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11 恋バナ

 この日も一日の終わりにセレナ御嬢様に毎日の報告に参りました。


「ふふっ、それは大変だったわね」


「本当ですよ~」


 話題の中心は思いがけず遭遇したキラキラ王子御一行様のことです。


 セレナ御嬢様も当然、存在は知っていても接点がなく彼らのことは何も知らないも同然だそうだ。


 そんな御嬢様に疑問に思っていることがあるのですが果たして聞いてもいいものでしょうか……。


 そう思いながらセレナ御嬢様のお顔をじっと見つめます。


 何度見ても鏡を見ているのかと錯覚してしまいますが……。


「なんでしょうか?」


 さすがに怪訝に思ったのかそう水を向けられたので思い切ってお尋ねすることにしました。


「御嬢様には婚約者はいらっしゃらないのですか?」


 ロザリア様には婚約者がいるというお話だけどお兄様を含めて私の周りの方々にはあまり婚約者がいるという話を聞きません。


「わたしですか? いないですよ」


「そうなのですか。貴族の方々は幼少期から婚約者がいるものだと思っていたので」


「以前はそうだったのかもしれませんが、今は貴族の肩書だけでどうこうできる時代ではありませんから」


 平民の私にはよく分かりませんでしたが今は学院時代に婚約者がいるという方が少数派なのだとか。


 もっとも、学院在学中に婚約の一つ前の段階、親密な交際関係にある人はそれなりにいるというお話です。


「では御嬢様は好きな方、意中の男性はいらっしゃるんですか?」


「意中の男性、ですか……」


 あれ?


