雪の悪魔と古布の騎士
あるまっくらな、ふぶきの晩のことでした。5才の男の子アロイは、ハチミツ入りのホットミルクをすっかり飲んでしまって、シーツの間にもぐりこみました。
よろい戸には、しっかりとじょうを下ろして、目をかたく閉じたのです。でもふぶきは、とてもはげしくて、よろい戸のすきまから、冷たい風が吹き込んでくるのでした。
「ひゃっ」
ぶおっと音がして、思わず目を開けると、ちょうどロウソクの火が消えるところでありました。アロイがこわくないように、お母さんがつけておいてくださったロウソクです。
「こわくない、こわくない、ふぶきの晩に来る雪の悪魔は、くまのキシがやっつけてくれるんだ」
それは、アロイたちの村に伝わる昔話でした。ふぶきの晩には、こどもを食べるこわい悪魔がやってきます。でも、勇かんなくまの騎士が悪魔をたいじしてくれるのでした。
くまの騎士は、ぬいぐるみです。ざいりょうも大きさもまちまちでした。子どもが生まれると、かぞくの誰かが作ってくれるのです。だから、村のこどもたちの寝室にはかならず、くまのぬいぐるみがおいてあるのです。
「ベンノ、たのむよ?」
アロイの騎士はベンノといいます。アロイが生まれた時に、おばあさんが作ってくれました。ハギレをよせ集めたぶかっこうで小さなくまです。よろいも着ていなければ、剣も盾も持っておりません。けれどもアロイは、ベンノがとても好きでした。どこに行くのもいっしょです。
「ベンノ、今夜はきっと、悪魔がくるから」
アロイは、となりにねているベンノの小さな手をしっかりとにぎりしめました。
「たよりにしてるよ」
アロイがくらやみの中でベンノに語りかけました。
〈ドウゾ オマカセ クダサイマセ〉
「ベンノ?お話できるの!」
アロイは飛び起きました。それから、あわててまた横になりました。
「よなかに起きていると、くまのキシが戦えなくなるんだったね」
くまの騎士は、子どもたちに戦う姿を見られてはなりません。ただのぬいぐるみに戻ってしまいます。しかも、それだけではないのです。ぬいぐるみに戻ってしまったくまの騎士は、次にふぶきの晩がやってくると、子どもを食べる悪魔になってしまうのです。
「ベンノを悪魔になんか、しないよ」
〈タノモシキ オコトバ〉
「おしゃべりは、してもいいの?」
アロイは、くまの騎士とお話しをした子どものことを、聞いたことがありません。
〈ハイ デモ イマハ オヤスミクダサイ〉
「わかった!あしたいっぱい話そうね」
〈エエ ゼヒトモ タクサン オハナシ イタシマショウ〉
「じゃ、おやすみ、ベンノ」
〈オヤスミナサイマセ ワガ チサキ ミアルジ アロイ〉
ベンノの言葉に、アロイはゆうき百ばいでした。だって、ベンノは、お話ができるようになったのですよ。ベンノは何だって出来るにちがいありません。ほかのどんな子どもの騎士よりも、ずっとすてきなベンノですね。
だからアロイは、くらやみのこわさをこらえて、もう一度しっかりと目をつむったのでした。
アロイはベンノを信じております。これまでも、ただの一度だって、ベンノが雪の悪魔に負けたことなんかないのですから。ふぶきの夜が明けてアロイが目を覚ますと、いつもベンノはだまってとなりでねています。
明日の朝は、もっといいことがあるでしょう。ベンノは、ただじっとねているだけではないのです。明日目がさめたら、ふたりはおしゃべりするのですから。
その晩アロイは、雪の馬にまたがって、つららのヤリをふるう、勇かんなベンノの夢をみました。ベンノの馬は真っ白です。月もないのに、まぶしくかがやくその姿は、さながら銀の馬よろいをまとった神馬のようでした。
ふぶきはやみの中で灰色に逆巻き、おそろしいケダモノのようにほえておりました。ベンノはするどく尖ったつららのヤリを小わきに抱えて、堂々と雪の馬を進めます。つぎはぎだらけの古布の脚で、ぎゅっと馬の腹をしめておりました。
