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06.新たな姿

「わか・・・りました。

あなた・・・が必要・・・・・・・なら、共に生きて・・・いきたい・・思います。」

「では契約の印にこれを」


イェルクは、紫色に輝く小さなリングを取り出し、コッペリアの薬指にはめる。

「さっきのは?」


彼女は、まだ身体を動かすことができないので、指に感じる感触を頼りに尋ねた。

身体に感じるリングの冷たさが、彼女の心に不安をもたらす。


「さっきのは、あなたがこの依代に定着するための魔道具だ。

まだ、魂が依代(ボディ)に完全に定着しているわけではない。

だから、外すと魂が霧散してしまう。

決して外さないようにしてくれ」


完全には理解しきれていないようだが納得したようだ。


「承知いたしました。

それで何をす・・ればいいですか?」


彼女は神代の時代から存在している精霊であり、人間の常識とは大きく異なる部分があるはずだ。

例えば、物質的な世界に対する認識や、人のあり方がそうだ。

彼女の知識は古いものであり、今の人間社会に適応するには新たな学びが必要だろう。

人間世界に混乱を発生させないためには人として生きてもらうのが一番簡単なのでその知識も必要だ。


「まずは今のここの生活に慣れてほしい。

たぶん、あなたが前に生きていた時とはかなり違っているはずだ。

あと人と一緒に暮らすので人として食事や寝る場所、日常のルールなど、基本的な生活習慣を覚えてほしいんだ」


彼の言葉に、コッペリアは反応を返さないが、分かってはいるようだった。


イェルクは一瞬考えた。

そういえば何も考えずに依代の自動人形の躯体(ボディ)雌性体(女性)で作ったが、精霊自身にとって、それは適切なのだろうか。

目の前にあるのは「女性」の形をした存在だったが、精霊という存在は基本的には中性的な存在が多い。


「あー、そういえば性別はあるか?君は男か?」


コッペリアは考え込んでいるようだった。

無表情で前を向いたまま、まるで生命のない美しい彫像に戻ったように微動だにしなかった。

その無機質な表情と呼吸もまばたきもしない、静止した姿は、彼女が本当に「生きている」のかどうかさえ疑わせた。


イェルクは一瞬、彼女が考え込んでいるのか、それともどこかで自分が失敗して停止してしまったのか判断がつかなかった。

そしてもし、本当に停止してしまっていたとしたら、どうするべきか思案を始めていた。


(しまった。何か問題があったか・・・

彼女は停止してしまったのか?

依代との接続が不安定だったか?

意思疎通が取れなくなった場合、どうすれば良いんだ?

一旦、精霊を元のご神体に戻すか?)


彼女はただ前を向き、無表情で時計の針が止まったかのように静止していて、彼女がただの機械に過ぎないことを再確認せざるを得なかった。


当のコッペリアは「性別」について深く考えていた。

精霊という存在は形や肉体を持たない存在で、これまで「性別」について意識したこともない。

信仰や意識の集合体、思念体に性別など無縁の概念だった。

自分が男か女か、それが重要なのか、そんなことに意味があるのかも分からなかった。

しばらく経った後に、突然コッペリアは淡々と答えた。


「性別と言、うのがあまりよく判りま、せん・・・

今までの私はただ存在しているだけで、それが重要なのか、どうでもいいのかも分からないのです。」


コッペリアの返答を聞いたイェルクは、肩の力が一気に抜けた。

どうやら深い思索に没頭していただけで、依代の機能に問題はなかったようだ。

ただ考えるのに夢中になっていたと理解する。

もともと自動人形にはまばたきなど必要ないので気にしなかったが、首を傾げる、目を(つむ)るといったボディランゲージも教えてないので、そのへんは今後の課題として対応することにする。


(せめて息をするとかまばたきをするとか、何か正常に動作していることを外に知らせるように教えないと、周りが慌てることになるな・・・)


そして、性別について彼女の言葉には混乱の色はなく、ただ理解できないことを素直に伝えているように思える。


「そうか。

その依代は女性の体として作ってある。だから、女性として扱いたいと思っているが、それで問題ないか?」


彼の言葉に、コッペリアは再び短く沈黙した。

性別に意味を見いだせない彼女にとって、それは単なる言葉のやり取りに過ぎなかったが、イェルクの言葉に従っても問題はないだろうと感じていた。


「よく判りま、せんが、問題ありま、せん」


イェルクは少し安心しながら、次の質問に移った。


「あと、今まで何と呼ばれていた?、名前はもっているか?人々に何と呼ばれていた?」


コッペリアは再び動きを止めた後、静かに答えた。


「……よく覚えていません」


イェルクは一瞬息を呑んだ。

彼女が持つはずの膨大な知識や記憶が、今では断片的で曖昧なものになっている。

その事実が、彼にとって少し悲しさを感じさせた。


「そうか

それならこれから君に新しい名前をつけよう」


イェルクは少し考えた後、穏やかな声で言った。


「そうだな……これから君は“エレナ”と呼ぼう」


「エレナ……」


コッペリア・・・

いや、これからはエレナはその名前を口に出し確認している。

新しい名前が彼女にとってどんな意味を持つのかはまだ分からないが、それでも何かが確かに変わった。


「そうだ、君のことだ。

これからはエレナとして生きていくんだ」


精霊として物理的な身体を持たないぼんやりとした存在から、確固とした身体を持ち名前を与えられたことで、”エレナ”という存在が個として確立した瞬間だった。


「わかりま、した。それで、あなたのことは何とお呼びすればいいで、しょうか?」


イェルクはしばらく考え込んだ。


意志を持つ自動人形(オートマタ)つまりコッペリアのような存在は、表向きにはこの世界に存在しない。

エレナが他者に奪われないようにするためには、何か特別な関係を持たせる必要がある。

例えば、自分の"娘"として扱うとか……


「そうだな……私はイェルク・ラ・クゥリード。

普段は“お父様”と呼びなさい。それなら私がエレナの側にいても誰もおかしいと思わないだろう。

父と娘なら、それが自然だ」


彼女に「お父様」と呼ばせることが果たして正しいのか、自分でも確信は持てなかったが、エレナの安全を見守り続けるには、それが最も自然な形だろう。


「はい、お父様」


エレナはその言葉を口にしながら、「お父様」とは一体何を表すものなのだろうと考えていた。

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