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白虎の行方・・・

前回のあらすじ:

オフェリナ用の強化外装、黒蜘蛛の動作試験も兼ねて、エレナ、オフェリナとハイキングに行こうということで、お弁当をメアリーに頼むとメアリーもついてくることになった。

白蜘蛛の段階でもあまり好かれてないのにメアリーがオフェリナの強化外装と会ったらどうなるのか・・・

心配だったので森に隠れて動作試験をしてもらうことに……

早速、オフェリナは森の中で新しい体躯(からだ)の動作試験を始めていた。

暗く静かな森の中、オフェリナは森の中を前へと進んでいく。

大きな体躯で進むために空間を広げるように湾曲させ、大きな体でも問題ないようにする。

時折、木漏れ日がちらちらと地面を照らしている。

鳥のさえずりも小動物の物音もほとんど聞こえず、森はまるで息を潜めているようにも見える。


「動作確認しないと」


誰にも邪魔されることなく、思いきり動けるこの森は動作試験をするには、ちょうど良い場所だった。

オフェリナは軽く呟くと、自身の前脚をゆっくりと持ち上げた。

その前脚は鋭利な刃のように冷たく滑らかに光を反射している。


「なるほどね~、前脚は刃物にもなってるのね」


物は試しと刃のように鋭い前脚を目の前の大木に振り下す。


――スッ――


周辺の木に比較し、ひときわ大きな木が何の抵抗もなく一瞬で両断され、鈍い音を立てて倒れ込んだ。


―ズズズッ……ドドドーーン―


森の静寂を打ち破るように、大木が倒れる音が響き渡る。

その音は遠くまで響き渡り、近くに潜んでいた小動物たちが驚いて四方八方に逃げ出していった。


「わ、すっごい切れ味!

全然力入れてなくてもあっさりと……、まるで空気を切るみたい。

って、こんな大きな音出したら、隠れるどころか完全に目立っちゃうやつじゃない?

まぁ、さっきのところから結構距離あるし、きっと大丈夫よね!」


オフェリナは楽天的に考え、それでも、これ以上木を切り倒すのは控えることにする。

倒れた木の切断面に目を向けると、驚くほど滑らかで鏡のような綺麗な切り口を晒している。

普通なら力のムラで断面に変な筋が出来たりするが、そう言うものが全くない。

オフェリナはその断面をじっと見つめ、少し呆けたように囁く。


「綺麗な切り口……」


オフェリナは黒蜘蛛の巨大な強化外装をゆっくりと動かしながら、さらに森の奥へと進んでいく。

通路になる空間を広げる空間湾曲魔法を使っていたが、魔力の消費を抑えるために体躯を2mほどの最小サイズに縮めることにした。

暗い森の中をトコトコと歩きながら独り言をつぶやく。


「斬ってヨシ、突いてヨシ、試し切りも終わったけど、実際に狩りに使った感じはどうかしら?

何か適当な獣(晩御飯のおかず)がいるといいんだけど?」


(まぁ、実際に食べるのは父様(とうさま)だけど……)


「なにか食べられそうな獲物はいないかなぁ?」


オフェリナは元が蜘蛛だから無駄に戦いを選ばない。

戦うということは狩猟であり、そして狩猟は食事に繋がる行為だ。

それ以外は優先的に逃亡を選択してきた。

と、背後の草むらの向こうから静かに気配や音を殺しながら近づいてくる重量のある振動が地面から伝わる。さっきの音が呼び寄せたのかもしれない。


―ズシ…ズシ…―


「……?」


オフェリナは今の身体になってから、かなり視力は上がったが、元々視力のあまり良くない蜘蛛は振動だけで相手がどこにいるか正確に把握している。


(気付かれずに近づいてるつもり?)


次の瞬間、飛びかかられ、腹部に違和感が走る。


(あら?)


