表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

机に相合傘を落書きする高嶺さんは、まさかそのペンが油性だとは夢にも思っていない

作者: 墨江夢

 放課後の生徒会室。俺・秦野幸(はたのこう)にとって、そこは校内で唯一の安らぎの場所だった。

 基本的に生徒会役員しか入室の許されないこの部屋は、校内屈指の静寂の地といえる。クラスメイトたちがバカ騒ぎする教室とは大違いだ。

 特にホームルームが終わった直後の時間はまだ誰も生徒会室に来ておらず、俺はこうして一人の時間を満喫することが出来る。


 生徒会役員の集合&会議の開始まで、まだ時間がある。日頃の経験則からすると、会議開始は30分後くらいだろう。

 折角の一人の時間を無駄にしたくなかったので、俺は長机に突っ伏して、うたた寝していた。


 季節は春。春眠暁を覚えずという言葉があるように、この時期は絶えず睡魔が襲い掛かってくる。

 夜もしっかり寝たというのに、なぜか授業中も眠くなってしまう。だけど授業中に居眠りをすると先生からガンッと机を蹴られたり、寝起き早々激ムズの問題を解かされたりするので、両目をガン開きして必死で眠気を抑えている。

 そのツケが、今回ってきたというわけだ。


 心地良い気温と日光が、安眠を更に加速させていく。今まさに落ちようかというタイミングで、生徒会室のドアが開いた。


 ガラッという引き戸の音で、俺の意識は現実に戻される。

 俺がそのままの体勢で、チラッと視線だけドアに向けると……同じく生徒会役員の高嶺風花(たかみねふうか)が室内に入ってきた。


 入室した高嶺は、キョロキョロと生徒会室の中を見回す。そして俺に話しかけてきた。


「相変わらず早いわね。まだ秦野くんしか来ていないの?」

「……」


 答えるのが面倒だったので、俺は狸寝入りをすることにした。


 寝ている人間を起こしてまで話しかけようとする程、高嶺は鬼じゃない。「何だ、寝ているの」と呟くと、生徒会室の椅子に腰を下ろした。


 ……椅子はいくつもあるし、席が決まっているわけでもないのに、なぜか俺の隣の席に。


 いやいや、何でそこに座るんだよ? いつも俺から一番遠い席に座ってんじゃん。

 そしてどうして俺をジーッと凝視してるんだよ。えっ、何? 俺の顔に何か付いてる?


 沈黙と視線に耐えられなくなり、俺が起きあがろうとすると――


「きちんと寝ているわよね? これで「実は起きてました」なんてことになったら、恥ずかしさのあまり彼を半殺しにしちゃうわよ?」

「……」


 半殺しにされたくないので、狸寝入りを継続することにした。


 俺が寝ていると確信した(実際は起きているのだが)高嶺は、これまで見たことないくらいだらしなくニヤニヤし始めた。


「いつも思っていたんだけど、秦野くんの寝顔って結構可愛いのよね。授業中に居眠りをしているところとか、つい見入っちゃうことがあるし。……写真に撮っても良いかしら?」


 誰に尋ねるわけでもなく、その為誰に許可を得るわけでもなく、高嶺はスマホで俺の寝顔を撮影する。

 おい、どこにいった肖像権。


 続けて立ち上がって、パシャリ。反対側からもパシャリ。様々な角度から、何枚も俺の写真を撮っていく。


「全然起きないわね。……こんなことしてみても、反応ないかしら?」


 そう言って、高嶺は俺の頬を人差し指で小突く。

 たまらず「んっ」と声を漏らすと、高嶺は俺以上にびっくりしていた。


「秦野くん? おーい、秦野くーん? ……良かった。起きてはいないみたいね」


 ホッと胸を撫で下ろす高嶺。残念ながら、さっきからずっと起きてます。


 高嶺の暴走は、まだまだ続く。

 高嶺は近くに置いてあったペンを手に取った。


 ペンが水性であることをきちんと確認してから、何やら机に落書きし始める。

 一体何を書いているのだろうか? 俺が片目を薄らと開けて、彼女の落書きを確認すると……そこには、いわゆる相合傘が描かれていた。


 相合傘の左側に書かれている名前は、当然高嶺本人の名前だ。では、右側は?

 そう難しい問いじゃない。予想通り、右側に書かれていたのは俺の名前だった。


 すぐ隣に俺がいるというのに相合傘を描くなんて、なんとも大胆というべきだろうか? それとも俺が寝ている隙を突いているところやすぐ消せるよう水性ペンを使っているところを踏まえると、意気地なしというべきだろうか?

