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第9話 昆布

 椿子での家での仕事はすっかり慣れてしまっていた。椿子の子守り状態だったが、慣れれば何とかなるものだった。


 しかし、季節の変わり目は全く慣れない。何回も経験しているはずだが、秋から冬にかけて寒くなり、軽い体調不良が続いていた。今月の生理は重く、終わった途端に魂の一部が抜けた感覚があるぐらいだった。


「わ、ニキビできてる」


 仕事が終わり、駅のトイレで鏡を見える。顎にポツポツとニキビができていた。トイレに他に誰も居ない事をいい事に、思わず独り言をつぶやく。


 別に美容に強いこだわりがあるわけでは無いが、ニキビが出来るだけで落ち込んでしまう。中学の時はもっとニキビだらけで、クラスの陽キャ達に笑われていた。そういえば、あの頃、熊野に庇って貰った事があった。すっかり忘れていたが、熊野の根は当時からあんまり変わっていないのかもしれない。椿子の仕事を紹介してくれたにも熊野だった。


「おでんっていうか、熊野を推す?」


 なぜか、そんな事を考えながら呟く。


「いやいや、熊野推しではないから!」


 そんな訳ではない。おでん屋に通うのは、単純に胃袋を掴まれているだけだった。


 そんな事を考えつつ、熊野のおでん屋の向かった。もう夕方で空は淡いオレンジ色から紫、藍色のグラデーションができていた。


「こんばんは」


 挨拶しながら、暖簾をくぐり、おでん屋のカウンター席についた。


「おぉ、委員長!」


 熊野はいつものように笑顔で、大根を器によそい、雨子の目の前に置いてくれた。ふわっと湯気とスープの良い香り。今日の出汁は関東風によで、色は濃いめだった。もう冬に近いせいか、濃い味も恋しい所だった。


「あれ、委員長。体調悪い?」

「よくわかったね」

「見りゃわかるって」


 自分の体調変化など、他人に悟られたのは初めてだった。なぜか心臓が早く動き始めていたが、意味が分からない。


「体調不良には、昆布だよ」

「こんぶ?」


 熊野は器に昆布もよそってくれた。リボン型に結ばれた昆布だった。真っ黒で艶々と輝いている。おでん屋の明るい照明に負けていなかった。


「昆布っていうと地味だね」


 そう言いつつ、割り箸を割り、昆布を食べる事にした。ねっとり滑らかで、柔らかい。味も染みて美味しい。柔らかい大根との相性もいい。昆布と柔らかに煮詰められた大根は、良い食べ合わせだった。


「でも委員長。昆布はミネラル豊富で、鉄分も多い。なんと昆布の方がほうれん草より鉄分が多いんだ。鉄分が不足すると、鬱にもなりやすいから、たんとお食べ!」


 こんな口車に乗せられ、昆布は二個目。確かに地味だが、鬱に良いとか聞かされると、もっと食べたくなってしまった。玉子や大根のような派手さはないが、じわじわと味が染み込み、ついつい食べてしまった。カロリーも高く無いだろうから、罪悪感も無い。


「美味しい」

「だろう?」


 熊野はドヤ顔。でも、実際そうなのだから、ドヤ顔されても不快ではなかった。


「ところで委員長。推しおでんはきまっ?」

「今の感じだと、昆布にしたいぐらいだよ」

「昆布は案外上位にいるね。筋トレやってるお客さん、あと美容に意識高いお客さん、鬱に困ってるお客さんも」

「へえ」

「語弊を恐れずに言うと、鬱病は薬飲んでるだけじゃ治らないよ。食欲や生活習慣も見直して『絶対治す、絶対元気になる!』って思わないと」

「病は気からだね。でも、その気力が出ないのが鬱なんだろうね」

「それはわかるよ。だから、ウチのような店で手軽に野菜や昆布のようなものを食べるはいい事だ」


 確かに。


 雨子も引きこもっていた時に自炊などは、絶対できなかった。こうして外出で健康に良いものを食べられるのは貴重かも知れない。


「なんか、私、熊野のおかげでちょっと健康になれた気がしてきた」

「おぉ、ありがたいね」


 熊野は顔をクシャクシャにさせて笑っていた。


「甘酒も美容と健康にいいよ。飲む?」

「飲む!」


 雨子も笑顔で頷く。


 美味しいおでんと温かい甘酒を楽しんでいたら、最近の体調不良は忘れられそうだった。


 数日後、ニキビもスッキリと綺麗に治っていた。やっぱり熊野の店のおでんは健康に良い?


 そんな事も考えつつ、そろそろ推しおでんを決定したかった。さて、どのおでんにしよう?


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