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9 幼馴染

『エマ、泣くな。俺がついてるから』

『……ずっと、ずっと一緒にいてくれる?』

『ああ、俺はお前とずっと一緒にいる。だからもう泣くな』



(ああ、これは夢だ……)



 私には幼馴染の男の子がいました。


 これはあの時の夢。


 私のお母さんが亡くなって、その幼馴染の男の子に励まされたときの夢。


 その男の子は親が冒険者ということもあって何年か前にこの街を出ていってから会っていません。



(うそつき……)



 もう奴のことは思い出さないようにと思っていたのにどうして今さらあいつとのこんな夢を見てしまったのでしょうか。



「……さいあく」


 学院二日目の朝は非常に悪い目覚めになりました。


 夢見が悪かったし、熟睡できていなかったのでしょう。


 前の日の睡眠不足も解消されておらず、頭が重たくフラフラします。



「あら、今日もちょっと調子が悪そうで御嬢様らしくてとてもいい感じですね」


 朝食の席に着いたとき、私の顔を見たメイドのシェリーさんからそう声を掛けられました。


 ううっ……、別に御嬢様に似せようだなんて思ってなかったのに……。


 明らかに今日の私は絶不調。


 でも目玉焼きが美味しいよう……。


 私はフラフラする頭と格闘しながらも朝ご飯はすべて美味しくいただきました。





「ふんふんふ~ん」


 午前の授業を終える頃には私はかなり元気になっていました。


 授業の半分くらいは睡眠時間だったことは伯爵家の皆さんには内緒です。


 あとでロザリア様にノートを借りるとしましょう。


 それはさて置き、今日から本格的な授業が始まるということでお昼ご飯は学院の食堂で食べることになっています。


 伯爵家のご飯も美味しいけれど、貴族の皆様が通われるこの学院の食堂のご飯も気にならないわけはありません。

 でも、あくまでも食堂で働く者としての仕事の上での興味ですからね!


 決して、食い意地が張っているわけではありませんので、お間違えのないよう。


「セレナ様、ご機嫌ですわね」

「えっ、ええ、そうですわね」


 いけないいけない。


 思わず楽しみで鼻歌を歌ってしまいました。


 御嬢様からこれまで昼食は教室でちょっとしたものを軽く食べるだけだったと聞いていましたがその程度ではエマちゃんのお腹は満たされません。


 そんなわけで、皆さんにこれまでの体調不良は軽快したというアピールの意味も込めて今後はロザリア様や他のクラスメイトの皆さんと一緒に食堂で食べることにしたのです。


 今日は初日ということもありますし、一番仲の良いロザリア様と二人で食堂へとやってきました。


 食堂は空いているテーブル席に自由に座り、食堂の従業員が注文を取りに来るという街の飲食店と同じスタイルとのことで特にとまどうようなことはありません。私たちは空いている席に座って従業員が注文を取りに来るのを待ちました。


「今日から新入生が入ってきますわね」


 ロザリア様が食堂の入口を眺めながらそうおっしゃいました。


 そういえば学院に来るまでの馬車の中でお兄様がそんなことをおっしゃっていましたっけ。


 行きの馬車の中では私は二年生なので新入生と関わることなどまずないだろうと欠伸あくびをかみ殺しながら馬車の外を眺めていたのですっかり忘れていました。


 ロザリア様に釣られて食堂の入口に目を向けますと真新しい制服に身を包んだ見るからに挙動不審というか慣れていなくておろおろしている初々しい方々がちらほらと目に付きます。あれが恐らく新入生たちなのでしょう。


 しかし、ここは貴族の子女の園。


 あの中に私の知っている方がいるはずもありませんので直ぐに興味を失った私は何を食べようかと直ぐに備え付けのメニュー表に視線を戻しました。



「おっ、あそこが空いてるぞ。早く来いよ」

「ちょ、ちょっと待ってよ~」


 直ぐ傍から元気そうな男子の声とちょっと気弱そうな男子の声が聞こえてきました。


 チラリと視線を送るとそのお二人は身に纏う真新しい制服から新入生ということがわかります。


 まったく、貴族の子女の通う学院の食堂でバタバタするなんてはしたない。


 いったいどんな方なのかしら。


 そう思って顔を上げた私は一瞬心臓が止まるかと思ったくらいびっくりしました。



「……エマ?」



 元気そうな声の男子は私の顔を見るなりそう私の本当の名前を口に出しました。


 今朝の夢で見た幼馴染である奴の面影を残した目の前の男子は焦げ茶色の長くも短くもない髪に薄茶色の瞳。


 私の記憶よりも若干日に焼けていて学院の制服ごしではありながらもがっちりとした身体付きであることがわかります。


 背は私の方が随分高かったはずなのに今や同じか向こうが少し高いくらいでしょうか。


 


