独り暮らしの萌香さんと屋根裏好きの子猫
黒姉が去年の“なろラジ大賞”向けに書いた物に加筆しました。
眠い目を擦って見ると、お風呂上がりの筈の戌飼さんはジョグスタイルで私の傍らにいた
「私……??」
寝起きのぼんやりした頭で記憶を辿って行く。
“私の精一杯”を込めた晩御飯を“あなた”と食べて、久しぶりにワインを飲んでたくさんお話して……お風呂に入る前のあなたがガラステーブルに置いてくれたコーヒーを前に……トクトクしている胸を鎮めようと私はソファーに寄りかかった。
「あっ!!」
私は気が付いてしまって……恥ずかしくて襟まで掛けられている毛布の中に潜り込んだ。
「ごめんなさい、萌香さんのおでこが今にもガラステーブルにぶつかりそうだったので……」
あなたの優しい声が毛布の中へ染みて来る。
ああ!!私ったら!!
みっともなく寝落ちして!!
あなたとの最後の夜なのに!!
でも……
それで良かったのかもしれない。
だって、私の手はあなたに触れる事を躊躇ってしまう程に酷く荒れているから!!
例え!
もし!!
あなたと“万一の事”があっても……
明りの下では素肌を見せる事なんて!!
とてもできないから……
だからせめてもと、家庭菜園で育てた野菜たちを色んなお料理にして差し上げたら…あなたはいつもたくさん食べてくれた。
怖くてとても聞く事ができないけど……
私はどうやってソファーに辿り着いたのだろう??
ソファーの上で……ジジの様に丸くなった私に毛布を掛けてくれたのは??
毛布に隠れたままでそんな事をグルグルと考え、やっとの思いでひと言出せた。
「ジジは?」
「きっとまた屋根裏ですよ。僕も最後にお別れを言いたかったのですが……」
元々、私の家系は“弱い”ようで……父も母も早くに亡くなった。
がらんとした家に一人で居るのが寂しくて始めた猫の預かりボランティア……その最後のコがジジで……戌飼さんは豪雨の夜、アスファルトの上に蹲っていたジジを見つけ、届け出たNPOから預かりを委託されたのが私だった。
命の火が消えそうな程ジジは弱り切っていて……その晩から徹夜で看病を始めた私のフォローを行うためにカレもこの家に泊まり込んでくれて……長い夜が明けた朝にジョグしながら帰宅するのがカレの日課となった。
靴を履きいよいよお別れと言う時に、黒い影が飛んで来てカレの背中を駆け上がった。
ジジだ!
「最後まで爪を立てられたよ」
カレのその言葉に涙が出るほど笑って見せた私はドアが閉まると同時に廊下に突っ伏して泣いた。
ジジは……そんな私のほっぺをそっと舐めてくれた。
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前々から土地の売却を打診して来ていた不動産屋に、親の代から住み慣れた土地を売り渡した私は、新しい我が家にジジを家族としてお迎えした。
ジジのおトイレを置く為に床に新聞を広げていると……目に飛び込んだ記事に私は言葉を失った。
私の売った土地が汚染土壌だったことが分かり、引責辞任した土地開発会社の社長の名前は『戌飼』……カレだった。
いったいどういう事なのだろうか??
カレ……犬飼さんは何を考えていたのだろうか??
カレの立場や信条に思いを馳せると涙が零れそうになるが……色んな意味で、カレが“遠い”存在だという事に結局は気が付いて……
「とにかく無事で居て欲しいよね」とジジに語り掛けた。
。。。。。。。。
それから程なくして、私とジジはNPO主催の保護猫譲渡会にボランティアとして参加した。
会場で愛想を振りまいていたジジが突然、黒い影となって走り出し、向うに見えるベージュのカシミアらしきコートの背中をバリバリバリと駆け上がった。
慌てて飛んで行くと
あの、懐かしい声が聞こえた。
「ジジ!久しぶり!!」
追って来た私と目が合うと、“カレ”は深く頭を下げた。
「あなたには長い間、本当にご迷惑をお掛けしました」
優しいカレの目を見てしまうと私は聞かずにはいられなかった。
「あの土地の事、知っていたのですね?」
もう一度深く頭を下げたカレは話し始めた。
「すべては私の父と当時の役人が暗躍した事が発端でした。あの土地は人が住んではいけない場所だから、区画の全てを僕は買い戻したのです」
だとしたら……
“新聞記事”を見て以来、私が心の中で幾度となく繰り返して来た問い掛け……
『あの土地が汚染土壌と知りつつもカレは足繫く通い、そこでできた野菜料理を余すことなく平らげた……いったいなぜ?』
私はカレの目を見つめた。
……色んな思いが私の目尻に涙を溜めさせた。
「ようやく肩の荷を下ろせた僕は……せめてジジをお嫁に迎える事ができればと思い、来てしまいました」
私の心の中の問い掛けの答え……聞かなくても分かった。
「ジジだけお嫁に出す訳にはいきません」
そう言って彼の胸に飛び込むと、ジジは抱きしめ合った私達をキャットタワーにして……ふたりのかすがいとなった。
おしまい
身内びいきになりますが、いいお話だと思ったので、書き足しました。
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