03.勅命と第一級軍礼服
『ベルント・F・フリレガー、試作ゴーレムの評価のため王都、王城に参上せよ』
彼はそのように書かれた勅命を王国外縁で使者から受け取っていた。
「はぁ???」
思わず、情けない声が漏れる。
隣にいた上官も狐につままれたような顔をしながら話しかけてくる。
「まぁ、そういうことだ。詳細は別紙に書いてある。
まさかお前が王都に戻れる日が来るとはなぁ」
辺境でのんびり災害対策や復旧に従事していたベルントは、いきなり砦に呼び戻され、勅命を渡してきた使者と今の上官の顔を交互に見つめた。
「これは・・・冗談、ではないんですね?」
自分がこの国では精鋭と呼ばれる存在であることは理解していたが、左遷されてからはもう出世もしないし、王都に戻ることもないと思っていた。
それが、まさか勅命を受け、王都に戻ることになるとは夢にも思わなかった。
王都で上官に逆らって暴力沙汰を起こし、外縁に左遷され出世街道から外れた存在となった経歴を考えれば、こんなことは普通あり得ない。
「災害対策のエキスパートゆえに、新しいゴーレムの評価者とはね……」
上官は呆れたように肩をすくめた。
「まぁ、勅命を無視することはできん。腹をくくるしかないぞ、ベルント」
この上官にいろいろ良くしてもらっただけに忠告は聞いておいたほうが良さそうだ。
「まさか、俺が王都に戻れる日がくるとは……」
ベルントは呆然としたまま、使者から受け取った勅命と、別紙に書かれた詳細に目を落とした。
(新ゴーレムの評価……
これはつまり……)
恐らく今後の花形となるゴーレムの性能評価を行い、もし採用されることになれば、そのまま評価者が担当する可能性がある。つまり、評価を任された者がそのまま出世コースを進むという、非常に現実味のある未来だ。
(出世街道大驀進か……?
いや、まさかな、俺にそんな道があるとは思えん)
使者が去り、ベルントは砦の自室に戻って荷物をまとめながら色々と考えを巡らせる。
一度は捨てたはずの「出世」という言葉が、彼の中で現実味を帯びてくる。
文句を言われることが少なくなるのは魅力的だが、同時にそれがどれほどの重責を伴うか、彼には痛いほどわかっていた。
数日後、王都に呼び戻された彼は営繕部隊から第一級軍礼服を調達する羽目になっていた。
王城に出向くにあたって普段の士官服で行けるわけもなく、日々泥にまみれている現場の士官が第一級軍礼服など持っているわけもないのだ。
「第一級軍礼服なんて、二度と着ることもないだろうに……」
彼は思わずため息をついた。
たしか、正式には受けたことのある勲章もつけると思ったが、その勲章自体がどこにあるか行方不明だ。
まぁ、自分はおそらく、他の士官たちに交じって任命書や命令書を受け取る場面に列席するだけだろうから、少々おかしくても誰も気づかないだろう。
なのにその場限りの軍礼服に大金を投じることが何ともやりきれない。
だが、王陛下に呼ばれて列席しないという選択肢は当然、存在しない。
「・・・仕方ない。今回だけの投資ってことにしよう」
階位章をつけ直し、一度しか使わない軍礼服に袖を通し、ベルントは王城へと向かうことになった。
その表情には緊張と、不安が混じり合っている。
彼はリハーサルで何階級も上の陸海軍の司令官やその補佐に挨拶をし、指名付きでお付きの者から式次第の説明を受けた。
(って、おいおい、
まさか俺が総責任者で、陛下から直接拝命するって?・・・ちょっと待てよ)
災害復旧や土木作業に追われ、泥まみれの現場でしか働かない自分が、まさか王直々の名誉の任命の席に呼ばれるだけでも考えられないのに、名指しで勅命を受ける事になるなど、想像したこともなかった。
リハーサルの段階で上がりっぱなしだったベルントが冷静さを取り戻したのは、無事任命式その他も終わり、王城からの馬車に乗り込んだときだ。
夢の中のように自分の意志が希薄でリハーサルの通り式をこなしていたことだけは覚えている。
拝謁の際には「今後の王国の命運にかかわる。是非に頑張ってくれ」と陛下から直々に声をかけられるという、通常であれば考えられない、望外の名誉も受けたのだ。
「よほど重要と言う事か、こりゃ胆据えてとりかからないと。
まずいつもの服に着替えて、その現物を見に行くか」
馬車に乗り込み、試験場に向かう旨を御者に伝えた。
そのときだった。
「一人でさっさと行かないでください。
さっき一緒に行きましょうってお願いしましたよね?」
隣に同じように第一級軍礼服を身にまとったとんでもない美人が乗り込んでくる。
服の着こなしから、この手の式典にかなり参加しているのが見て取れた。
(だれだこいつ。美人なのは判るが・・・
たしかにさっき誰かになにか言われていた気はする・・・って、全然わからないな)
思わず顔に出たのだろう。
彼女は穏やかに微笑み、ベルントに自己紹介をしてきた。
「えーっと、覚えていらっしゃらないようなので自己紹介しますが、
先程の陛下との拝謁の際にあなたの下に新設された第一ゴーレム部隊に配属されましたのマイニー・シャーロットです。
一応、資材調達部門からの出向扱いになり、副官としてお仕えします」
資材調達部門からの出向。
――つまり、失敗したときにすぐ戻れる、もとの部隊が彼女を手放したくないということだろう。
それは彼女がとても優秀ということを示している。
「それは、覚えてなくてすまなかった。あまりああいう席には縁がなくてな。
これからよろしく頼む」
拝命中は緊張しすぎててあまり記憶がないが、どうやら彼女は副官らしい。
・・・お目付け役か?
