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10/17

10 相席

(おっひる~、おっひる~)


 学院が始まって1週間。


 少しは今の生活に慣れた今日この頃、皆様いかがお過ごしでしょうか?


 さてさて午前中の授業くぎょうを終えてお楽しみタイムがやってまいりました。


 本当だったら授業が終わった瞬間、声を大にしてこう歌いたかったのですが、悪目立ちするというか多分周囲から変な目を向けられるでしょうから残念ながら心の中に抑えました。


「セレナ様、参りましょうか」


「ええ、参りましょう」


 しゃらーん、という効果音がつきそうな優雅(従前比300%)な動きで立ち上がるとロザリア様と食堂に向かいます。


「セレナも昼食かい?」


 食堂の入口でお兄様とばったり出会いました。


 お兄様はお一人で食堂に来られている御様子です。


 あらやだ、お兄様ったらお友達がいないのかしら?


 ぼっち?


『友人と上手くやれているかを確認するために来たに決まっているだろう』


 お兄様が私に近づくと怒気を含んだ声で私にだけ聞こえる声でそうおっしゃいました。


 おほほ、そうでしたか。


 それはご面倒をお掛け致しました。


 それにしてもどうして私が考えていることがわかったのでしょう?


 お兄様はそんな不思議スキルをお持ちなのでしょうか?


『考えていることが表情に出過ぎだ』


 くっ、そんな馬鹿なっ!


 私のポーカーフェイスは完璧なはず!


 腹の探り合いが仕事のお貴族様相手にはわずかな表情の変化すら命取りだということでしょうか?


『お前がわかりやすいだけだ……』


 お兄様はあきれたようにそうおっしゃいました。


 そんなこんなでロザリア様とお兄様も顔なじみということで今日は3人で一緒にお昼ご飯を食べることになりました。



「今日は混んでいますわね」


 ロザリア様がおっしゃるように先週までとはうって変わって今日は食堂が混雑していました。


 ちょっと大き目のテーブルに案内されましたが、お兄様のお話ではそのうち相席を頼まれるだろうとのことです。


 まあ、私はそんなこと全然気にしませんけどね。


 くっふっふ。


 さあ、今日は何を食べようかな~。


 この選んでいる時間もまた至高の時間というものよ。


 私は悩みに悩んだ挙句、合鴨ロースの何とかかんとか、という長いメニューのものを頼みました。


 下町食堂では聞きなれない名称なので具体的にどんなのが出てくるのか実はわかりませんが合鴨ロース、君に決めた!




 ――ざわざわざわざわ



 私がウキウキと食事が運ばれて来るのを待っていますとにわかに食堂の入口がざわつき始めました。


 まったく、これから楽しい食事の時間だというのに騒ぐのは止めて欲しいですわ。


 皆様本当に貴族の子女なのかしら?


 お里が知れますわよ、おーほっほっほ!


 そんな風に余裕綽々でいますと他のテーブルの方々が話をする声が聞こえてきました。


「エリーゼ様とアリシア様、またやり合っているみたいよ」

「そろそろ第一王子殿下の婚約者選定の時期ですもの。どうしてもヒートアップしてしまいますわよね~」


 そんな話を聞いて私は自分の頭の中に叩き込まれたエマちゃん情報を検索します。


 たしか、次期国王に最も近いと言われるイケメンと噂の第一王子殿下、たしかお名前はレオンハルト様。その方には婚約者候補が複数いらっしゃって、その中でも有力なのが公爵家御令嬢のエリーゼ様と侯爵家御令嬢のアリシア様のお二方だったはずです。


 お二人は揃って王太子殿下と同じ学年で同じAクラス。


 常にバチバチと火花が散っていることでしょう。


 うん、そんなクラスに入らなくて本当に良かった。


 そうこうしているうちに私のところに合鴨ロースの何とかが給仕されてきました。


 ほほう、これは下町食堂では見たことのない料理ですな。


 くっふっふ、これは楽しみです。




 私が料理を食べ始めても食堂の入口ではまだ揉め事が続いている様子です。


 見物人たちも自分たちの食事に向かって人垣がなくなりましたので私のいるテーブルからもその様子がはっきりと見えました。


 二人の御令嬢を中心とした取り巻きの御令嬢同士がお互い何かを言い合っているみたいです。


 その傍には金髪碧眼の遠くからでもわかるイケメンの姿が見えました。


『あの御方が第一王子殿下だ。なるべく関わらないようにな』


『ええ、それはお任せください』


 お兄様にそう囁き返しますとお兄様が何とも心配そうな表情をされました。


 まったくお兄様は何を心配されておられるのかしら?


 私にとってはつつがなく身代わり生活を終えることが一番です。


 そんな波乱万丈な学院生活ははなから望んでなんていませんのできっと大丈夫でしょう。


 私は食事を続けながら騒動の渦中にいらっしゃる第一王子殿下をチラリと見ました。


 将来国王陛下になられるだろう御方をこんなに近くで見る機会はおそらく今だけでしょうから気にならないといえば嘘になります。


 第一王子殿下の周りにはその腹心といわれている3人の姿が見えました。


 第一王子殿下は騎士団長、王宮魔術師団長そして宰相閣下のそれぞれの御子息と同級生でいつもこの御三方と行動を共にしておられます。


 この4人組はこの学院で最も有名なカルテットで何とかこの4人にお近づきになりたいという御令嬢は引きも切らないとか。



(まあ私には関係ないけどね~)



 そう思いつながら私は合鴨ロースを口に頬張りながら彼らの様子を眺めました。


 どうやら第一王子殿下たちとどちらが一緒に昼食を囲むかで争っているご様子です。


 殿下は苦笑いを浮かべながら御令嬢方のやり取りを見守っていらっしゃいました。



(食事くらいゆっくり摂ればいいのに)



 そんなことを思いながらもこの合鴨ロースの美味しさに頬の緩みが止まりません。


 ん~っ、美味しいっ!


