02.醜い奇跡
この国、ヴェスニカは大陸の端に位置し、背後には山々、前面には海が広がっている。
地理的な利点により他国からは攻撃されにくいが、その反面、頻繁に自然災害が襲う土地でもある。
特に背後の山々を越える雲が降らす大雨は、土砂崩れや洪水といった被害をもたらし、人々の生活を脅かしてきた。
これらの自然災害や山から下りて来る魔物なに対処するため、軍は「ゴーレム軍団計画」を進めている。
軍事だけでなく、災害対策や復旧、さらには土木工事の支援まで、多岐にわたる案件を一手に担うことを目的とした計画だ。
一般のゴーレムを多数使う案もあった。しかし、それには多くの課題が伴った。
従来のゴーレムは石切り場で切り出した石を魔法で繋ぎ合わせ、操るというものだ。
イメージ的には操り人形に近い。
操り人形のように、召喚者が魔力の糸で吊って動かしている。
そのため、召喚者の魔力量や操作技術に依存し、ゴーレムの性能は大きく変わる。
このため多くの魔力を持ち、ゴーレム操作ができる者(ゴーレム召喚者)しかゴーレムを操作できない。
多くのゴーレムを動かすにはそれだけ多くの召喚者が必要で、彼らを軍に抱え込むことは平時でも財政を圧迫する。
また、召喚者はゴーレムのすぐそばで魔力供給と指示を続けなければならず、戦闘では格好の標的となる。
召喚者が倒されれば、ゴーレムは無力な岩塊に戻ってしまうのだ。
さらに、これまでのゴーレムは「ただの岩の塊」に過ぎず、防御力も貧弱だった
そこで、軍は魔力を持たない者でも簡単に操作でき、防御力と腕力を大幅に強化し、国の威厳を表す威容を備えたゴーレムを求めた。
今までにもかなりの数のチャレンジャーが案件を請けたが、この厳しい仕様を達成できた者は今まで一人もいなかった。
そんな中、イェルク・ラ・クゥリードが新たな挑戦者として名乗りを上げた。
彼はこれまで自動人形、つまり精密なオートマタの制作を専門としていた職人だ。
家事や雑務をこなすための人形を作ってきた彼にとって、巨大で強靭なゴーレムの制作はまさに未知の領域だった。
「自動人形の技術をゴーレムに応用する」という提案を聞いたとき、軍の資材調達担当マイニーは半信半疑だった。
イェルクは、魔力の微細な制御と精密な構造の組み合わせによって、人間のように滑らかに動く人形を作り上げてきた。
しかし、家事をこなす小型の人形と、攻防を繰り広げる巨大ゴーレムとでは規模も耐久性も要求されるスペックも桁が違いすぎる。
彼女は心の中で呟く。
(・・・どうせ、また無理でしょ。
仕事を増やさないでほしいものだわ)
それでも仕事なので申請を受け、期間内に評価できる機体が完成しなければ貸し出した資金の返金義務があること、また、一定の評価を得られなくても返金が必要であることを伝える。
時々、制作の進捗具合なども確認しに行ったが、締め切りが近づくにつれて、「やはりダメだったか」と半分以上諦めていた。
だが、ギリギリになって『完成した』と連絡が入った。
マイニーは、これまでも多くの挑戦者が失敗してきたのを知っているだけに、半分諦めた状態で現地に行き、試験機を確認する。
「お世話になります。資調のマイニーです。
えーっと、こちらが作成したゴーレムということでしょうか?」
眼の前の横になっているゴーレムを目で指す。
「はい。すぐ持って行って試験しますか?」
「いえ、まずは確認させてください」
イェルクが全体を見渡せるように台座のそばに作られた物見台の上へとマイニーを案内し、上から全貌を確認する。
彼女が見せられたのは、奇妙な形状のゴーレムだった。
示していた仕様通り、正式版の半分ほどの大きさ、約五メートル足らずの機体は今は横になっている。
足は短く、長い胴、そして左右で形状が異なる長い腕。
小さな頭は体に埋もれ、今は光を失った無機質な小さな目が見える。
まるで破れた箇所に色違いの布を継ぎ当てたような鎧を着たゴリラのような姿だ。
全体的にくすんだ色合いの金属は、不自然なほど光沢がなく、あちこちに継ぎ布のようなものが目立つ。
まるで急ごしらえで修繕されたかのようだ。
決して少なくない金額を貸し付けているにも関わらず、この有り様はかなりひどい。
確かに検証の条件には外観の指定はなかったがなぜこんなに見た目がボロくてかっこ悪いのか・・・
「これ、本当に動くの・・・?」
つい心の底から思っていた本音が漏れる。
マイニーはその場で呆然と立ち尽くした。
今まで多くの挑戦者が姿を消したこの案件に、あの見た目のゴーレムで挑もうというの?胸中には複雑な感情が渦巻いている。
(やっぱり、来ただけ無駄だったわね。
早く返金方法を伝えて、この件の残務整理をしなきゃ……)
開発支援金を返してもらう手続きをして、さっさと帰ろう。
