12 野営訓練
「野営訓練?」
お休み明けの週始め。
学院に行きますとお貴族様の子女たちが通う学院に不釣り合いな単語が聞こえてきました。
「ええ、2年生の学院行事ですわね。今日は今から班決めを致しますのよ」
カサンドラ様からそう説明を受けました。
私たち2年生は学院の大ホールに集合ということで私もクラスの皆さんについて大ホールへと向かいました。
「えー、皆さん、おはようございます」
初めて見る白髪白髭の学院長のおじい様を遠目に見ながら話を聞きますと、古来我が国は云々(中略)貴族たるものいざというときに武器を手に取り先頭に立って戦い、国や民を守るのが使命であるということで、その伝統の則った訓練というお話です。
もっとも、今日日残念ながら先頭に立って剣を振るうお貴族様がどれだけいらっしゃるのだろうかというのが実情でして、この訓練も『一応やりましたよ』という建前のためのものでしかないらしいです。
野営のグループは男子3人、女子3人の6人で1つの班を作るというのですがさてさて、私は誰と組みましょうか?
「セレナ様、ご一緒しましょう」
はい、安定のロザリア様ですね。
「ではわたくしも」
おっとカサンドラ様もやってきて直ぐに私たちは3人組をつくることができました。
ふ~、ぼっちにならなくてよかった。
「あとはどの男子グループと組むかですわね」
まあ、私もどんな人たちがいるのかは分からないし、適当に余ったら余ったグループ同士で一緒になれば……。
「おや、貴女はもう決まってしまったのかい?」
その声を聞いてドキっとします。
「だっ、第一王子殿下……」
キラキラスマイルの御仁がなぜか私にそう声を掛けてきたのです。
ホントどうして私に?
「殿下! その様な方は放っておかれては?」
「そうです、殿下に相応しいのはアリシア様です」
見れば殿下の婚約者候補のツートップであるエリーゼ様とアリシア様、そしてその取り巻きの御令嬢方が揃っておいでです。
「僕たちはもうグループができているからね。貴女たち3人組と一緒になったらいいんじゃないかな?」
殿下は既に騎士団長の御子息と宮廷魔術師団長の御子息とで3人組をつくっておられました。
いや、そんな人気者たちと一緒になったら殿下の後ろでこちらを睨んでいらっしゃる皆様からどんな仕打ちを受けるかわからないのですけど?
だからといって殿下の御誘いを無碍にもできないし、ああ、一体どうしたら……。
「殿下、妹のグループにはわたしが入ることになっていまして、殿下たちが3人揃って入ることはできないのですよ」
「お兄様!?」
2年生の行事なのに何故か3年生のお兄様がやって来ました。
お兄様、実は留年して2年生だったなんてことは……。
「2年生のイベントだけど人数合わせで他の学年の有志も参加するんだよ」
なるほど、2年生はちょっと女子の方が多いとは聞いていました。
ちなみに私の体調を理由に我が家から事前に私のグループにはお兄様が入るよう学院にはお願いしてあったとのことです。
「そうか、それは残念だね」
殿下は殿下を護衛の必要から他の2人とは必ず組むことが決められているそうで、いや~、ホントに残念だな~。
「では、あと2人ですね」
そして最終的に私たちのグループに入ったのは第一王子殿下の側近グループから弾かれてしまった宰相の御子息のシュバルツ様、そして、
「アルフレッド・グリーンホースです、1年ですがよろしくお願いします」
私の幼馴染である奴だった。
「1年生の君が参加するんだね」
「はい、俺、いえわたしは冒険者としての活動実績がありますので。それで学院から今回の行事参加の依頼がありまして」
お兄様の疑問に奴がそう答えました。
普通、数合わせの有志は1年前に経験している3年生から出すことが多いそうなのですが、奴はおじさんとともに野営のプロともいえる冒険者として活動していた経歴があるため今回抜擢されたとのことです。
「野営に必要な道具や物資は当日、学院から貸与や支給がされますので身動きしやすい服装と身の回りの物くらいを持って来て下さい」
この班のリーダーはシュバルツ様に決まりました。
この行事はあくまでも2年生の行事で、お兄様と奴はあくまでも数合わせの有志に過ぎないからです。
後は班での役割分担を決めます。
とはいえ、良くも悪くも女性の役割は料理というのが暗黙の了解になっているようで、日頃は自分では料理をしない御令嬢が四苦八苦して庶民の苦労を知るイベントになっているのだとか。
ふっふっふっ、ここはこのエマちゃんの出番ですな!