腹部を見ると、灰色の虎が唸り声を上げながら噛みつき、長い牙を突き立てて必死に噛み千切ろうとしている。

その姿にオフェリナは少し首を傾げた。


(お腹が減ってるのかしら?ただ好戦的なだけ?私が縄張りを荒らした?

縄張りを荒らしたなら申し訳ないけど……)


黒蜘蛛の彼女の今の大きさは2m程で、灰色虎のよりもかなり小さい。

いきなりの不意打ちは魔獣の世界では当たり前のことで、それを責める気もない。


(外殻の強度も申し分なしっと……)


相手の攻撃に対する耐久確認もやれてよかったと思いながらも、あまりにもしつこく噛み千切ろうとしている相手に、彼女は内心溜息をついた。

噛みつかれたままの尻を振り、灰色虎の体を勢いよく木にぶつけると灰色虎の体が宙に舞う。


「キャン!」


(あら、かわいい声)


灰色虎は思わず悲鳴を漏らすが、再び立ち上がり、こちらを睨みつけている。

腹に齧りついても傷を与えられないと知り、今度は彼女の細い後ろ脚を狙っていた。


(まだ、やる気なの?懲りないわねぇ)


オフェリナがため息をつく。

その余裕は逆に灰色虎の怒りを煽ることになった。

完全に頭に血が上っているのか、和解は無理そうだ。

ここで逃げていれば灰色虎にとっての悲劇は起きなかっただろう。


しかし――。


灰色虎が躊躇なく突進してきて、細く繊細な後ろ脚に牙を立て、両足も使って引き千切ろうと必死で力を込め始める。

噛みつかれているオフェリナの方は少しも慌てることもなく灰色虎に呆れていた。


(父様が何日もかけて作った物があなた程度で傷つけられると本気で思ってるの?)


オフェリナの認識では脚も腹も一見柔らかそうに見えるが、父様が愛情込めて超強くしなやかに作ってくれた上に、魔法で保護されている。毛ほどの傷もつくはずがない。

オフェリナは、傷すらつかない自分の脚を引き千切ろうと頑張っている灰色虎を見て、自分と父様(イェルク)が出会ったときのことを思い出していた。

あの時は腹や脚を無惨に食いちぎられ、瀕死の状態で死を待つだけの時に父様に助けられた。


(って、いやだ、唾液が脚に付いちゃってるじゃない!

恩人である父様の作ったかけがえのない外殻を汚すなんて!!

今まで見逃してたけど、これ、もう私が怒ってもいいよね?)


静かに怒りを抑えながら、オフェリナは小さくしていた体躯をゆっくりと本来の大きさに戻し始めた。

灰色虎の半分くらいの大きさだった蜘蛛が、森の木々をかき分けるように、漆黒の巨体へと大きくなっていく。

灰色虎は、最初、その変化を理解できなかった。

しかし、目の前の脚がみるみるうちに太くなり、咥えることもできなくなったとき、ようやく理解した。

いつの間にか脚の太さが自分の頭よりも太くなっている。

灰色虎の瞳が揺れた。


今まで森を自由に蹂躙してきた。

自分より強い者はいないと考えていた。

大きさだけで強さが決まるわけではないが、さっきから相手の身に纏う気配が変わっている。

数段格上の相手に喧嘩を売ってしまったと気づいたのだ。


灰色虎の本能が絶叫する。


(逃げろ、逃げろ、逃げろ)


本能の叫びを聞いても、相手のあまりの巨大さに思考が止まり、身体が固まって動けない。

いつの間にか目の前にいた容易く狩れたはずの小さな獲物は、自分の大きさをはるかに超え畏怖の対象となっている。

やっと思考が戻ってきた。


(その巨体なら木々の間をすり抜けることはできない。逃げられる!)


全力で後ろを見ずにジグザグに逃走を始めた灰色虎をオフェリナは冷ややかに見つめ呟く。


「父様の外殻に汚して、今さら逃げる?

