大聖女の姉と大聖者の兄の元に生まれた良くも悪くも普通の姫君、二人の絞りカスだと影で嘲笑されていたが実は一番神に祝福された存在だと発覚する。
「ティモール!マルタ!これはどういうことだ!」
「あら、お父様。どうかしまして?」
「父上が声を荒げるなんて、久しぶりですね」
「ふざけるな!結界の力が弱まり、祝福の力が減っている!どういうことだ!?」
ティモールとマルタは顔を見合わせて、至極当然のように言った。
「リリィが国を出たんですもの」
「当然では?」
大聖者ティモールと大聖女マルタの父、神聖國の聖王はその言葉に目を丸くする。
「あの役立たずがなんだと言う?」
「ああ、まだ誤解してたんですか?」
「聖力が低いと大変ですね」
「な、なんだと!?どういうことだ!誤解とはなんだ?」
「「リリィこそ、この国で最も神に祝福された存在なのですよ」」
聖王は二人のその言葉に、耳を疑った。
「な…?」
「僕と姉上の聖力が強くなったのは、あの子が生まれてあの子を可愛がるようになってからでしょう?」
「お父様もあの子が生まれてすぐは一時的に聖力が強くなったでしょう?あの子を役立たずと疎むようになってからは聖力が落ちましたよね?」
「な、な、た、確かに…なら、なぜ言わなかった!」
「言ったらお父様、あの子を国に縛り付けるでしょう」
聖王はマルタに摑みかかる。
「国の命運がかかっているんだぞ!?分かっているのか!?」
ティモールはマルタから聖王を引き剥がしてこう言う。
「そんなの遅かれ早かれですよ。最も神に祝福されたあの子を、この国の貴族たちは僕らの絞りカスだと馬鹿にした。神はもう、この国を見放すとお決めになりました。それでも今はまだ結界と祝福が残っているのは、僕とマルタの力です。あの子がいた時より弱体化してますが、大聖者と大聖女なんでね」
「貴族たちやお父様には秘密で、平民たちを国外に難民として避難させています。門番たちも協力してくれましたよ。これで、今やこの国には貴族と私達だけ」
「な…」
「そして、僕らの力も限界です。やがて結界は崩壊し、魔獣の群れが襲いに来ます。あの子を傷つけた貴族たち、父上、そして…あの子の心を守れなかった僕や姉上は、一足先に天の国に昇るのです。流石に神も、天の国に受け入れ拒否まではされない…と、思います。多分」
「い、嫌だぁ!!!死にたくないぃ!!!」
そして、結界は崩壊した。魔獣の群れが神聖國を襲い、後には何も残らなかった。
「お姉様ぁっ!お兄様ぁっ!返事を、返事をしてくださいませっ、お姉様、お兄様ぁっ!」
のちにその知らせを聞いて駆けつけたリリィ。しかしその時にはもう魔獣の群れすら立ち去っており、廃墟しか残っていなかった。それでもリリィは大好きな姉と兄を探す。
「お姉様!お兄様!」
姉と兄と幼い日を共に過ごした大聖堂で、リリィはついに見つけた。瓦礫から姉を守るように覆い被さる兄。そんな兄のために聖遺物を握りしめて祈る姉。
「ぐ、ぁっ、リリィ…?来ちゃったのかい…?」
「生きてますね!?お兄様もお姉様も、生きてますね!?」
「な、んとか…ギリギリね…」
「今、今助けますから!」
リリィは必死に神に祈る。リリィには瓦礫を撤去するような力はないし、魔法も得意ではない。祈るしか出来ない。祈りながら、苦手な回復魔法で兄を少しずつ癒す。その時だった。
「リリィ!」
「旦那様!」
「リリィのお姉様とお兄様ですね、今助けます!」
リリィが嫁いだ遠くの国、聖王曰く蛮族の新興国らしいが、その若き王が現れた。
彼は魔法でティモールの上の瓦礫を全て吹っ飛ばし、ティモールとマルタと傷を一瞬で癒した。
「旦那様の魔法は凄いのです!」
胸を張るリリィに、ティモールとマルタはぽかんと口を開けて呆け…リリィを揉みくちゃにした。
「このー!お姉様を助けるなんて生意気になってー!」
「王妃様がこんな危ないところに来ちゃだめだろー!」
「だって、知らせを受けて助けなきゃって思ってー!」
「僕も一緒にいくって条件で連れてきたんですが、国の惨状を目にしてリリィが走り出してしまって。我が妻はじゃじゃ馬ですね」
ティモールとマルタはリリィの旦那様…シルヴェストル王国のロドリグ国王に頭を下げた。
「助けてくださりありがとうございます」
「本当に助かりました、ありがとうございます」
「いえ。残念ながら、魔法で探索しても他に生存者は居ませんでした。神聖國の難民は全てシルヴェストル王国で受け入れています。義姉上と義兄上も、我が国に来ませんか?」
ティモールとマルタは顔を見合わせる。リリィはそんな二人に言った。
「来てくれないんですか…?」
泣きそうなリリィの表情に、結局二人とも折れた。ロドリグの世話になることになった。
その後、大聖女マルタと大聖者ティモールはシルヴェストル王国で聖人として国に尽くした。リリィが二人に懐き、二人もリリィを可愛がることで二人の聖力も格段に上がる。国は二人の尽力で大いに発展した。
リリィは、いくら姉と兄から本当にすごいのはお前だと説明されてもまったく理解せず、姉と兄はすごいんだぞというスタンスを崩さない。そんなリリィを溺愛するロドリグは、まあ自覚がないのも可愛いところだよなと放置した。
そんなリリィとロドリグは子宝に恵まれて、マルタとティモールは可愛い姪や甥達に揉みくちゃにされながらみんなで楽しく暮らした。
だからリリィは知らない。マルタとティモールが、リリィを傷つけた貴族や実の父に怒りわざと国を滅ぼしたなんて。ロドリグも、勘付いていたが生涯口にはしなかった。