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5 アウェーの洗礼

 レイモンドさんから私のために用意された御屋敷の一室に案内されるとその部屋で着替えるようにと言われました。


 そのお部屋には私のために様々な服が用意されていました。


 室内着だけでも何着あるのでしょうか?


 しかもそのどれもが見た目は明らかに高級品、手触りは柔らかく滑らかで思わず頬ずりしてしまいそうなほどで服に詳しくない私でも高級素材を使っていることが直ぐにわかりました。



「お待たせいたしました」


 さっと着替え終わると私はそう言って部屋の外で待っていてくれた執事のレイモンドさんに声を掛けました。


 レイモンドさんは部屋のドアを背にして立っていましたが恐らくは中を覗いているなどというあらぬ疑いを受けないようにするためでしょう。


「いえ、それほどで、も……」


 レイモンドさんはそう言いながら振り返ると私の姿を見てその動きをピタリと止めました。


「レイモンドさん?」


「いっ、いえ。お召し物が変わると本当に御嬢様と見間違えてしまいそうで……」


 あー、なるほど。


 さっきまで着ていたのは一応私の一張羅なんだけど、お貴族様から見れば小汚い格好だろうから御嬢様と私ではっきり区別できたってことだね。


 たしかに着替えて部屋に備え付けられた立派な鏡を見たらその中にさっき会ったばかりの御嬢様がいるわって私でも思ったもん。


 というか、さすが伯爵家で使っている鏡は大きいし何よりも品質が高い。


 私が持ってるくぐもった姿しか見えない品質の低い鏡とは見え方が雲泥の差だよ……。


 でもだからこそわかる。


 本当に、そりゃあ、御嬢様のお父様のクライスさんがびっくりするくらいだから当然似てるのは似てるんだろうとは思ってたけどさ。


 こうして品質の高い鏡で自分自身の姿をはっきりと見れば見る程目の前にいる人物は御嬢様にしか見えなかったんだよね~。



「では御案内致します」


 レイモンドさんは右手をお腹に添えて私に深々と一礼しました。


「よろしくお願いします」


 私はそう言って再びレイモンドさんの後をついて歩き始めました。


 廊下を歩いているとさっきの御嬢様付きの方ではないメイドさんたちともすれ違います。


 私たちとすれ違う度にメイドさんは私たちに頭を下げていきます。


 最初は私の目の前を歩くレイモンドさんに対して頭を下げているのだと思っていました。


 しかし、何度かそういうところを見ていてメイドさんたちがレイモンドさんではなく私の顔を見ていることに気が付きました。



 ――私に頭を下げているの?



 今の私は顔だけでなく服装もこの家の御令嬢であるセレナ・ルサリア御嬢様そのものです。


 私を御嬢様だと思って頭を下げているのでしょうか?


 しかし、この別邸で働くことになっているメイドさんたちは御嬢様の身代わりとして学院に通うことになった私が来ることを知っているはずです。


 それならば、御嬢様とは違う別人のあくまでも客人としての私に頭を下げているのでしょうか?


 正直よくわかりません。


 はっきり言ってそんなことはどっちでもいいだろうと言われるかもしれません。


 ですがどうにも私はそれが気になりました。


 そして私は一度気になったらそれを確認したくなるしょうもないたちなのです。


 私は廊下の向こうから歩いて来た一人のメイドさんをターゲットにすることにしました。


 彼女がすれ違いざまに私に頭を下げたとき、私は声を掛けました。



「こんにちは、お世話になります」



 メイドさんはぎょっとした顔をされ、慌ててレイモンドさんに顔を向けられました。


「……この御方は御嬢様ではありません」

「うそっ……」


 あ~、事前に聞いていたとはいえ、そこまで騒ぐほど似てるわけねーだろ、化粧で適当にごまかすんだろ、とか思っていたんだろうね~。


 鏡で見て自分でもわかっていましたが、私が御嬢様に似ているのはホントやばいくらいだということがこのメイドさんの反応で確信することができました。





 レイモンドさんには御手洗いの場所を教えてもらい、それから1階に下りました。


「まずは食堂です。朝晩の食事、学院がお休みの日は昼もここで食事をお取りいただきます」


 食堂には長方形の長~いテーブルと椅子が置かれていました。


 テーブルの上には真っ白で染みも皺もないテーブルクロスが敷かれていていつでも食事が始まってもいいかのように待っているようでした。


 一度に10人? いや20人は一緒に食事ができる大きさです。


 食堂と呼ばれたこの場所も天井の高い広々とした部屋になっていて正直、私が働いていた大衆食堂よりも広かったです。


「本宅の食堂に比べれば狭いですがちょっとしたパーティーくらいは開けるようにしています」


 私があんぐりと口を開けているとレイモンドさんがそう言って補足おいうちしてくれました。


 皆さん!