手間取った方が、いい試験になるから嬉しいけど」


目的を考えると少し粘ってくれたほうが嬉しい。

灰色虎が、森の木々をかき分けて逃げ去る振動を、オフェリナは無言で見送った。


灰色虎が今まで生きてきた中で一番の素早さを見せる。

あの巨大な蜘蛛の姿は既に見えず、追跡されている気配もないが、背後を振り返る余裕すらない。


(この速度で森の中を走ってる俺にあの図体で追いついてこれるわけがない。

恐れる必要のない図体ばかり大きいでくの坊だったな)


しかし、その思考が完結するよりも早く、前方の空間が歪み始める、避けたり方向を変える間もなかった。

森のざわめきが遠ざかり、灰色虎の姿が見えなくなってから、オフェリナは長い前脚を持ち上げる。

──早めに噛みつくのを止めてたら良かったのに。


「あまり、期待を持たせるのも酷よね……

試験の手伝いもしてくれたんだし、痛みを感じないといいけど」


オフェリナは淡々とした表情で目の前の空間と灰色虎のいる空間を繋いだ次の瞬間、前脚を灰色虎のいる空間へ伸ばして一条の光の筋を空中に描く。

ジグザグに木を避けながら逃げていたはずの灰色虎が、正面から減速することなく木にぶつかり倒れた。

倒れた身体はぴくぴくとまだ動こうとしている。

その手前には驚くほど滑らかな切断面の虎の首が、目を見開いた表情で地面に転がっている。

オフェリナは、淡々とした表情でその光景を見つめた。


「でも、いい晩御飯のおかずが向こうから来てくれて助かったわ。

父様に褒めてもらわなきゃ」


その声にはうきうきとした嬉しさが感じられた。


森に静寂が戻る。

灰色虎がいなくなった森は、再び平穏を取り戻したかのように見えた。


・・・


晩御飯のおかずもゲットできたし、父様も喜んでくれそう。

灰色虎の身体を回収し、オフェリナは前に父様の執務室で読んだ狩りやシビエの本の内容を思い出しながら、次の作業に取り掛かる。

もしかするとエレナからの宿題になってた『一番おいしかったもの』という難しい質問に答えることができるかもしれない。


「えーっと、取り敢えず狩ってきた獲物の首を落として……

って……

首はもうないわね。

逆さに木に吊って、血抜きして……

確か血も魔道具になるって書いてあったけど、何か入れ物あったかなー

エレナたちが何か持ってるかも?

牙とかも魔道具になりそうだし、あとで拾いに行かなきゃ」


(そういえば、さっきそばで人間がこっちを見てた気がするけど、悲鳴も上げなかったし、驚きもしてなかったわね。

ここ、私くらいの魔物が出ても珍しくないのかな?

……でも他にも私並みの魔物がいるなら、エレナたちが危ないかも?


えーと、父様たちは……

って、お昼食べてる!お昼楽しそう!私も混ぜてほしいなぁ。

魔法で少し小さくなれば、山の中だし、私くらいの蜘蛛いてもそんなに不自然じゃないよね?

物は試し、ちょっと行ってみましょ)


エレナがひとしきり走り回って満足したので、イェルクとメアリー、エレナがシートに座り、お昼時ということもあり楽しそうにお弁当を食べている。

メアリーは『旦那様と同じ席でお食事をご一緒にするなんて!』と恐縮するメアリーを、穏やかな口調で『ハイキングでくらい無礼講でいいだろう』と説得し、一緒に食事についている。

隣の席で持ってきたバスケットからサンドウィッチを取り出し、エレナと私に渡した後、自分の文も取り出して恐縮しながら食べていた。


『おいしい~』とエレナが二皿目のサンドウィッチを一口かじって褒めたあと、正面に座っている私の隣の空間を見て迷いながら話しかけてくる。


「お父様」

「ん?なんだ?」

「……隣に蜘蛛が来てます」


イェルクが視線を向けると、体が黒く光る、体長2メートルくらいの蜘蛛が隣で、まるで猫のように足を折り畳んで座っていた。

大きくつぶらな4つの瞳(他の4つは小さめ)をキラキラさせながら、こちらをじっと見つめ、オチャメに触肢を両手のように振って『私、かわいい』アピールをしている。


(かわい……くないかな)