官位的には俺の部下になるが、実際の事務仕事のトップと考えてもいいだろう。
それにしても、軍服を着せておくにはもったいない。
(なんでこんな美人が軍人なんかやってるんだ?
この顔立ちなら、接客業でもしていればいくらでも儲けられるだろうに……)
ベルントはそんなことを思いながら、試験場へ向かう馬車の中でマイニーに訊ねた。
「もし知っていたら教えてほしいのだが、
今回、王国外縁にいた俺にゴーレムの評価の仕事が回ってきた。どうしてだと思う?」
「あー、それはですね
……多分、王都の士官が誰も引き受けたがらなかったからですよ」
続けて彼女はざっとこんなことを説明してくれた。
ゴーレム評価は王都にいる軍士官が誰も引き受けなかった厄介仕事で出世に見合わないデメリットがある。
ゴーレムが花形になるとしても、他国の侵攻がめったにない我が国では、災害援助の土木作業に明け暮れることになるだろう。
指揮を執ることになれば、現場の地方を飛び回ることになり、王都に留まることは難しく、その状態が何年も、運が悪ければ退官まで続くことになる。
王都で平穏に過ごし、業者や貴族たちとのパイプを築いた士官たちが、出世するにしても、わざわざ泥にまみれるような役回りを引き受けるだけのメリットがあるとは思えない。
そこで「現場の知識が必要だ」という名目で、彼のような「現場至上主義」の士官に回された、というわけだ。
「なるほど、そういうことか。
たしかに、ゴーレムが使い物になったら、王都には戻れなくなるな……
ま、俺には似合いの仕事か」
ベルントは苦笑いを浮かべて納得した。
そして、王城から試験場へ向かい、着くとマイニーに案内されて評価するゴーレムの元へと向かった。
「評価対象のゴーレムはこれになります」
その不格好なゴーレムを目の前にして、ベルントは思わず声を上げた。
「なんだ? この鎧を着たゴリラは?」
「ご存知ではありませんか? 新型ゴーレムの試作品です」
「いや、それは聞いているが、だが、聞いていた話では、国の威信を背負うカッコいいゴーレムだと……。
こんなボロボロのゴリラで……
動くのか?」
「試作段階では外装のデザインが確定していないため、試験に関係する最低限必要な分だけ付けているそうです。
外観は試験項目に含まれていませんし、成績が悪ければ発注いたしませんから。
見た目はともかく、実際に作成された場所では動いていますし、私も荷車に乗るのを確認しました」
「そうか、とりあえず動くことは確認されているんだな。
だが、こんな継ぎ接ぎだらけで本当に大丈夫なのか?俺が全力で殴ったら壊せそうだぞ。
まぁ、検査リストに従って進めるとしよう」
あらかじめ発注予定の仕様を元に書類仕事が得意な部下に検査リストを用意させておいた。
検査には元の部隊から数人しか連れてきていないが、必要なら全員呼んで良いと許可ももらっている。
が、呼ぶ前に壊れて外縁に帰れそうだ。
一緒に外縁から王都に帰ってきた部下に確認する。
「検査リストは用意してあるか?」
ベルントはマイニーが何か含みがある表情を浮かべているのには気づいていた。
口元が半分笑っているようにも見える。
しかし、今それを追求しても有益な答えは得られそうになかったので、放置する。
(こんなボロじゃ初日で脱落だろうな……。
陛下に拝謁を賜って、たった一日で駄目判定出したらもう二度と王都へはこれないな。
いや、真面目に伝説になって名が残るか?
あー、もしかしてそれも俺に話が回ってきた要因の一つか?)
色々と考えながら、事前に決めていたとおり、操縦担当の部下、魔力を持たない新兵のケーニーに操作用の杖を渡す。
「よーし、もう俺は腹を括った。
まずは立たせてくれ。操作はこの杖らしいから頼むぞ」
「私はゴーレム動かしたことがないのでよくわかりませんが・・・」
「動作をイメージすれば動くらしい。まずは試してみろ」
全くの素人が使う場合に必要な時間も検査項目にはいっているため、事前に何も教えず操作用の杖をケーニーに持たせ操作させてみる。
ケーニーがゴーレムを睨みながら集中していると、ゴーレムがゆっくりと立ち上がった。
「おおー、動いた」
魔力のない人間がゴーレムを操作できるだけでも十分に驚嘆すべきことだ。
この後もしばらくはぎこちなく動かしていたが、小一時間もしないうちにコツを掴んだのか、ケーニーが思うがままにゴーレムを動かし始めた。
基本動作試験(立つ、座る、歩く)からだんだんとハードな検査も難なくこなしていく。
今までゴーレムを動かしたことのない部下が、次々と試験内容をこなしていく様子を見て、ベルントはボロいゴーレムの見た目とのギャップに驚いていた。
「これはひょっとするとひょっとして王都にしばらく残れるかもしれないなぁ・・・」
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