「エマ?」


 目の前にいる男子が零したその名前をテーブルの私の向かいに座るロザリア様が怪訝な顔をして復唱されました。


「……どうしてエマがここに?」


 これはマズイ。


 何とか誤魔化さないと……。


「ちょっ、ちょっと待って下さい! あなたがどなたと間違われているのかは存じませんが私はそのエマ、という方ではありません。私の名前はセレナ、セレナ・ルサリアです!」


「セレナ……ルサリア?」


 奴は呟くように私の名前を口にすると私と同席しているロザリア様に視線を向けて言外に私の言葉が事実かどうかを尋ねました。


「えっ、ええ、彼女は間違いなくわたくしの友人でありクラスメイトでもあるセレナ・ルサリア。ルサリア伯爵家の御令嬢ですわ」


 ロザリア様がはっきりとそうおっしゃってくれました。


 ロザリア様、グッジョブです!


「しっ、失礼を致しました!」

「もう、アルフレッド、一体何をやってるんだよ~」


 奴と一緒にいたもう1人の男子があきれたような表情でそう言いました。


「マイン様、ご無沙汰しておりますわ」

「あっ、ロザリア様、お久しぶりです。すみません、連れが失礼なことを……」


 ロザリア様はもうおひとかたとは顔見知りのご様子です。


 私が「はて?」という表情を浮かべているとそれを察したロザリア様がその方を紹介して下さいました。


 セレナ様は体調のこともあってこれまでもあまり社交の場には出ていなかったため、交友関係が広くはなかったことは私には幸いでした。


「セレナ様、こちらはガートランド侯爵家の御子息のマイン様です」


 えっ、侯爵って伯爵であるうちの家より上じゃない?


 勉強したから知ってるもんね。


「お初にお目に掛かります、セレナ・ルサリアと申します。お見知りおきを」


 私は直ぐに立ち上がってここ数日で徹底的に叩き込まれた貴族としての礼をとりました。


 マイン様はサラサラの金髪でエメラルドグリーンの瞳の背は低く小柄な愛らしい少年でした。


「こちらこそ、マイン・ガートランドです。学院では後輩ですのでよろしくお願いします。で、こちらはアルフレッド、わたしの友人です。ほら、挨拶して」


「……アルフレッド・グリーンホースです。改めて失礼をお詫びします」


 アルフレッドと名乗った奴はそう言って私たちに頭を下げたものの、まだ納得できないのか私の顔をじっと見ています。


 ううっ、まだ疑ってるのかな~。


 早く諦めてくれないかな~。


「アルフレッド、そんなにレディの顔をじっと見るものじゃないよ」


「うっ、わかってるよ。ただな……」


「セレナ様、アルフレッドの家は最近彼の御父上が叙爵されて貴族になったばかりなんです。彼は元々平民でして平にご容赦を」


「えっ、そっ、そうでしたの? それはまあ仕方がありませんわねっ、ほほっ、おほほほほ……」


 私はそう言って誤魔化しました。


 ちょうどそのとき食堂の従業員さんが注文を取りに来てくれましたので二人は直ぐにその場を去ってくれました。






「セレナ様、大丈夫ですか?」


 注文して給仕されたお昼ご飯を食べているとロザリア様からそう声を掛けられました。


「いえ、今日は少し疲れてしまって」


「今日から授業も始まりましたしね。お身体の調子がまだ万全ではないのでしょう」


 午前中の授業で寝ていたので身体の方は万全なのですが、さっきのいざこざで心の方がですね。


 こんな私ですけど本当は小心モノでしてまだ心臓がドキドキしています。


 でも丁度いいのでこれを口実にお願いしましょう。


「ええ、授業のノートをとるのも大変でして。申し訳ありませんが今日の授業のノートを見せていただけないでしょうか」


 ロザリア様はそれは勿論ですわ、とおっしゃってくれました。


 やはり持つべきものは友達だよね。


 それにしても……。


 私の脳裏に昼休みに食堂で遭遇した奴のことがよぎります。


 奴のお父さん、私がおじさんと呼んでいた方はカインさんが冒険者だったときの冒険者仲間でカインさんが冒険者を引退した後も凄腕の冒険者として活躍されていました。


 そういえばカインさんが『あんなにビッグになりやがって』と悔しそうに話していたことがありましたがまさか叙爵されて貴族になっていたとは夢にも思っていませんでした。


「は~、それにしても大丈夫かな~」


 こうして私の学院生活は気を抜けないものになってしまったのでした。

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