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第8話 ロールキャベツ

 椿子の家での仕事もだんだんと慣れてきた。相変わらずすぐ部屋を散らかすメンヘラだったが、仕事自体は慣れてきた。昼夜逆転もなおり、熊野の店も仕事帰りに夕方立ち寄る事が多くなった。他に客もいない時間帯らし、行きやすいというのもある。


 今日も夕陽に照らされた帰り道を歩き。熊野のおでん屋に直行した。


 まだ赤提灯は灯されていなかったが、おでんは出来上がっているようだ。ふわふわな湯気とともに出汁の良い香りが、カウンター席に広がっていた。


「委員長!」


 相変わらず熊野に明るく出迎えられ、思わずホッとしながら椅子に座る。カウンター席は三つしかないが、おでん鍋が目の前にある端の席は、雨子の指定席みたくなってしまっていた。木製のカウンターテーブルはボロく、傷だらけだったが、味はある。


「今日もおつかれ様」


 何も言わずに熊野は、おでん鍋から大根をよそい、雨子の目の前に置いた。もう何も言わずにこの流れができていた。


 今日は珍しく揚げ物の日のようで、熊野は唐揚げも作っていた。ジュワジュワと軽やかな揚げ物の音が響く。音だけでも美味しそうだった。


 今日のおでんは関西風のようだ。軽やかな良い香りが鼻に届く。


「そろそろ推しおでんは決まった?」

「うーん、今のところは大根なんだけどね。まだ悩み中よ」


 雨子の推しおでんは、全く決まってはいなかった。いつ何を食べても美味しい。どちらと言えば練り物より野菜の方が好みだが、決めかねる。ちくわは熊野の笛のパフォーマンス入りだったら、トップに推したいぐらいだった。


「よし。だったら今日は変わり種のロールキャベツだ!」


 熊野はニヤっと子供のように笑うと、器にロールキャベツを盛り付けた。くったりと煮込められ、キャベツの表面は透けていた。店の明るい照明に少し光っても見える。ロールキャベツの止める部分はパスタだった。これなら全部食べられそうだ。


 そう言えばロールキャベツは、面倒なイメージがあるが、熊野によると、ハンバーグのように形を整える必要もなく、包みながら形もざっくりと綺麗に出来るらしい。


「へえ。手間かかってそうだと思った」

「でもウチのロールキャベツは、ちょっと独特かもね。中のお肉は大豆ミートを使ってるんだ」

「大豆ミート?」

「他の常連さんでベジタリアンな人がいるんだよ。どーしてもお肉っぽいのが食べたいってリクエストされたからさ」


 ベジタリアンをしているのに、お肉っぽいものを食べたいのは、よくわからない。雨子は首を傾げる。


「動物が可哀想だからベジタリアンやってるんだってさ」

「そっか。思想とかが重要なんだね」


 雨子はベジタリアンは体調的なものかと勘違いしていたが、考え方の問題のようだった。肉っぽいものを食べたい理由がわかった。


 ゆっくりとキャベツを解きながら、食べた。確かに大豆ミートのせいか、中見はあっさりした味だった。油っこく無い。見た目は普通に肉ダネなので、不思議な気分だ。肉と言われれば、そうとしか見えない。


 ただ、熊野は普通の肉のロールキャベツも作りたいらしい。


「やっぱり肉汁は、大豆ミートより肉なんだよな」

「へぇ」

「でもお客さんが求める限りは作る。元々ロールキャベツは変わりネタで、人気もないけど。ニッチ需要ってやつだ」


 ニッチ需要。


 なぜかその言葉が心に残る。確かに今の自分は、社会の多くの人とは逸れた道を歩いている。正直、社会的な需要も高いと思えない。それでも自分が需要がある場所に悪くは無いのかもしれない。


「まあ、置かれた場所で輝けるのは、運が良い時もあるから。この大豆ミートのロールキャベツだって肉好きな人が集まる所においたら、輝けないでしょ」

「そっか」


 熊野の言葉に頷きながら、スプーンでスープをすする。


「だから、このロールキャベツは、どんなに需要がなくても、ベジタリアンのお客様がいるなら売るよ」

「いいね」

「まあ、アレルギーのお客様は、ちょっと売るのは難しい商品も多いけどね」


 熊野はふわふわと湯気が溢れるおでん鍋をチェックする。その目は子供を見守る親のようだ。大切に作られたおでんだと言う事はわかる。


「本当は、売り上げを考えたら、大根、玉子、ちくわの三つしか売らないのがコスパいいんだよ」

「それっておでんじゃなく無い?」


 おでん鍋を見ると、ソーセージ、タコなど色んな具が入っているのが見える。もし人気上位の3種だけだったら、それは、おでんと言えるのかわからない。選ぶ楽しみが減ってしまうというか。


「だろ? ニッチ需要は必要だ」

「人気投票やって、下位を売るの辞めるのは?」

「前にも言ったけど、それは辞めるよ。やっぱり一人でも需要があるなら、作る」


 なぜか雨子はホッとしてしまった。前にもこんなやり取りをした記憶があるが、今はもっと心に染みてきた。おでんの具になった気分だ。


「人間って環境に合わないのが、一番ストレスだしね。求める人に与えられる環境が一番良いのかもね」

「そうだね……」


 しみじみと頷き、大豆ミートのロールキャベツを再び口に入れる。肉汁はないが、あっさりとし食べやすい。意外とおでんのスープとよく合っていた。


 思えば大学は自分と観客がミスマッチを起こしていた。たぶん、大学は学ぶ意欲が強く、学歴社会に従順な人には合う。雨子はそのどちらでもなく、単なる親の言いなりになって進学していた。上手く環境に適応できるはずもなかった。


 頭はスッキリとしてきた。自分のそんな生き方が、合わない環境を引き起こしてきたと思えば納得もいく。


「なんか、委員長スッキリしてる?」

「うん。あっさりとしたロールキャベツ食べてたら、気分が晴れてきたよ。キャベツも甘くて美味しい。味がよく染み込んでいて柔らかいね」

「うん。これで大根も食べれば栄養バランスもよいね」

「あと、完全栄養食の玉子もくれる? 唐揚げも!」

「委員長、今日は食欲旺盛だなー」


 気づくと熊野と二人で笑い合っていた。もう夕方から夜になっていたが、こんな時間も必要な気がした。

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