(彼は自動人形の作成者としては有名で、ゴーレムの製作依頼の時もまともに思えたけど、どうやら私の見る目がなかったみたいね)
(まぁ、自動人形とゴーレムじゃ、何もかもが違うものね。やっぱり当然か……)
マイニーの心中に沸き上がる不満をよそに、イェルクは自信に満ちた表情を浮かべ、笑顔で迎える。
「どうですか。すぐ持って行って試験しますか?」
イェルクは子供の自慢をする親のようにキラキラと輝く笑顔で尋ねてくる。
その目は、自分の作り上げたものがどれだけ素晴らしいかを知っているという確信に満ちていた。
返金をどう切り出すか悩んでいるマイニーはとりあえずイェルクに評価に値しないと納得させることを選ぶ。
「いえ、まずはなにか動かしてもらっていいですか?」
「わかりました。それでは」
自信たっぷりにうなずき、制御用の杖を手に取る。
ゴーレムに指示を出しているようだ。
すると横になっていたゴーレムはゆっくりと起き上がり、まずは軽く屈伸を行う。
「え?ほんとにうごいた!」
重々しい動作が床に響き、微かな振動がマイニーの足元にも伝わってくる。
その後、バネ仕掛けのように体を沈ませ、突然跳躍した。
巨体が軽々と宙に浮かび、数メートル先にドスンと着地する。
小さな揺れが周囲に伝わり、彼女の視界の隅で埃が舞い上がるのが見えた。
「ええ、動くように作りましたから」
イェルクは『何言ってんだ?こいつ』みたいな顔をしている。
「そうですよね。
・・・これ衝撃には耐えられるんですか?」
飛んだり跳ねたりしていたが、わずかな衝撃でも加わると分解しそうに見えるこのゴーレムに、彼女は最大の疑問をぶつける。
ゴーレム同士の殴り合いなど近接戦闘ができないゴーレムだと 存在意義そのものが怪しい。
「衝撃は周囲の空間を歪曲させて逃がしているので、頂いた仕様の倍くらいの衝撃には軽く耐えられると思います」
「は?」
返ってきた言葉に、彼女の思考が一瞬止まる。
仕様を満たせずに脱落者が出ている値の倍を軽くクリアできる?
しかも素材を固くするみたいな物理的な解決策ではなく、高度な魔法の話になるとは全く予想していなかった。
まったく理解が追いつかない。
( 空間を歪曲させて、衝撃を逃がす?)
そのボロボロの姿に不釣り合いな高度な言葉に、彼女は再びゴーレムの表面をじっくりと観察する。
(ただの飾りかと思っていたけど、これ、もしかして……)
彼女は思わず息をのむ。
よく見ると、金属外装の各所にかなりの数貼られていた当て布のように見えた物は、希少で高価なミスリル銀で、そこにはまるで落書きのように見える魔法陣がびっしりと描き込まれている。
もしかすると、このゴーレムは、その見た目からは想像もつかない高レベルの魔法技術と恐ろしいほどの量の希少魔法金属で作られているんじゃないの?
魔法金属の価格については詳しくないが、恐らくあのあて布1枚で私の月の官給より高いだろう。
見えない部分にも何か使われているとすれば、おそらく貸し付けた金額の2倍以上の価格の魔法金属が使われていても不思議ではない…
一瞬イェルクを見つめ、彼の評価を「すごく高度な魔法技術を使ってゴーレムを作った本当にすごい人」から「こいつ、本当に馬鹿かもしれない」と思い直す。
詳しく聞いた話だと、試験に関係ない部分は極力時間も経費もかけず、性能を追求したとのこと。
外観に関しては評価時に指示がなかったから、簡単に実現できる形状にしたそうだ。
イェルクは誇らしげに続ける。
「この大きさでの二足歩行にはまだ改良の余地がありますが、全体のバランスや安定性は今の状態でも十分です。
外観にかんしては、試験に通れば、もう少しまともな形で製作できるでしょう。
腕も、いまは流用品を使っていますが、将来的には完全に新規設計にするつもりです」
その目には確固たる決意と、彼自身の設計に対する揺るぎない自信が宿っているように見えた。
まずは、上司に試験が可能なゴーレムが完成したことを報告しなければならない。
その後、試験を実施する人員を調整し、軍に持ち帰って試験を実施する。
マイニーはもう何年も放置されていた軍のゴーレム軍団プロジェクトに、かすかな光が差し込み始めた気がした。
マイニーは心の中で呟いた。
(もしかすると、本当に動き出すかもしれない。
あの、何年も放置されていたゴーレム軍団プロジェクトが……)
このゴーレムが試験を通過すれば、いよいよ本格的な再編計画が動き出す。
膨大な予算が投じられるこのプロジェクトは、今、彼女の目の前にあるボロボロのこの機体にかかっているのだ。
確かに前進し始めたプロジェクト。
その期待と不安が、彼女の胸を交錯する。
しばらくお休みしてましたが再起動です。
第1話もかなり手を入れてあります。
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