 格差です!


 これが格差なのです!


 頭ではわかっていたことですが実際にそれを目の当たりにするとやはり衝撃は大きい。


 ダメージを受けた私ですが気を取り直して今度は食堂の隣にある厨房へと連れて行かれました。


 そこにはコック帽を被った体格のいい青年と中年の間くらいの年齢の男性がなにやら作業をしていました。


「ロイスさん、今お時間いいですかな?」


「おっ、執事長じゃないか。いいぜ、ちょうど手が空いたところだ」


 そう言ってこっちにやって来たロイスさんと呼ばれた男の人は私を見て目を細めました。


「こりゃあ御嬢様、このような場所までようこそ。今日はお加減がよろしいので?」


 その言葉に私はニンマリと笑顔を作ります。


 チラリとレイモンドさんの顔を見るとレイモンドさんも顔がニヤニヤしていました。


 うん、このおじいさんはどうやら話がわかる人らしい。


「初めまして、ロイスさん? でよろしかったでしょうか? 今日からこのお屋敷でお世話になるエマと申します。しばらくの間、お世話になります」


 私はそう言ってさっき見たセレナ御嬢様が私にしたカーテシーを真似てスカートの裾を摘まむとちょこんと頭を下げました。


 そんなロイスさんは私の目の前で目を白黒させています。


「こりゃあ驚いた。御嬢様によく似た子が来るとは聞いていたがホントに瓜二つじゃねーか? なあ、あんた本当に御嬢様じゃないのか? 執事長と二人で俺をからかってたりはしてないか?」


「ロイスさん、わたしたちもそこまで暇ではありませんよ。それによく見て下さい、今のエマさんのカーテシー。今日日きょうび、そこらの幼子がするものに比べても話にならない拙さだったでしょう? 御嬢様がそんなカーテシーをするはずがないではありませんか」


 あれ?


 何か私、地味にディスられてる?


 いや、そうだよ、完全にディスられてるよ!


 レイモンドさん、あなた、私の味方じゃなかったの!?


「確かにそうでさぁ。なるほど、これは本当によく似たお方を連れてこられましたな」


 ガーン!


 何か料理バカっぽいロイスさんにまでそんな認定をされるなんてショックを隠し切れません。


 そんな二人はそんな私のことを気にすることもなく「ははは」と談笑しています。


 くっ、なんということだ!


 これがアウェーの洗礼か!



 そんなとき、私の鼻孔をくすぐるいい匂いがしました。



(これは……)



 厨房の奥を見るとさっきまでロイスさんが作っていたのでしょう大きな寸胴が目に入りました。


 うちの食堂で使っていた寸胴よりも一回り小さいもののだからといって家庭用で使うようなサイズではありません。


「御嬢ちゃん、料理が気になるのかい?」


 私の視線に気付いたのだろうロイスさんがそう声を掛けてきました。


「一応、私は食堂で働く店員でしたし料理するのも好きでしたので。お貴族様の家ではどんなものが出されているのか興味があります」


 嘘ではありません。


 ただ、一番は『やべ~、超旨そうな匂いなんですけど。ひょっとして今日の晩御飯だったりするのかな? でへへ、やっぱりお貴族様の一番の楽しみはおいしいお料理だよね』なんですが、そんなことはおくびにも出しません。


「そうか、今日は御嬢ちゃんが来る初日だから腕によりを掛けたんだ。まあ、楽しみにしていてくれ」


 私は、はい、とだけ返しました。


 いや、本当に楽しみです。


 期待していますよ?


「……エマ様、口元から涎が出ていますよ」


 おっと、思わず欲望の汁が出てしまっていたか。


 これは失敬、失敬。


 こうして私はロイスさんに挨拶を終え、呆れた表情を浮かべるレイモンドさんとともに厨房を後にしました。


 ロイスさんはさっぱりしていて付き合いやすい人でした。


 時間があるときにはロイスさんにいろいろとお貴族様の料理の作り方を教えてもらうとしましょう。


 あと、ついでにつまみ食い、もとい料理の味見をさせてもらっちゃおうかな~。


 あとあとやっぱり3時のおやつもあったりするのかな?


 あー、もう、夢が広がるな~。


 こうなるともう庶民の生活には戻りたくなくなっちゃうな~。


 私はうきうきしながらレイモンドさんから引き続きお屋敷の案内を受けたのでした。

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