15 創立記念パーティー
「うわあぁぁああ~~~、すっご~い」
キラキラと輝く大きなシャンデリアに照らされる真っ赤な絨毯が敷き詰められた学院の大ホール。その隅では燕尾服を身に纏った楽団の皆様による生演奏が奏でられています。
「セレナ、きょろきょろするな! あと、背筋が曲がっているぞ」
「おっと、これは失礼」
創立記念パーティーでは女性は男性にエスコートされて適宜入場していきます。
私は盛装したお兄様にエスコートされ、淡いピンク色を基調としたレースでふりふりヒラヒラなドレスにヒールの高い白い靴を履いて真っ赤な絨毯の上を進みます。
生徒の数もそれなりにいるので一般生徒はそれぞれ呼ばれるまでもなく適宜並んで入場していくというスタイルです。
「それにしても凄いですね」
見渡す限り着飾った御令嬢にそれをエスコートする盛装した男性陣。
いくら学院生でまだ未成年であるとはいえこうしてピシッとした格好をすればやはりいっぱしに見える。
私は物語でしか聞いたことがない、この世の天上ともいえるハイステータスな空間に思わずテンションが高くなりました。
もっとも、会場のスペースの関係で、飲み物はあっても食べ物の給仕はないそうで、そこのところはガッカリだったりします。
「このパーティーは卒業後本格的に社交界デビューするための練習も兼ねているんだ。多少の失敗は許されるけど、だからといって派手な失敗は外聞が悪いからね」
未成年であってもパーティーに出ている子女の方はそれなりにいるのですが、子供として出るのと成人して出るのとではその意味合いはまったく違うというお話です。
お兄様がそう補足して下さいました。
学院の生徒たちがほぼ入場を終えてお兄様とたわいもない話をしておりますと……
「レオンハルト第一王子殿下並びにアンネローゼ第三王女殿下、ご入場!」
突然、そんなアナウンスが流れて参加者の皆様が一斉に入場口を注目されました。
私もお兄様に促されるまでもなくそれに倣います。
『第三王女殿下は僕の同級生なんだよ』
お兄様が私に視線を向けることなくボソっと説明して下さいました。
ドアの奥からは盛装してキラキラスマイルがいつもの50%増しの第一王子殿下の姿。そして初めてお見掛けするこちらも真っ赤な豪奢なドレスを身に纏った金髪の長い髪をウェーブさせたきれいな女性の姿が見えました。あれが第三王女殿下なのでしょう、ご姉弟というだけあってお顔立ちが何となく似ています。
お二人は私たちが拍手で迎える中を堂々と入場されていきます。
そして、ホールの一番奥の一段高くなっている場所へと到着されるとこちらを振り向かれ、私たちの拍手に応えられました。
『これも将来のための練習なんだ。殿下が王族としてパーティーを主催することもあるだろうから、創立記念パーティーは学院が主催するものではあるけれど、生徒のうちで最も家格が高い者がパーティーの主催者という体でパーティーを進めるんだよ』
『なるほど、そんな目的があるのですね』
お兄様とヒソヒソとそう会話を重ねているとふと私に向けられていた視線に気付きました。
「!?」
その視線の主は、たった今入場されてきたばかりの第一王子殿下でした。
これだけ大勢の参加者がいる中で私と目が合うなんてどういう確率だろうと思ってしまいます。
(たっ、たまたまだよね?)