のんびりそんなことを思っていると、エレナの言葉にイェルクの横に座っていたメアリーが振り返って黒蜘蛛をみている。

現実が理解できなかったのか、一呼吸あいた後、その目が恐怖で見開かれ、悲鳴をあげかける。


「きっ……」


次の瞬間、彼女は静かに目を閉じ、サンドウィッチを手にしたまま、崩れるように倒れかける。

倒れる前に抱き寄せ、確認すると気を失ってしまったようだ。

ま、人を頭から齧っていきそうな凶悪な見た目の巨大な蜘蛛が至近距離に居れば当然の反応だ。

固まっただけで、パニックしてないだけ良しとしよう。


「あー、これはオフェリナだな

大きさはある程度魔法で自由が利くから一番小さくなってきたんだ」


地下工房で製作しているゴーレムはゲートをくぐる関係で大きさを少し小さくできるように魔法陣を描いてある。

元が蜘蛛だからあまり考えてなかったが、一緒に出掛けるにも蜘蛛だといろいろ問題ありそうだし、こいつにも人型の身体を用意しておいた方がいいのかもしれない。

……


(……帰ったらこいつの身体も作るか。

ん?ということはまた軍のゴーレム(資金源)を作らないといけないのか……

いや、まずはメアリーを何とかしないと……)


メアリーの意識がないのを確認したのかオフェリナが話しかけてくる。


「父様、それで身体動かしてるときに晩御飯のおかずになりそうなモノも見つけたんだけど、何か液体を入れる大きな入れ物ない?」

「ちょっと探してみよう……」


メアリーを静かに横たえ、持ってきていたバスケットを漁ると大きめの水筒があった。

中は普通の水のようだ。

オフェリナに渡すと触肢で器用に水筒を抱え込み、森の奥へと軽快に走っていく。


「なんなんだ?魚でも捕まえたのか?」


イェルクはただ首を傾げる。


「ちょっとメアリーを屋敷に置いてくる」


イェルクはメアリーを改めてそっと抱きかかえ、エレナにそう告げると≪ゲート≫を使って屋敷に戻り、自身のベッドにそっと横たえる。


(大きな黒蜘蛛のことは夢だと思ってくれるといいが……)


すぐに≪ゲート≫を使い、山に戻って待っていると、オフェリナが帰ってきた。

食事を続けるが、黒蜘蛛サイズのオフェリナだとサンドウィッチなどゴマ粒くらいの大きさなので見てるだけだ。

……と思ったら黒蜘蛛から小さな白銀の蜘蛛が出てきて『私の分~~』とこっちを見てアピールしてくる。


(素直に欲しいと言葉にして欲しい気もするのだが……)