 

 そんな風に考えているところで、俺はふとあることを思い出す。

 ……そういやそのペン、つい最近インクを補充したんだよなぁ。その時備品に水性のインクがなかったから、油性で代用したような。

 つまり高嶺の持つ水性と表記されているペンは、実は水拭きしても消えることのない油性だったのだ。


「フーン、フフフーン♪」


 手に持つペンを水性と疑わず、すぐに消せるだろうと思い、鼻歌混じりに落書きを続ける高嶺。

 流石に可哀想になってきた俺は、今起きた風に装いながら、さり気なく彼女の暴走を止めようと試みた。


「ふあーあ」

「!?」


 大あくびをしながら目を覚ました俺を見て、高嶺は慌てて近くにあったウェットティッシュでゴシゴシと机を拭く。……相合傘は、当然消えない。


「あれ!? 何で消せないの!?」


 だってそのペン、実は油性ですから。


 相合傘はバッチリ俺の両目に映っているわけだが、ここは見て見ぬフリをするのが優しさというものだろう。

 俺はわざとらしく、「どうかしたのか?」と高嶺に尋ねた。


「なっ、何でもないわよ。何でもないけど、取り敢えずちょっと離れてもらえるかしら?」

「いや、俺が先にこの席に座っていたんだが……」

「つべこべ言ってないで、離れなさいよ!」


 シッシッと、手で俺を追い払う高嶺。その時――生徒会室のドアが開き、生徒会長と副会長が入ってきた。


 二人きりならいざ知らず、この相合傘を第三者に見られるのは流石に恥ずかしい。

 バッと、俺と高嶺は咄嗟に相合傘を手で隠す。結果……二人の手が重なる形となり、その上退けることが出来なくなってしまった。


「お前、気付いていたんじゃねーか」という視線が、高嶺から向けられる。……今はそんなこと言っている場合じゃないだろ。


 それから間もなく生徒会役員が全員集合し、これまでで一番スリルのある会議が始まることとなった。





「それでは本日の定例会議を始めようと思う。のだが……お前たち、何をしているんだ?」


 二人で手を重ね合うという奇妙な行動をしている俺たちに、生徒会長が尋ねる。


「「すみません。ゴキブリがいたもので」」

「お前たち、よく素手で捕まえていられるな!?」


 本当にゴキブリだったら、一目散に逃げ出しているっての。

 しかしこれでゴキブリを逃さない為という口実が出来、違和感なく相合傘を隠すことが可能となった。


 俺たちの行動はさておき、この日もいつものように生徒会長の口から議題が発表される。


「今日の議題だが、最近校内の備品に落書きをする生徒が増えてきていることについてだ」

「落書きって、校長の銅像にちょび髭描いたりとかですか?」

「どこの小学校だ。……俺の聞いた話だと、何でも好きな相手が隣にいる状況で机の上に相合傘を描くと、その恋が叶うというものらしい。つまりは一種のおまじないや願掛けみたいなものだな」

「へー。なんていうか、随分とロマンチックな奴がいるものですね」


 会長と副会長の会話を聞きながら、俺は思う。なんてタイムリーな議題なんだ!

 そのロマンチックな奴、今俺の隣にいますよ!


「まあ高校生と恋愛は切っても切れない関係だし、神頼みしてでも恋を成就させたい気持ちはわからんでもないが……だからって、学校の備品に落書きしてはいけないだろ」

「シャーペンや水性ペンならまだしも、そういう奴に限って油性ペンで落書きするんですよね。……あっ。そこに置いているペンなんだけど、水性のインクがなかったから代わりに油性のインクを入れているんだ。気を付けてくれよ」

「……もっと早く言いなさいよ」

「ん? 何か言ったか、高嶺?」

「わかりました。ご忠告どうもと言ったんです」


 そんなこと言ってないだろ。恨み言全開だったじゃねーか。


 会議は小一時間で終わり、それから先は自由時間。下校するも良し、生徒会室に残るのも良し。

 いつもなら下校一択の俺なのだが、今日に限っては皆が帰るまでこの手を退かすことが出来ない為、渋々生徒会室に残ることにした。


「早く帰れよ」という俺と高嶺の思いが会長たちに通じることはなく、結局時刻は最終下校時間の七時になろうとしていた。


「それじゃあお前ら、戸締まりよろしくな。あと、ゴキブリも」

「「はーい」」


 生徒会のメンバーが全員下校したのを確認してから、俺たちはようやく手を机から離した。


「なんとか切り抜けられたな」

「えぇ。……と言いたいところだけど、私としては秦野くんに見られた時点でジ・エンドなのよね」

「そう言うわりに、えらく落ち着いているな」

「そりゃあこれだけ時間が経てばね。吹っ切れもするわよ」


 高嶺は机に描かれた相合傘を見つめる。


「除光液で、消せるかしら?」

「かもな」

「除光液で、なかったことに出来るかしら?」

「それは無理だろ。ていうか、俺が絶対させない」


 俺の返答を聞いた高嶺は、驚いたように目をパチクリさせていた。……まぁ、普通そういう反応になるよな。


「今のって、どういう意味?」

「言葉通りの意味だよ。……気になっている子に「好き」って言われて、なかったことにしたいわけないだろ」


 机の上のさっきまで俺が突っ伏していた場所に、シャーペンで薄く描かれた相合傘。そこには勿論、俺の高嶺の名前が書かれていた。


「それじゃあ、帰るとするか」

「えぇ。出来れば、二人一緒に」

「それはこっちからも是非お願いしたい。……って、あれ? 雨が降ってきてないか?」

「今日は夜から雨が降るって言っていたからね」


 マジか。天気予報見てなかったから、全然知らなかった。


「もしかして、傘持ってないの?」

「恥ずかしながら」

「本当よ。私のかっ、彼氏なんだから、しっかりして欲しいわ。……しょうがないから、私の傘に入れてあげるけど?」


 子供じみたおまじないも、案外バカにならないのかもしれないな。俺たちはその日、二人仲良く相合傘をして下校したのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