内着や下着を採寸してきたサイズで買い求め、急いで屋敷へ戻ることにした。
―コンコン―
「メアリーです。旦那様、買ってまいりました」
「はいれ、あと着るのを手伝ってやってくれ」
メアリーが服を着せたエレナを見ながら称賛する。
「よく似合っている。さすがメアリーだ。
近日中に屋敷に行商を呼んでくれ、この娘にちゃんとした服をあつらえよう。
あー、服や下着のことは他にいわないように。
明日他のものには私から紹介しよう。
あと食事は後で2人分ここに運んでくれ。
以上だ」
と『他言無用早く出ていけ』(意訳)と旦那様に言われた。
「承知いたしました。それでは失礼します」
夜、ベッドの中でメアリーは今日のことを考える。
あのエルフの子がどんな生活を送ってきたのかが気になっていた。
もしかしたら、彼女には辛い過去があるのかもしれない。
でも、これからは私たちの屋敷で幸せに暮らせるようにしてあげたい。
にしても、エレナちゃん、綺麗な子だったな
でも私の容姿だって、ちょっとタレ目気味だけど大きな瞳とスッとしまった頬、周りには「何か困ってるの?」と訊かれやすい顔らしいけどかわいらしいと言われるし、女としてはそれなりに魅力的と思う。
ただブラウンの瞳と栗色の髪色は独特の美しさを持っているけれど、エレナちゃんの華やかさには遠く及ばない。
ただ、なーんとなくだけどエレナちゃんの顔の造作が私に似てるような気もする・・・
さすがにエレナちゃんの方が幼い気がするけど。
左薬指にリングってやっぱりそういうことなのかしら?
私でさえまだ決まった人もいないのに、まさかあんな小さな子に先を越されるなんて・・・
旦那様に惹かれているわけでもないけど、なんか負けたような感じでもやもやする。
私はこの間から屋敷の護衛をしている軍の騎士がちょっと気になっているけど、旦那様の愛人とかなら暮らしは楽になるし、子供ができたとしても心配いらない。
それに旦那様は変な事とかしてこないし普通に親切で丁寧だ。
選択肢としてはありかも?くらいには思っていた。
「やっぱりメイド服じゃなくてちゃんとしたドレスを着れば、声くらいはかけてもらえるはず・・・」
と思いかけて、見た感じ自分が地味なのを思い出す。
そしてドレスに振り回されてる感が凄くなりそうと考え直した。
貴族様の社交とかも完全に場違いになる自信がある。
やっぱりメイドか表にはでなくていい愛人、あとは使用人の誰かとくっつくのが分相応かな?
エレナちゃん服の着方がわからなかったみたいだったけど、今までどうやって生きてきたんだろう?
実はすごくいいとこのお嬢様か王族とか?まさか攫ってきたりとかは・・・
でも、エレナちゃんは旦那様になついているみたいだったし……
「旦那様は部屋も今は別で用意しなくていい」と言っていたので、同衾するつもりだろうな。
やっぱりそういうこと?
まだ小さいといえば小さいし、内気で気弱そうだったからただの添い寝?
「おとうさまって言ってたけど、あの子はどう思ってるのかしら?」
ていうか、今一緒に寝てるのよね?
・・・ベットの中でメアリーは延々と考え続け眠れなかった。
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