皿にメアリーが食べ損ねた分と新しいサンドウィッチを載せて渡すと嬉しそうに触肢を使ってぱくついてる。

本来魔力で動くから食事はいらないはずだが、生前の記憶もあるのだろう。


「これ、変な見た目だけど、結構おいしいわね」


オフェリナがサンドウィッチをつまみ、触肢を器用に動かしながら、楽しげに感想を口にする。

どうやら気に入ったようだ。

うーん、平和だ。ハイキングに来てよかった。


ひとしきりエレナが遊んでオフェリナの強化外装の動作確認が終わった頃、イェルクが二人に言った。


「よし、まだ陽は高いが、そろそろ帰るか、次は余ってるゴーレム(試験機)やエレナの強化外装持ってきて模擬戦でもするか」

「模擬戦楽しそうねー

あ、帰るんならオカズを持って帰らないと。ちょっととってくる」


オフェリナがそう言うなり森の方へ走っていく。

オフェリナが走っていくのを見てエレナが訊いてきた。


「わたしも姉さんのとこ行ってきてもいい?」

「そういえばさっきも晩御飯のおかずとか言ってたな。

……かまわないが迷子になるなよ」

「はい!」


遠くから荷物を咥えた黒蜘蛛がエレナを頭の上に乗せて帰ってくる。

あー、これで荷物を背負ってたらシュールな絵だなぁとのんびり見つめて思っていた。

オフェリナが近づいてくると(鋏角)(くわ)えられて運ばれてきたのは、3メートルを超える巨大な包み。


「な、なんだこれは?」


両腕を広げたのの2倍以上ある包みを見ながら問いかける。


「身体を動かしてるときに見つけたから、晩御飯のおかずにいいと思って……

きっとおいしいわよ。

ほめて、ほめて」


オフェリナは嬉しそうに触肢をぱたつかせている。

蜘蛛の糸で丁寧に梱包された内容を確認することもなくイェルクは言われた通りにオフェリナを褒める。


「……あー、よし、よし、よくやった、よくやった。

で、これはなんだ?」

「森の中を歩いていたら、出会ったの。

丁度晩御飯のおかずにいい大きさかなぁ?と思ったので狩ってきたけど……」

「にしても、こんな大きいのよく山の中にいたなぁ」

「頭もあるの。牙とか血とか魔道具に使うんでしょ?」


といいながら、もう一つの抱えきれないほど大きな包みを差し出す。


「おぅ、これは素直にありがたいな。えらいえらい」


言いながら、黒蜘蛛の時、頭ははるか上の方なので、近場にある蜘蛛の触肢をなでる。

蜘蛛だから表情は分からないが、喜んでいるように感じる。


蜘蛛の糸の隙間から覗くサーベルタイガーの大きな金色の瞳には、信じられないものを見たようにみはられ、ただ驚きと困惑だけが浮かんでいた。

渡された重い包みを持ちながらイェルクは思った。


(こいつ、この大きさなら、この山のヌシじゃないのか?)


せっかくオフェリナが苦労して夕食のために狩ってきたんだ、無駄にはできない。

≪ゲート≫の開く位置をちょっとだけ変えて屋敷の厨房に繋げ、イェルクが料理長を呼ぶと、まだ今夜の夕食の検討をしていた料理長がやってきた。

一歩遅れて屋敷の料理人や見習いたちも集まってきている。


「あー、料理長(ラインベルク)、ハイキングで夕食のおかずになりそうな、チョットした獲物を捕まえたんだが……」

「え?旦那様、いったいどうやってここに……

今日はハイキングに行くとメアリーに弁当を作らされましたが、ハイキング先で旦那様が狩り(ハンティング)ですか?

もしかしてエレナ様ですか?