 幸せいっぱいいい気分で、もきゅもきゅと咀嚼していますとふと視線を感じました。


 どうやら件の騒動がある辺りからのように感じてそちらに目を向けますと不意に第一王子殿下と目が合いました。


「!?」


 すると第一王子殿下は私の顔を見てニコリと微笑まれたのです。



(何か嫌な予感が……)



 他にも見目麗しい方はいっぱいいらっしゃるのにどうして私の方を見られていたのでしょうか?


 第一王子殿下は婚約者候補の御令嬢方に一言二言何かをおっしゃるとまっすぐに私たちのいるこのテーブルに向かって近づいてこられます。


 いや、まさか、冗談ですよね?


 第一王子殿下は私たちのテーブルの傍でピタリと立ち止まると私に向かっておっしゃいました。


「失礼、レディ。相席をさせていただいてもよろしいでしょうか?」


 こっ、断りたいけど断れるわけがないっ……。


「よっ、よろこんでぇ~」


 後で私の斜め向かいに座っていたロザリア様からこのときの私の表情はひどく歪んでいたと教えてもらいました。




「知っているかもしれないがレオンハルト・グラントラムだ。よろしく頼む」


 お兄様を除く私とロザリア様が第一王子殿下に自己紹介してご挨拶すると殿下はそうおっしゃいました。


 ちなみにお兄様とは面識があるそうで、お兄様は「お久しぶりです、殿下」と簡単に挨拶されました。


 それにしても……。


 第一王子殿下だけでなく、その護衛というか腹心のイケメン3人も同じテーブルにいるのでなんというか私たちのテーブル、周りからものすっっっごい、見られてる。


「「「…………」」」

「「「…………」」」


『ひいっ……』


 ふと周囲を見渡せば、王太子殿下の婚約者候補のお二人、といいますかどちらかというとその取り巻きの皆さんがですが、私たちの近くのテーブルに陣取られて、こちらをものすごい形相で睨まれておいでです。


 そのテーブルにはさっきまで別の誰かがいらっしゃったのにいったいどちらへ行かれたのでしょうか……。


 ああ、それにしてもいったいどうしてこんなことに……。


「あの、殿下。どうしてこのテーブルにいらっしゃったのでしょうか? 他にも相席可能なテーブルはいくつか……」


 そう、空いているテーブルはここだけではありません。


 ただ、この質問はするべきではなかったと私は後で後悔することになります。


 殿下と目が合ったのは私だったのですから。


「魅力的なレディの姿が目に留まってね。ちょっとお話してみたいと思ったんだ」


「ははは、光栄であります……」


 最早乾いた笑いしか出てきません。


 殿下のそのお言葉に他のテーブルにいらっしゃる御令嬢方の圧が一段と高くなったのを感じました。


「貴女は同じ学年で僕たちの隣のクラスという話だけどあまり見掛けた記憶がないね」


「殿下、妹は身体が弱く、昨年も学院を休みがちでした。食も細く、昼休みに食堂に来ることもなかったからでしょう」


「そうなの? でも今はしっかり食べているみたいだけど」


 どっきーん!


 痛いところを突かれました。


 たしかに私の目の前にあるお皿はあと少しで完食という状態です。


 しかし、その展開は想定済みなのだよ。


「病気を患っていたのですが良いお薬に出会うことができまして」


「そうだったの? それは良かった。こんなにかわいい子が病気で苦しむなんて僕には耐えられないからね」


 かわいい?


 私が?


 いや~、さすがは殿下、わかる人にはわかるんですね。


 いよっ、将来の国王陛下!


「殿下、お戯れもほどほどにしていただきませんと」


 おっといけません。


 危うく殿下のペースに巻き込まれるところでした。


 これが王族のスキル『口車』か、危ない危ない。


 頼れるお兄様、ここは一つガツンと言ってやって下さいっ!


「戯れ? 戯れではないよ。僕はいつだってレディに対しては真摯なつもりだよ」


「ですが妹は、わたしたちは伯爵家。殿下とは身分が釣り合いません」


 お兄様も真剣な表情で殿下にそう迫られます。真剣なお兄様の表情、初めて見ますがこちらも大変素敵です。


 伯爵家は貴族の中でも決して低い身分ではないのですが、王家と肩を並べようとするのであればとてもではありませんが足りないというお話です。


 平民の私にはいまいちピンとはこないのですがそれが貴族の世界の常識みたいです。


「たしかに王政国家である以上、身分という序列は大切だよ。しかし、それに拘泥することは社会の硬直化を招くからね」


 よく分かりませんが殿下も負けてはいません。


 おっと、そうこうしているうちにお皿が空になってしまいました、ごちそうさま。


「そうです、午後の授業は準備をすることがあるのでしたっ!」


 私は何かを思い出したかのようにそう声を上げて立ち上がると、簡単にではありますが殿下たちにお暇の挨拶をしてバタバタと食堂を後にしました。


 本当に準備が必要だった訳ではなく方便だったのですが……。


 だって、周りの圧が凄いんですもの。


 ねぇ?


 正直、一刻も早くこの場から抜け出したかった訳なのです。


 しかし、そんな中で食べた食事の味でも美味しいものはやっぱり美味しかったです。

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