14 八つ当たり
「あの~、やっぱり出ないといけませんか?」
「当然です。とはいえ、病み上がりの御嬢様という前提ですから途中で抜けるのは構いません。体調がある程度回復したというアピールのため、出席いただくだけではなく一曲くらいは踊っていただきたいところですが」
王立学院では1か月後に創立記念パーティーなるものがあるそうです。
昨年、セレナ御嬢様は体調不良を理由に欠席されたのですが、今年はある程度体調が回復したという体を装いたいということで出席を求められているわけです。
「パーティーまでの1か月の間にマナーと所作を完璧に仕上げます。あと、ダンスは最低限度踊れるように徹底的に仕込みます」
「え゛っ!?」
こうして私の過酷な時間が始まったのでした。
「ぷっ、プルプルする……」
ダンス自体の練習と並行して行われたのがドレスと靴に慣れることでした。
一通りのダンスの練習をした後は練習用のドレスと踵の高い靴を履いて仕上げのレッスンをするのですが、これがまた大変!
「は~、まずはその恰好で日常的な動きをするところから始めますか……」
「ううっ、申し訳ありません……」
ぺったんこの平たい靴しか履いたことのない私は踵の高い靴を履くと生まれたての小鹿のようになってしまうのです。
そんな訳で私は御屋敷で生活するときも練習用ドレスと踵の高い靴を履いて生活することになりました。
「おっとっとっと!」
廊下を歩いているだけでつんのめってしまいました。
ああっ、廊下にダイブしてしまう……、と思ったそのとき。
「あら、大丈夫?」
「あっ、ありがとうございます」
メイド服を着た恐らく私よりも年上のお姉さんがボフンと私を受け止めてくださいました。
「ええっと……」
「わたしはメアリーよ。貴女、御嬢様の代わりに大変ね」
メアリーさんはそう言って私を労ってくれました。
「……失礼しま~す」
部屋に入った瞬間、その部屋にいた皆様が一瞬ぎょっとした表情を浮かべられました。
メアリーさんに連れてこられたのはこのルサリア伯爵家の別邸で働いているメイドさんたちの休憩室。
そう、そこは伯爵家の使用人さんたちのオアシスでした。
「もうっ、御嬢様かと思ってびっくりしたじゃない!」
そう言ったのは部屋にいた若い、とはいえ私よりも2つ3つくらい年上だろうメイドのお姉さんです。
「ふふっ、でも本当によく似てるわね~」
「う~ん、わたしは未だに御嬢様との見分けがつかないわ」
休憩中のメイドの皆様が私に近寄ると口々にそうおっしゃいます。
「それで今日はどうしたの?」
「ええ、来月の学院の創立記念パーティーに備えてですね……」
休憩室のメイドさんに聞かれて私はヒールの高い靴を指差しました。
「あー、それは大変ね~」
メイドの皆さんが履いておられるのはローファーだったりブーツっぽいものだったりとそこまで踵の高い靴ではありません。
「でも、貴女、シェリーさんの訓練を受けているのよね? それだけで尊敬しちゃうわ」
メアリーさんがそう労ってくれます。
ううっ、いい人だ。
「そうそう、シェリーさんってすごく厳しいしね。わたしも最初にこの御屋敷に入ったときは大変だったもの」
みんなが「そうそう」と言いながらテーブルを囲んでクッキーを摘まみながらお話しています。
私もしれっとお皿に盛られているクッキーに手を伸ばし、それをいただきながら話を聞きました。
「シェリーさんってお若そうですけどみなさんにも指導されているんですか?」
「シェリーさんは本宅にいるメイド長の娘なのよ。小さい頃から御屋敷でメイドの仕事をしているからキャリア自体は相当長いの」
「実際に年もそこそこなのよね~。かなり若作りしてるけど最近は小じわが多くなってるし」
「そうそう、眉間に皺がよってたりね」
「いろいろと厳しい人だから男の人も寄りつかないって話なののよね~」
「ほう、そうなのですか。それは初耳です」
「初耳ってこのお屋敷で働いている人はみんな知って……」
私たちの輪の外から聞こえてきた声に答えようとして場の空気がピシっという音とともに凍るのがわかりました。
「エマさん、こんなところで油を売っていたら慣れる訓練にならないでしょう。それから皆さん、今度わたしが講師となってメイド向けの技能訓練がありますので楽しみにしておいてください」
「「「ひっ……」」」
休憩中のメイドの皆さんが顔色を青くされました。
ご愁傷様です。
「それよりも、まずは貴女ですね。ちょっと虫の居所が悪いので休んでいた分を取り戻す以上に厳しくいかせてもらいますから」
「えっ、私は関係な「ほら、行きますよ」
私はシェリーさんに引っ張られて訓練用の空き部屋へと拉致されました。
そして、それはもうとんでもない特訓を受けることになったのです。
といいますか、ダンス用のドレスとヒールの高い靴を履いて反復横跳びは無理ですって!
ひいっ、鞭はしまって下さい、わかりましたわかりました、やればいいんでしょやればっ!
そんなこんなで夜遅くまで訓練と言う名のシゴキを受けることになってしまいました。
人間の慣れというのは恐ろしいもので、あんな無茶を全力でやっていましたらヒールの高い靴を履いてもスキップくらいはできるようになりました。