悪魔は夢に登場しませんでした。そして、夢にはアロイも出て来なかったのです。夢のベンノも、アロイに雪の悪魔と戦う姿を見られずにすみました。目がさめたときアロイは、それでとてもほっとしたのでした。
「おはよう、ベンノ。守ってくれてありがとう」
〈モッタイナキ オコトバ、ワガ チサキ ミアルジ アロイ、オハヨウ ゴザイマス〉
「よかった!おしゃべりは、夢じゃなかったんだね」
ベンノは昨日の晩とおんなじように、本物の騎士みたいに話します。
「ねぇベンノ、もし夢でベンノが雪の悪魔と戦う姿をみてしまったら、どうなるの」
アロイは心配そうに聞きました。
〈ユメナラバ アクマニハ ナリマセン〉
「よかった!」
すっかり笑顔になったアロイは、ベッドから抜け出しました。アロイはもう5歳ですから、ひとりでお着がえが出来るのですよ。
アロイはまず、ベッドのわきにある椅子の上にじゅんびしてあった、みどりのセーターを着ました。それから青いズボンをはこうとしたとき、目のはしに何かが動くのが見えました。
アロイは、いそいでふりむきました。すると、なんということでしょう。アロイがぬけだしたシーツの上に、古布をはぎ合わせたぶかっこうなくまのぬいぐるみが、まっすぐに立っていたではありませんか。
「ベンノ、立てるの!見られていいの?」
〈ゴアンシン メサレヨ ワガ チサキ ミアルジ アロイ〉
ベンノは片手をゆうがにむねに当て、こしを少しまげました。
〈ミアルジヨリノ アツキ シンヲ ウケシ クマノ キシハ マコトノ キシト ナリマスル〉
「本当かい!ベンノ、すごいや」
ベンノは黒い毛糸でししゅうされた目を、とくいそうにきらめかせました。ただの毛糸のまるですのに、ベンノのきもちはふしぎとよく分かるのでした。
〈ミアルジハ コレナルベンノニ シンヲ オキ、コトバヲ カワセシ ソノアトモ、ネムリニ ツキテ オマカセ クダサリ マシタレバコソ〉
アロイは、ベンノと話すことが出来た後でも、きちんとおやくそくを守っておりました。どんなにうれしく思っても、悪魔が来る前に目をつぶりました。見てはいけない戦いは、けして見ようとしませんでした。
〈マコトアル ケダカキ ミアルジ アロイ、ネガワクハ、ベンノニ フタツナヲ クダサランコトヲ〉
「ベンノ、二つ名がほしいの?僕、つけ方なんて分かんないや」
アロイが目をまん丸にしておどろくと、ベンノは困ってしまいました。見るからにしょんぼりしています。
「二つ名をあげたら、どうなるの?」
アロイは、ベンノをはげますように聞きました。
〈フタツナヲ タマワリマシタレバ、マコトノ キシノ チカラハ マシテ、ヒトノメニ フルル タタカイモ、ハレテ ユルサレマスル〉
「見られても戦えるの?悪魔にはならないんだね!」
〈サヨウニ ゴザイマス〉
「そうか!それなら、あげなくちゃね」
アロイはしんけんな顔をして、ベンノの二つ名を考えました。
「ベンノ、なんとかの」
〈ナントカノ〉
「ちがう、まだだよ、考えてるとこ」
アロイはそこでいったん言葉につまります。アロイは、うつむいてしまいました。ですが、すぐにパッと顔を上げたのです。
「古布の騎士ベンノ!」
〈フルヌノ、ベンノハ フルヌノヨリ ウマレマシタレバ!〉
ベンノもとても気に入ったようです。ふたりは手をつないでよろこびました。
こうして、後の世にその名も高い、古布の騎士ベンノとまことの友アロイがたん生することになったのでした。ふたりのかつやくで、ふぶきの悪魔はだいぶ数をへらし、力が弱くなったということです。
けれども、ふたりにも、かんぜんに悪魔を消し去ることはかないませんでした。ですからみなさん、ふぶきの夜には、けして窓を開けてはいけませんよ。よろい戸のすきまから、アロイの村からやってきたくまの騎士が、見えてしまうかもしれません。そんなことが起きてしまったら、子どもたちを守るくまの騎士たちが、悪魔になってしまいますからね。