01.ふと気が付くと借金の日々
王都ヴェスにある地下の秘密工房。
広々とした部屋は天井に設置された魔法の光源が部屋を明るく照らしているが、どこか冷たく無機質な雰囲気を漂わせ、部屋を包む静けさは耳に痛いほどで、不気味な感覚が漂っていた。
中央に置かれた巨大な円形の作業台にはなにも物が載っておらず、周囲に動作していない用途が不明な機械がいくつか設置されている。
何本も立っている大小さまざまな縦長の円筒形の水槽には複数のチューブが垂れ下がり、今は何の液体も入ってないが、最近まで何かを培養していたようにも思える。
そんな部屋の壁際に設置された2mx90cmほどの長方形の解剖台の上には、小柄な肘から先の手や足の太もも、乱れた長い頭髪をもつ頭部が無造作に散らばっている。
詳細に観察すると、五本の指の大きさや足の太ももの長さから恐らく十代前半の小柄な人間の構成部品であることが分かる。
しかし、血の跡が一滴も見られないことや、人の身体を構成するには胴体やもう片側の手足などが足りないことなど、少なくても猟奇事件はここで起きたわけではなさそうだ。
改めて確認すると目の前の体のパーツは鈍く輝く高価そうな金属で、これがただの人形であることが判る。
散らばる金属のパーツに目をやりながら、部屋の主は額に手を当て、深いため息をつく。
完成し、その完璧な姿やその技術の高さに称賛される未来を脳裏に浮かべ迷うことなく思う。
(ここまで妥協をせずにやってきたのだ。
ここで諦めてどうする・・・)
その顔には疲労と焦燥が入り混じっており、目の奥には狂気にも似た執念が宿っている。
希少な魔法金属であるオリハルコンの白銀色に輝く骨格には、魔法陣が精密に刻まれ、血の一滴も垂れてない人造筋肉がその周りを覆っている。
髪の毛ほどの細さの魔力導線が人造筋肉の隙間を縫うように張り巡らされている。
この自動人形には、素材レベルの希金属や高価な人造生体部品が惜しげもなく使われ、通常なら到底実現しないレベルの手間と技術が注ぎ込まれているのが、一目でわかる。
産出量が少ない魔法金属であるオリハルコンを骨材として使用しているので、片腕の使用量だけで他の自動人形の3体分をはるかに超えており、製作者の買い占めで相場が倍以上に高騰している。
現在、まだ胴体や片腕、片足、内部の構造など多くのパーツが不足し、人の外観に至っていないため、完成には程遠い。
それにもかかわらず、彼にはまったく異なる大きな難題が立ちはだかっていた。
「…もう資金がない」
彼は本気で悩んでいた。
「…資金が底をついた」。
イェルクはもう何度目か分からない呟きを漏らす。
彼の口から漏れるその言葉は、既に意味を失い、ただの呪文のようになっている。
そして、呪文のように繰り返すその言葉が、彼の精神を少しずつ蝕んでいくようだった
イェルクは底を尽いた資金の窮状を軍のゴーレム作成依頼に応じる決断を下していた。
考えるだけで胃が締め付けられるような感覚が広がるが、今は他に選択肢がない。
そうして三ヶ月後、彼は地上の工廠で、不格好なゴーレムの調整に追われていた。
整ったゴーレムを作るための金もなく、借金(軍からの開発援助金)で片腕だけの頭もついておらず、この大きさで安定した二足歩行のデータもないため、ゴリラのように前かがみで腕が異常に長い。
かつて夢見た完璧な人形、精緻で美しさと調和のとれたあの自動人形とは程遠い、人に命令された内容を淡々とこなすだけの存在。
方向性が真逆のこのゴーレムにあの自動人形の完成がかかっているのは皮肉としか思えなかった。
機能的には不完全であるが、一応動作するはずの片腕のそれに向かって話しかける。
「よーし、これで少しは動かせるようになったか?試してみるか」
不格好とはいえ始めて動かすとなると浮かれるものだ。
ゴーレムを前に操作用の杖を手にして、イェルクが心の中で『立て』と命じ、ゴーレムが立ち上がるのを待った。
ゴーレムはピクリとも動かない。
何度か「立て」と命じるが、ゴーレムは一向に動かない。
イェルクは杖を置き、ゴーレムに近づいて腕や足を確認するが、目に見える異常はない。
「こんなバカな…動くはずだ!」
杖を拾い、またゴーレムに命じるが、やはり動かない。
イェルクは何度か操作を試みるが動かない。
「こんなことはありえない!」
杖を投げ捨てたくなったが、それをしても状況は変わらない。
しばらく何もせずに考え込み、そのあと思い切りよく組み立ててあるゴーレムを黙って分解し始めた。
その顔には動かないゴーレムを作った自分への深い憤りと、それに伴う自己嫌悪が色濃く現れ、憎い敵にたいする憎悪に染まっているようにも見える。
分解した個々のパーツを確認し、動作を司る錬金術と相互の接続を行う魔法陣の術式を調べていた時にいきなり叫ぶ。
「この術式が違うのか?こっちの式を先に発動しないと、うまく制御が渡らないじゃないか!
誰だ全く!!」
部屋には彼しかいないのにイェルクは一人で誰に言うでもなく怒鳴っている。
もちろんその術式を設計したのは彼自身である。
もう一度ゴーレムを組み立て、今度こそはと願いながら、杖を持って心の中で立つイメージを送る。
(立て)
――ゴゴゴ――
重い音を立てて、ゴーレムはイェルクがイメージしたままに立ち上がった。
(・・・)
感無量だった。
軍から依頼を受け、報酬のためにイヤイヤやっていた仕事だったが、このゴーレムはイェルクが初めて作成したゴーレムでもある。
今だ片腕で重さのバランスが取れず傾いている寄せ集めで作ったゴーレムだが、大げさではなく血を分けた息子のような感慨が湧く。
完成すれば国で一番のゴーレムになることは間違いない。
(お前が動かなかったら破産するしかない。私を助けてくれ)
取り敢えずこれで正式に依頼を受けるための試験・評価はしてもらえる。
足りてない部分を追加すれば格好はつきそうだ。
評価が一定以上に達すれば、軍からの借りている開発援助金は返済が免除されることになっているが、既にゴーレム作成のための技術開発で持ち出し状態なので最初の状態よりも財政は悪化している。
少し不安があるが、無理やり自分を納得させ、ゴーレム作成作業を再開する。
この苦労もすべては趣味の自動人形作成の費用を得るためである。
「とりあえず積んであるオーダから何体か自動人形を作らないと屋敷の財政が破綻するか。。。
そうは言っても製作には時間もコストもがかかる。
しょうがない、また借金をするか・・・」
自動人形作成の費用を得る目的のはずだが、ゴーレム作成のための借金がすごい勢いで増えて行ってるように見えるのは決して彼の気のせいではなかった。
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