表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

短編まとめ

世界で一番僕が人生を楽しんでやる! 〜とあるサッカー選手の提言〜

作者: 白水47


「後半アディショナルタイム。既に3分が経過しています。距離はありますが、角度はなかなかなんじゃないでしょうか。本田さん」


 実況の男性が冷静に状況を語る。


「そうですねぇ。決めてくれると思いますよ。タイトなら」


 ふてぶてしい態度の解説が、自信を持って断言する。


「ここで決めれば逆転! さあ! 観客、チームメイト、相手選手。いいや! この場にいるすべての人間が、小白選手に注目しています!」


 実況の男性は、大きく息を飲み、興奮しながら状況を伝える。


「——審判が笛の音を響かせました! 胸に手を置き、一呼吸します。目線はただひとつ! あのゴールに向かっています! 今! 力強く! 蹴ったぁぁぁ!!!」



 ——少し、昔の話をしましょうか。


 僕には障害がありました。左の耳が聞こえなかったんです。


 それを知っている人たちは、僕の努力を無駄なことだと言いました。

 僕の知らない人たちも、僕と同じ境遇の人に向かって、彼らの努力は無駄だと言いました。

 いくら頑張っても、ちゃんとしている人たちには勝てないと。


 僕はちゃんとしていない、ダメな人間らしかったのです。


 両親は愛してくれました。

 大事にしてくれました。

 大切に扱ってくれました。


 その過程で出会えたのがサッカーです。

 サッカーはすごく楽しかったです。


 けれど、サッカーをやっていても、どこか疎外感がありました。

 子供ながらに平等な扱いを受けていないことを悟ったんです。


 でも、仕方ないと思っていました。

 僕は、ちゃんとしていないから。


 それでも、サッカーは楽しかったです。

 ボールを蹴ったら遠くへ飛んで、時々ゴールネットを揺らすこともありました。

 皆、すごく喜んでくれて、嬉しかったです。


 小学生の間だけ、遊びとしてなら楽しんでいい。

 可哀想だから、その間だけ、我慢してね。

 誰か、大人が、チームメイトに言いました。


 僕は、可哀想な人間でもあったらしいです。


 それからは、隅っこでボールを蹴っていることが多かったです。

 壁に向かって、蹴って、跳ね返ってきて、蹴り返す。

 それをずっと繰り返していました。


 段々とそれが当たり前になっていきました。

 前よりは、つまらなかったけど、楽しかったです。


 我慢しなくちゃいけないから、仕方なかったんです。

 つまらなくても、ボールに触れられなのは、とても嫌だったんです。


 そんなことを繰り返していると、ある日、先生に出会いました。

 先生は、サッカークラブのコーチのお父さんでした。

 偶々、練習を見に来ていたそうです。


 壁当てしかやってない僕に、同情してやってきたのだと思っていました。

 先生は、練習に参加しようとしない僕に、文句ひとつも言わず、話し相手になってくれました。


 先生と出会って、何日か経ったあとに、先生に聞いてみました。

 つまらなくないか、と。


 先生は言いました。

 楽しい、と。


 何故、と僕はまた聞きました。


 君に才能があるから、と先生は言いました。


 少し嬉しかったことを覚えています。


 それから何日か経ったあとに、つい口を滑らしてしまいました。


 才能があっても意味ないんだ。

 遊びでしかサッカーはやっちゃいけない。

 僕はちゃんとしていないから。


 可哀想だから、とは悔しくて言えませんでした。


 それを聞いて、先生は、悲しんでいるような、怒っているような、寂しそうな顔をしながら少しの間、黙っていました。


 意味がないことはない、君が蹴ったボールは遠くに飛ぶ、キック力があるんだ。

 足が大きくて、太いから。

 それは誰もが持っているわけじゃない。

 今からしっかりと練習すれば、それは大きな武器になる。

 君は、誰よりもすごいサッカー選手になれる。


 僕は、よく分からなかったので、質問しました。

 ちゃんと練習したら、サッカーを続けてもいいの、と。


 ああ、もちろんだ。

 今度はすぐに返事が返ってきました。




 ——あの日、優勝トロフィーを掲げて、MVPの称号を貰って、嬉しいは嬉しかった。

 けど、どこか現実じゃないような。

 そんなふわふわした気持ちだったんだ。


 でも、日本に帰ってきて、先生に会って、おめでとう、と言われた時、どうにも我慢できないほど、涙があふれ出たんだ。

 あのとき、先生から貰った言葉を、僕が、僕自身で、正しいと証明できたことが嬉しくて、先生の言葉を否定しなくて済んだことにホッとしたんだ。



 まあ、何が言いたいのかというと、たとえ、何百人、何千人に馬鹿にされようと、僕は、たった一人の優しい言葉で、ここまで頑張ってこられたんだ。


 だから、今、誰かのいろいろな言葉で夢を諦めようとしている人たちに言いたい。


 君ならできる。

 諦める必要なんてない。


 僕が、君を肯定するうちの一人になれたら嬉しい。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