3 伯爵様の御屋敷
「うわ~、大きな御屋敷!」
お貴族様と出会い、私の運命が変わることになった日の翌々日。
私は伯爵家の馬車に乗って王都にある、とある御屋敷へと連れてこられました。
「ここは別邸だ。本宅はもっと大きいぞ」
馬車から降りて驚いている私に御者さんがそう言いました。
この御者さんはあの日、私を怒鳴ったあの御者さんです。
御者さんの説明によると私が御嬢様のセレナ様の代わりに学院に通うことは伯爵家の中でもできるだけ秘密にしておいておきたいそうです。
そりゃそうだ。
残念ながら全ての使用人たちを完全に信用することはできないでしょう。
それがたとえ伯爵家に採用されている高いレベルの人材であったとしてもです。
そういうわけで、御嬢様は療養を名目として別邸で過ごされることになり、そこで私も1年間一緒に生活することになりました。
そこでは必要最低限度の人数の特に信用できる執事とメイドだけが配置されるという話です。
元々使っていなかった空き家になっていた別邸を昨日一日で生活できるように突貫で準備したそうです。
「俺も知ってしまったからお嬢ちゃんの学院への送迎は俺が専門として担当することになった。1年間よろしくな」
「はい、こちらこそよろしくお願いします」
御者さんは馬車のメンテナンスと馬の世話があると言って別邸の玄関前で別れました。
さあ、これから新しい生活が始まるんだ。
私はドキドキしながら目の前の大きなドアをノックしました。
――コンコン
すると中から一人の初老の男性が現れました。
執事服を身に纏っていることから伯爵家の執事さんであることは間違いないでしょう。
白髪をオールバックにした細身で長身の体格にモノクルと呼ばれる片眼鏡を左目に掛けています。
鼻の下には白い御髭が生えていますがしっかりと整えられています。
すごくオシャレで品のいい方でした。
さすがは伯爵家にお仕えされている執事さんです。
「お待ちしておりました。初めまして、わたしはルサリア伯爵家を任されております執事長のレイモンドと申します。この度は当家に御助力賜りありがとうございます。さあ、どうぞ中へお入り下さい」
「初めまして、エマと申します。それでは失礼します」
目を細めてニコニコとしている執事さんに促されて私は数少ない私物が入った鞄を手に持って建物の中へと入りました。
「御嬢様、お荷物をお持ち致します」
「えっ、いや、悪いですから」
平民の私はそんな待遇を受けたことはありません。
突然そう言われてしまい思わずお断りしてしまいました。
「エマ様、正式な御挨拶はまだですが貴女がここに来られた以上、貴女は平民のエマではなく貴族令嬢セレナ・ルサリアとして御振る舞い下さい。貴族令嬢がご自身で重たい荷物を運ぶなどもっての他です。周囲の者に御命じ下さい」
「うっ、わかりました」
「うっ、ではございません。はい、わかりました、とおっしゃって下さい」
「……はい、わかりました」
「結構です、それでは参りましょう」
私は私に向かって手を伸ばしてきたレイモンドさんに鞄を預けました。
別邸に入って建物の中を見渡すと入って直ぐは広い玄関ホールになっています。
床には一面に真っ赤な絨毯が敷かれていて高い天井を見上げればキラキラと輝くようなシャンデリアが吊り下げられていました。
「まずは旦那様に御挨拶いただきます。その後、御嬢様とご対面いただきます」
そう言いながら私の前を歩くレイモンドさんの後をついて歩きます。
玄関ホールの正面奥には2階に上がる横幅が広い階段があります。
10段くらい上がったところに踊り場があって、そこから右に上る階段と左に上る階段とで分かれています。
レイモンドさんの後をついてその階段を上りました。
御屋敷の中には入口直ぐの場所から高そうな調度品が置かれていますが階段の踊り場に堂々と鎮座している大きな壺はその中でも特に立派でかなり高そうです。
これ一つで一体どれくらいの価値があるんでしょうか?
「エマ様、その壺は王家御用達のロイヤルコペルハーゲンの壺でございます。それ一つで500万ゴルドは致します」
「え゛っ……」
すっご!
そこそこ裕福な庶民の年収に匹敵する金額です。
というよりもそれ以前に何でこの人、私の考えていることがわかるの?
しかも私、レイモンドさんの後ろにいたんだよ?
背中に目がついているんでしょうか?
やっぱり伯爵家の執事長ってそこらの執事さんとは違うのかな?
それにしてもこの壺をうっかり割ったら人生終わるな。
ここにはあまり近づかないようにしよう……。
そんなことを思いながら階段の踊り場を正面向かって右側の階段をレイモンドさんについてさらに上り、2階にやってきました。
「旦那様のお部屋は階段を上がって直ぐのお部屋でございます。旦那様はいつもは本宅にいらっしゃいますが今日は初日ですのでこちらへいらっしゃっています」
――コンコン
「旦那様、エマ様をお連れ致しました」
『入れ』
「では、エマ様、どうぞ」
「失礼致します」
レイモンドさんが開けてくれたドアをくぐって部屋の中に入りました。
「エマ嬢、我が家へようこそ。ルサリア伯爵家当主として貴女を歓迎するよ」
「しばらくお世話になります。よろしくお願い致します」
私は姿勢を正してぺこりと頭を下げました。
「さっそくだが我が娘セレナに会ってもらおう。娘の部屋へ案内するよ」
当主のクライスさんとは先日会って今日お会いするのは2回目です。
しかし、御嬢様とは今日初めてお会いします。
私と瓜二つらしいセレナ御嬢様、一体どんな方なんでしょうか?