 私の言葉に御嬢様は「う~ん」と首を傾げてしまいました。


「貴族の娘である以上、政略結婚、自分の意思ではお相手を決められないと思っていましたので、あまり考えたことはなかったですね」


 御嬢様が何とも言えない曖昧な表情を浮かべて力なく笑われました。


「…………」


 その言葉を聞いた私は何とも寂しい気分になりました。


 しかし、だからといってお貴族様の世界、それも余所様の事情に首を突っ込む訳にはいきません。


「わたしのことはもういいでしょう。それよりも貴女のことよ」


「えっ? 私ですか?」


「そうよ、この前再会した幼馴染のアルフレッド様、とおっしゃったかしら? 彼とはいったいどんな関係でしたの?」


 御嬢様が前のめりになってそう尋ねてきました。


「たっ、ただの幼馴染ですよ~、そう、たまたま小さいときに一緒に遊んだことがあっただけで……」


 まさか私に話を振られるとは思いませんでしたので、ちょっと慌ててしましました。


「本当に?」


 御嬢様の瞳がキランと光ったように見えました。


 御嬢様も自分の恋には無関心でもやはり年頃の女の子なのですね。


 他人のそういう話にはどうやら興味深々のご様子です。


 私は御嬢様から奴との馴れ初めやこれまでのことを根掘り葉掘り聞かれました。


 そして話を続けていると私は封印し掛けていた昔の記憶を思い出してしまいました。







 幼馴染である奴とは物心ついたときからの付き合いだ。


 私のお母さんがカインさんの食堂に住み込みで働いていて私たち親娘おやこは食堂の2階にある一室で生活していた。


 カインさんと奴のお父さんは古くからの付き合いで奴のお父さんは当然のことながらうちの食堂にも来ていた。そんな訳で私は自然と奴と知り合うことになったらしい。


 というのも、奴と初めて会ったのは私の記憶に残っていないほど小さな頃の話でカインさんから聞いた話では年齢の近い私たちは当然のように一緒に遊ぶようになったそうだ。


『俺も大きくなったら冒険者になって親父を超えるんだ!』


 物心ついた頃、奴はそんな大それたことを言っていた。


『だからって文字の読み書きくらいできないとダメでしょ?』


 私たちは近所の教会がボランティアでやっている学校に通っていた。


 週に2、3回だけど教会のシスターさんが文字の読み書きや簡単な計算を教えてくれたのだ。


『うへ~、俺はパスだ』


『何言ってるのよ! おじさんからあんたがサボらないように見ておいてくれって言われてるんだからね!』


 そういって嫌がる奴を教会まで無理やり引っ張っていったこともある。


『俺は剣術をしたいんだ!』

『そう、なら授業が終わったら私が相手をしてあげるわ』


 今でこそ剣なんて持たないが小さい頃は木剣を振り回すこともあった。


 私が奴と剣の打ち合いをしたことも数えきれない。


 小さい頃は私の方が身体が大きかったから単純な剣の打ち合いでは私は奴に勝つことができていた。


『ほら、あんたは弱いんだから大人しく教会に行って勉強するわよ』


『うるさいっ! いつかエマに勝ってやるからな、今に見てろよ!』


 そんなやり取りをしたことも何となく覚えている。


 まあ、私は授業そのものよりも、授業が終わった後にシスターさんからもらえる飴玉が欲しくてせっせと通ったのだがそこはいいだろう。


 そのときはまだ私たちは幼かったのでお互い男とか女とか意識することはなかった。


 奴は手のかかる弟分でしかなかったのだ。


 そんな関係が数年続き、そしてその時がやってきた。



 王都の郊外にある墓地。


 その片隅につくられたばかりの小さなお墓。


 私は真っ黒な服を着せられたままその前で茫然とただただ立っていた。


 お葬式が終わって参列してくれた人たちがお墓の前で次々とお母さんとの最後のお別れをし、一人、また一人と帰っていく。


 私は泣いた。


 お母さんをお墓に埋葬した後、私はそこでずっと泣いた。


 住み込み先の店主のカインさんは優しくて本当の家族の様に思っていたけど唯一の本当の家族であり、大好きなお母さんが亡くなり、私の心には大きな穴が開いた。


 悲しくて孤独で寂しくて。

 

 そんな私を励ましてくれたのが奴だった。


 そのときのやり取りを今でも鮮明に覚えている。


 それこそ夢で見るほどに。 


『エマ、泣くな。俺がついてるから』


『……ずっと、ずっと一緒にいてくれる?』


『ああ、俺はお前とずっと一緒にいる。だからもう泣くな』


 このとき不覚にも奴に対して心が動いてしまったのだと思う。


 しかし、それから何年か経ったある日。


 奴は家族そろって辺境の街へ引っ越していくことになった。


 引っ越しのときに挨拶に来たおじさんたちに私は会わなかった。


 私も奴もまだまだ子供で親の仕事の都合なら仕方がないことは理屈ではわかっていた。


 でも感情が、私の心はそれを理解しようとしなかった。


 できなかった。


 我ながら子供だと思う。いや、今もまだ未成年なので子供ではあるのは間違いないのだが……。


 それ以来、奴とは一切関わりはない。


 私の中では奴の存在はなかったことになった。


 そのはずだった……。





「ふ~ん、じゃあ、本当に幼馴染というだけで何もないのね?」


「そうです、といいますか、今はもう何の関係もないですね。むしろ他人です」


 私がもう清々するわ~、と話をすると御嬢様は一つ思案顔をされました。


「そう。その話を聞くと随分面白そうな方じゃない?」


「えっ、そうですか? 元庶民でがさつでデリカシーの欠片もない奴ですよ?」


「でも、見た目もそんなに悪くはない方だったし」


「え゛っ?」


 どうしてセレナ御嬢様が奴の見た目を知っているのか?


「実はこの間、エマ様が留守のときにその方がこちらへ謝罪にいらっしゃったの。タイミング悪くわたしが外の窓から見える場所にいたところを見られてしまったので居留守を使うこともできず直接お会いして謝罪を受けたわ。レイモンドは先触れもなしに来るなんてと呆れていたけど」


 どうやら何事も起こらなかったみたいで私はほっと胸をなでおろしました。


 その間にも御嬢様の言葉は続きます。


「所作やマナーはこれからどうとでもなるわ。むしろ肩肘張らなくて済みそうですし、気楽そうで良いのではないかしら」


 御嬢様はいったい何をおっしゃるのだろうか。


 まあ、気兼ねがないと言われればそうかもしれないけど。


 私が納得いかないという表情を浮かべていると御嬢様が微笑みながらおっしゃいました。


「エマ様が彼とは何もないというのでしたらわたしが彼と仲良くしても大丈夫ということね?」


「え゛っ!?」


 私は突然の御嬢様の物言いに驚きの声を上げてしまいました。


「だって、貴女はセレナ・ルサリアとして彼と出会ったわけだし、彼はもうわたしと顔見知りになった訳でしょ? だったら将来、わたしが学院に復帰したときにでも誘ってみようかしら」


「だっ、ダメです! 彼はだめっ!」


「ふふっ」


「あっ……」


 御嬢様はしてやったりという表情でニヤニヤとした表情を浮かべて私の顔を見ています。


 くっ、ひょっとしてたばかられてしまったか!


 まさかセレナ御嬢様にいっぱい食わされるとは思ってもいませんでした。


「わたしの心配をするよりもまずはご自分の心配をなさいませ」


「……わかりましたよぅ~」


 大人しそうな振りしてやはり御嬢様もお貴族様の世界で生まれ育ったということだけはあります。


 この日私は、御嬢様も油断ならないと肝に銘じました。

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