キツネでもウサギでも魚でも旦那様が捕ってきたものくらい、心配しなくても、ちゃんとさばいて料理してみせますよ」


料理長が『心配するな、俺に任せろ』みたいな口調でイェルクに答える。


「そうか、ならば頼む。

やってくれるそうだ。こっちへ持ってきてくれ」


なんか黒い毛で覆われたモノが黒い膜の向こうから白い糸で包まれた大きな物を厨房で一番広いテーブルに丁寧にそっと置く。

重量がトン単位になっているとおもわれるソレを載せて、どうやっても壊れないような太い木で構成された丈夫な厨房のテーブルがミシミシと悲鳴を上げ続けている。


「え?え?チョットしたって……、ウサギじゃなかったんですか」


ラインベルクの戸惑っている声が聞こえて無いように、イェルクが食材についてラインベルクに説明と、どう処理するかを話しはじめた。


「一応、血抜きはした。

日頃私のために働いている皆に感謝の気持ちとして、屋敷の全員にこの肉をふるまおうと思う。

もちろんお前も含めてだ。

たぶん全員にいきわたると思うが足りなかったら言ってくれ。

何とかできるか確認してみる。

ではよろしく頼む。

……あー、そうだ、どうしても手におえなかったら言ってきてくれ。

知り合いの貴族に頼んで、抱えているコックに(さば)ける者がいないか訊いてみる」

「は?えっ?」


厨房の一番広いテーブルをすべて使い切っても収まってない獲物をおいて、イェルクが最後に一言いい残して黒い幕の中に消える。


「夕食を楽しみにしているからな」

「ちょ、え、旦那様……」


声を掛けようとしたときには黒い幕は小さくなって消えてしまった。

すでに運び込まれた物の大きさに、半分絶望に包まれているラインベルクは、まずはいったい何が入っているのか分からない包みを包丁で切り開いてみる。

中からは何で切られたのか分からないほど綺麗な切断面を見せて、頭のない巨大な白い四足獣が現れた。


「こ、これは……

えーーーーー」


厨房に叫び声が響いた。

その後、思いっきり叫びたいのを我慢して心の中で叫ぶ。


(たりないわけないだろ!、どこがちょっとだよ

前足だけで屋敷の従業員に肉料理が山盛り出せるわ!!)


この大きさなら1ヶ月?いや、もしかすると1年はずっと肉でも問題ないだろう。


「いったい何人前だよ?

これをハイキングで旦那様が倒したのか?

それハイキングじゃなくて魔境探検のハンティング(・・・・・・)だろ……」


言いながら、ラインベルクが旦那様が消えた黒い幕のあった場所を見る。


(こんなの専門のハンターでも倒せないぞ)


今まで見たこともない大物に躊躇しながらどうするか考える。

まずはこの食材を捌かないといけないが、こんな大物、勿論経験がない。

さっき旦那様に大口をたたいた手前、『すみません、俺にはできません』など料理長のプライドもあり、口が裂けても言えない。

問題を解決するためにコック仲間(流しの庖丁人)で誰か口の堅いやつはいたかな?とまじめに考え始める。

あとどう考えても1回じゃ食べきれないから、保存するのに冷蔵・腐敗防止も考えないと……

ついでに皮をはいで、敷物かはく製にするのもいいかもしれない。

頭付いてないから敷物がよさそうだ。

たぶんそれだけでお給金20年分ぐらいにはなる気がする。

となると皮をはぐ職人も呼ばないと……


(……どうすればいいんだ)


さっきの自分の啖呵がどれだけ無謀だったかが身にしみる。

だが今さら引き返すことはできない。

旦那様に大見えを切った以上、納得してもらえる完璧な料理を時間までに並べて見せる。

まずは助っ人を呼ぶしかない。

厨房に揃っている腕のいい料理人の一人に指示をする。


「おい、肉の卸業者のとこ行って、冷蔵魔法の職人借りてこい。

肉を捌くヤツもいればそいつもだ。

もし皮をはいだり、なめしたりできる奴がいたらサイズを伝えて出来そうなら連れてこい」

「分かりました、料理長!」

「俺はこれの料理できる助っ人を呼んでくる。

残りは俺が帰ってくるまで飛び切りでかい鍋とよく切れる包丁、たっぷりのお湯、あとサラダの材料の準備と冷蔵庫の整理をしとけ!

この獲物には誰も手を出すなよ!」


配下の料理人たちが冷蔵庫の整理や包丁研ぎを始めている。

じっくり煮込むシチューを作るにはもう時間がない。それは明日以降でいいだろう。

まだ陽は高い。今日は柔らかい部位を使って、あまり時間の掛からない肉料理にしよう。まだ十分間に合う。


(今日は……、いやもしかするとしばらくはこれの始末に追われそうだな)