伊達に食堂で働いていたわけではないのですよ。
食堂で働いていても料理の腕は絶望的だとかいう御仁もいるかもしれませんがさに非ず。
美味しいものを追求していくと最後は自分で作るというところへ行きつくのです。こと庶民の場合は。
野営訓練では自分が運べる範囲であれば自由に持ち込みもできるルールなので予め学院から支給される食材と当日のメニューを確認して持ち込む物を決めておけます。
人生、死ぬまでの食事の回数はほぼほぼ決まっているわけですから1食たりとも無駄にしてはいけないのですよ。
ふふっ、訓練の日が楽しみです。
そうしてあっという間に野営訓練の日がやってきました。
王都の郊外にある森や原野を使っての実習ということで日頃外に出る機会のない紳士淑女の卵たちのテンションも若干高めです。
お昼には本物の魔物を相手にした現役冒険者による魔物討伐のデモンストレーションを見ました。
その後は森で食べられる果実を採取したり、野営で使う薪となる木の枝や枯草を集めたりと日頃王都の中ではできないことをしました。
男子というのは庶民も貴族も分け隔てなくバカなのか私たちに少しでもいいところを見せようと気合を入れているようです。
それが終わると男子はテント張り、私たち女子は晩御飯作りを始めます。
「セレナ様、これでいいのかしら?」
「ええ、ロザリア様、あとはこのお鍋に入れれば完成です」
大きなお鍋に切った野菜やお肉を入れてコトコトと煮ます。
食材は主に学院が用意してくれたものを使いますが水は近くの川から汲んでこなければなりません。
そういう力仕事は男子たちが率先してやってくれました。
「おおっ、良い匂いがするじゃないか」
ふっふっふ、匂いに釣られてきおったか、この食いしん坊共め。
「お兄様、あと少しでできますからもう少しお待ち下さいませ」
学院が用意したレシピはお肉と野菜のスープにパンというメニューです。
お肉は予め食べやすい大きさにカットされているものが用意されていましたので、私たちは支給された野菜の皮を剥いて食べやすい大きさに切って鍋に入れて煮こむだけです。
それでもロザリア様やカサンドラ様は初めてのことなのか四苦八苦しながら野菜の皮を剥かれていました。
野営では十分な調理ができないだろうということで予め学院が用意していた調味料は塩だけでした。
貴族の御嬢様方が日常、料理なんてしているとは思えませんし、複雑な味付けをさせようとすればとんでもない混乱とカオスな料理ができることは何となく予想ができるのでシンプルな味付けがデフォなのでしょう。
自分の手で作った料理であればこの開放的な屋外で食べればそれなりに美味しく食べられるだろうということで一日であれば我慢できなくはないというところなのだと思います。
しか~し、私はそんなことでは誤魔化されません!
野営料理といえどもそれでは味気がなさすぎです。
そんな訳で私は私物の調味料と我が下町食堂で使われているカインさん謹製門外不出の秘密の調味料を持ってきました。
ここは以前から研究していたエマスペシャルを皆様に披露するときでしょう。
そうするとあら不思議。
塩味だけのあっさりスープがこってり濃厚な美味しいスープになるのです。
「さあ、おあがりよ」
野営用の簡易テーブルの上に並んだ湯気の立つスープに支給されたパン。
スープは持ち運びに便利な軽い木の器というのがいかにも外で食べている感が出ています。
「おおっ、美味いな」
「ふむ、本当に」
お兄様とシュバルツ様が開口一番そう声を上げられました。
「セレナ様は料理がお上手ですのね」
「本当、うちのシェフにつくらせたいくらいですわ」
総じて評判はいいようです。
「…………」
「アルフレッド様、どうされました? お口に合いませんでしたか?」
「いえっ、大変美味しくいただいています」
奴は何かを考え込むような素ぶりでしたが私が声を掛けるとぱっと顔を上げてそう返してきました。
よしよし、全員エマちゃんの美味しい料理に夢中ということですね。
安心して私もパクリ。
味見はしているので美味しいことは分かっていましたが味が馴染んでより美味しくなっていました。
う~ん! パンと一緒に食べるとちょうどいい塩梅です。
こうして皆さんと一緒に晩御飯を食べました。
食事を終えるとたき火を囲んでみんなでお話をします。
既に辺りは真っ暗になっていてただただ煌々とたき火だけが赤く辺りを照らしています。
「野営訓練といいましても、楽なものですわね」
「いえ、本当の野営はこんなものではありませんよ。いつもここまで大がかりにテントを張ったりお湯を沸かすわけでもありませんし」
カサンドラ様の言葉に奴がやんわりと物申しました。
まあ、奴は実際におじさんと冒険者として活動していたのですから今回の訓練なんて温くて仕方がないのでしょう。
「実際はどうなのですか?」
「食事は干し肉だけということもザラですね。あと現地調達で倒した獣をその場で捌いて焼いて食べるということもあります」
私が話を向けると奴は得意そうにそう話しました。
ロザリア様やカサンドラ様は「まあっ」と声に出して驚いています。
私もカインさんから冒険者の時の生活はいろいろと聞いていましたので今さらという感じでしたが優雅なお貴族様の生活に慣れている御令嬢方には話のネタとしてはちょうどいいのかもしれません。
こうして私たちは日頃とは違う距離感でいつもとは違う会話に花を咲かせました。