思わず視線が合ってしまいましたので、殿下がにこっと微笑まれたのに対して私も微笑み返したのですがひょっとすると顔が引き攣ってしまったかもしれません。
「今回は参加者が多いから最初のパーティーの主催者への挨拶はしないという形になっているんだ」
「そうなんですね」
パーティーでは普通、最初に主催者に挨拶をしにいくというのが儀礼となっています。
もっとも、今回は参加者が多いし模擬のパーティーということでそれは省略する扱いになっているとのことで、第一王子殿下と顔を合わせないというのは少し安心しました。
そうなるとこれだけ参加者がいるわけなのでそうそう殿下と関わることはないでしょう。
こうして主催者ポジションの第一王子殿下が開会の挨拶と学院創立記念を祝う言葉を述べられパーティーが始まりました。
とはいえ、いきなりフリータイムでは経験の浅い学院生たちはなかなか動きにくいだろうということで早速ダンスの時間が始まります。
ファーストダンスは入場時のペアで行い、私はお兄様とダンスを踊りました。
「うん、付け焼き刃ではあるけどそこそこ踊れていたよ」
「あっ、ありがとうございます……」
シェリーさんとの特訓の成果もあってか、お兄様とのファーストダンスはつつがなく無事に終えることができました。
失敗しても目立たないようにとホールの端っこに移動して踊り、終われば病み上がりを理由にさっさとお暇してホールを去ろうと思ったのですがそんな私にお兄様が声を掛けてきます。
「今回の様に最初にパーティーの主催者に挨拶しない場合、中座するなら主催者に挨拶をして帰るのが礼儀だよ」
「そうなのですか?」
殿下と顔を合わさずに帰りたいと思っていたのですがどうやらそれは難しいようです。
それなら壁の華になってパーティーが終わるまで過ごすという選択肢もあったのですが、それだとどこかでボロが出るかもしれません。
そんな訳で戦略的撤退のため中座することにしました。
私はお兄様とともに主催者役の第一王子殿下にお暇の挨拶に向かいます。
第一王子殿下は第三王女殿下とのファーストダンスを踊り終えて用意されていた椅子に座っておられました。
「殿下、妹は病み上がりにて体調がすぐれませんのでここでお暇させていただきます」
「おや、そうなのかい。それは残念だね」
「ええ、私も残念なのですが……」
私はしおらしくそう言って『さあ、義理は果たしたぞ』と家路につこうとしたのですが。
「それなら最後にわたしと踊っていただけないかな?」
「えっ?」
思いがけない申し出を受けて私はどうしたらいいのかわからずお兄様の顔を見ました。
お兄様は困った表情を浮かべながらも軽く頷きます。
いくら体調を理由にしてもパーティーに出席して一度踊るくらいはできているわけですから断るのは憚られるということでしょう。
「殿下が踊られるぞ!」
「お相手はルサリア伯爵家のセレナ様か」
私が殿下に手を引かれてホールの中央に進むとそれまでそこにいらっしゃった大勢の人たちが一斉にその場所を開けてくれました。
その様子はまさに海が割れるようで今さらながら私の手を引くこの方が凄い方なのだということを思い知らされます。
(うわ~、凄い見られてる!)
周囲には私たちを取り囲む幾重にも張り巡らされた人垣。
そしてひしひしと感じるおびただしい数の視線。
好意的なものもあれば怒りか嫉妬か憎しみかと思うような冷たいものまで千差万別。
小市民の私にとっては非常に居心地が悪く胃がキリキリしそうです。
一方の第一王子殿下は涼しい顔で私の手をとっていらっしゃいます。
そんな殿下の動きに合わせて楽団の方が曲を奏で始めましたので私は意識はそちらへと向けました。
シャリーさんとの特訓でそれなりに慣れたとはいえ、私の踊りは付け焼刃のレベルに過ぎません。
しっかりと意識しないと途端にボロが出てしまうでしょう。
通常、ダンスが始まりますとそれに合わせて他の方々もそれに合わせて踊り始められるのですが、多くの皆様はご自身が踊ることなく私たちを遠巻きに眺めていらっしゃいました。
(これは失敗できない!)
こんな衆人環視の元で失敗すればシェリーさんからどんな懲罰を受けるかわかったものではありません。
私はすべての力を総動員して殿下とのダンスに臨んだのですが……。
「あっ!」
多くの人に見られているという異常な状態だったからか、それともただメッキが剥げただけなのか私は途中で躓いてしまいました。
「おっと!」
そんな私を殿下はその胸で受け止めて下さいます。その瞬間、周りから御令嬢の『キャー!』という興奮とも悲鳴ともとれる声が聞こえてきましたが私にはそれを気にする余裕はありません。
私は自分のしでかした粗相に舞い上がってしまっていました。
「もっ、申し訳ありません!」
「いや、病み上がりというのに無理をさせてしまったようだな。こちらこそ申し訳ない」
殿下はそう言って楽団の人たち手を上げられると、その意を察したのかダンスの音楽は中断するとすぐに歓談に向いた別の音楽が流れ始めました。
「セレナ、こちらへ」
そんな私はお兄様からそう声を掛けられ殿下に軽く一礼するとそそくさとパーティー会場を後にしたのです。
そんな私の後ろ姿を第一王子殿下、そして私の幼馴染の彼がずっと見続けていたということをそのときの私は知る由もありませんでした。