自分は早速助っ人探しに、腕はいいが一癖も二癖もある仕事にあぶれたコック仲間が集まっている小さな酒場の奥へ向かった。


※※※


夕暮れ時、メアリーは穏やかな夢の中に浸っていた。

心地よい眠りに包まれ、まるで雲の上で寝ているような感覚。

そんな中、どこからか聞こえる悲鳴に、少しずつ意識が戻ってくる。

『まだ少し寝足りないなー』とか『おなか減ったなー、夕ご飯のおかず何かなー』などと完全に寝ぼけている。

いつものように『布団さんと離れたくない』と頬をすり寄せ、ふわふわした布団の感触を無意識に楽しんでいたが、次第に妙な違和感を覚え始めた。

なんかいつも寝ているベットや布団にしてはすごく寝心地(肌触り)がいい。


(あれ、何で今日の布団さん、ふわふわしてて気持ちいいんだろ?)


ぼんやりしたまま撫で続けていた手が動きを止める。

『これでいいんだっけ?』と疑問が浮かぶ。

そして、『あれ?私、すりすりしてていいんだっけ??』と具体的に考え始めたとき完全に覚醒した(我に返った)


(……あれ?ここは?)


周囲を見回して驚愕する。

目の前には見慣れた旦那様の寝室のかべが広がっている。

いつの間にか、旦那様の寝室の恐れ多くも布団の中にいる。

しかも掛布団迄かぶってガッツリ寝ていた。

よだれも垂らしてるかもしれない……

自分の状態を確認して、どこにいるのかを理解したとき、顔から血の気が引き、頭が真っ白になっていく。


「え?えーーー」


屋敷では今日2回目となる、今度はメアリーの悲鳴が響く。


(旦那様の寝室で寝ているなんて……

どれだけ叱責されるかわからない)


この後、寝室を出たメアリーは隣室の執務室で執務中の旦那様と目が合った。


「――メアリー、気が付いたか?」

「ひゃっ!?」


メアリーは跳ねるように後ろに飛び退く。

目を丸くする旦那様を見て、メアリーは急いで頭を下げた。


「し、し、失礼しましたっ!!!」


声が裏返りそうになりながらも、なんとか謝罪を口にする。


「……メアリー?どうしたんだ、そんなに慌てて。

なんで倒れたか覚えているか?」


旦那様は心配そうに眉をひそめた。

言いながらイェルクは巨大な黒蜘蛛の事をメアリーが覚えていないか心配していた。


(普通はあんなのがいると思わないし、すぐ気を失ったから記憶として定着してないといいが……)


書類を手にしたままの旦那様は、記憶と変わらず冷静で整った佇まいだが、メアリーの視線は床に釘付けで、顔を上げられない。


「え、えっと……その、わ、私……」


旦那様は柔らかな笑みを浮かべ、少し目元を緩めた。


「ハイキングでサンドイッチを持ったまま倒れて、夕方になっても起きてこないから、心配していたんだぞ」

「そ、そんな……申し訳ありませんっ……!」


メアリーは頭を深々と下げるが、心臓の音がうるさくて、耳が真っ赤になっていることが自分でも分かった。


「気にしなくてもいい。

疲れていたんだろう。あんまり無理をするな、メアリー」


メアリーは旦那様に叱責されることもなく逆に心配されるなんて……と感激していた。

旦那様の声は優しさや心配している様子が混じっていて、メアリーの胸がきゅっと締め付けられる。

メアリーは顔を上げる勇気もなく、ただうなずくことしかできなかった。


(ああ……旦那様、なんてお優しい……)


そして夜、夕方まで本気で寝ていたメアリーは、ベッドの中でやっぱり寝付けず、旦那様にかけられたやさしい言葉が頭の中でグルグルと回り、いつの間にか一人芝居の妄想劇が始まってしまっていた。


(ああっ、旦那様、そんな、身分が違います……

えっ、でも『メアリー、ずっとそばにいてくれ』なんて……

そんな、私はメイドなのに……もったいないお言葉、でもそこまでおっしゃられるなら……)


言いながら、布団にくるまり枕を抱きしめる。

そして――やっぱり、メアリーは今夜も眠れなかった。

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