第35話
俺と音緒さんの距離は離れすぎている!大声で叫んだ時にはもう音緒さんから数メートルの位置に異形は到着している。間に合わないっ!
だが音緒さんは気が付いていたのかショットガン・黒改を異形に向かって構えている。俺も何かあった時のために全力で縮地を使い黒改の射線から外れるように音緒さんの元に向かう。
「大丈夫ですっ!」
異形と音緒さんの距離が2メートル程になった時、異形の心臓部からワームが飛び出し、同時にショットガン・黒改のトリガーが引かれる。
タンッと軽い音が洞窟内に響き、飛びだしていたワームと異形はばら撒かれた弾丸を身体中に受け吹っ飛ばされる。身体を形作っていたワームも飛び散ってぐちゃぐちゃと地面に落ちていく。異形が倒れた瞬間に俺が音緒さんの元にたどり着いた。
「……ごめんなさい……」
ポツリと呟く音緒さんの表情は見えなかったが、黒改で追い撃ちをかけるように2発目の弾丸を倒れている異形に撃ちこんだ。
少し心配になって音緒さんを見るが、大丈夫そうだ。たぶん〝集中〟を発動しているのだろう。しっかりと前を見据えて黒改を構えている。
黒改の弾丸を至近距離で受けた異形の胸にはぽっかりと穴が空いているが、すぐにワームが胸の穴を塞ごうとしてくる。俺は極黒に纏わせている炎を異形に飛ばし焼いていく。これなら再生はできないだろう。
念のため周囲を探ってみるが、他の異形は黒炎で消滅、他の異形は心臓部を破壊されたと同時に炎に焼かれて消滅している。
たぶんだが、ワームにも入っているであろう黒い岩を新しい心臓部の代わりとして代用することで異形が動いていたんじゃないかと思う。
「ごめん。ちょっと油断していた。まさか心臓部を破壊しても再生するとは……大丈夫だった?」
俺が聞くと音緒さんはちょっと沈んだ表情で「大丈夫」と答えてくれた。ほっとしながら周囲のワームを片づけつつこの空間からの出口を探していく。
必ずどこかに領域結界のコアがあるはずだ。それもちゃんと人が行けるところに。
黙々と作業を続けながらこの空間にいるワームを全て倒した時、俺達が入ってきた通路から一番遠い位置の岩陰に隠されるように一つだけ通路を見つけることができた。
「やっと見つけた……音緒さん!見つけたよ。」
俺が呟きながら音緒さんを呼ぶと、音緒さんが棒を抱えてこっちに走ってくる。
よく見ると、それは木刀。ところどころ黒く変色し折れてはいるが……。
俺は無言で暗視メガネを外し、鑑定メガネをかける。
「鑑定……」
折れた木刀+1
やっぱりか……これは、音緒さんが強化した木刀。たぶん、上田班の誰かが使っていたものだろう。悲しそうな顔で俯く音緒さんの頭をなでると俺は木刀を受け取る。
「これは、持って帰ろう。ちゃんと弔ってあげないとね」
無言で頷く音緒さん。俺にとってはそこまで面識があるわけでもなく、反発しているだけの厄介な連中というイメージしかないが、一月以上交流がある音緒さんにとってはちゃんとした〝仲間〟だったのだろう。
「何でこんなことになっちゃったんですかね……。ごめんなさい……頭がぐちゃぐちゃで……。何か、変なんです。上田さんは、ちょっと意固地なところはありましたけど、もっとこう、何と言っていいかわかりませんが斑鳩さんと同じで強さを求めているというか、表立って反発するような人じゃなかったような気がするんです。ラプさんが説得していたのに……」
ん?ラプが説得?俺はその話も聞いていないな。俺の中で違和感が大きくなる。
この洞窟のこともそうだ。確かに周りには穴があったビルしか無事な建物はなかった。だからビルに上田班が来た。そしてどんな理由かわからないが、穴に入った。そして異形になった……。
だが、俺は誰からもここのビルのことは聞いていない。音緒さんの話だとラプに教えてもらったということだが……まさか、この穴のことはラプしか知らない?もしくは、ラプと上田班だけ……。
「あいつ、やってくれたな……。思考誘導か……」
たぶんこうだ。
音緒さんが言うラプが上田班を説得していたという話。これは思考誘導で上田班の俺に対しての反発心を煽っていたんだろう。俺を陥れるためにこの〝穴〟に誘導することが目的か。
音緒さんも思考誘導がかかっていたのだろう。このタイミングなのは、音緒さんのレベルが10になったためだ。これ以上俺とレベル上げをされると音緒さんのレベルが11になり、思考誘導が効かなくなる。
上田班は俺の足を引っ張るため、あわよくば異形として敵対する事まで考えていたかもしれない。音緒さんは、俺をここまで誘導する役割か……。領域結界を探しているのを上手くラプに使われたか。
「〝思考誘導〟……ってどう言うことですか?」
音緒さんが不思議そうに俺にたずねてくる。まさか……。
「ラプのスキルなんだが、まさか、知らない?」
「え?ラプさんのスキルは〝解析〟だけだと思います」
そこからか……。俺が会議室に乗りこんだ時、ラプはコアに対して普通に解析を使っていた。そして俺に反発する人間に思考誘導を使って都合よく話が纏まるようにしてくれていたからその場で追求しなかったが……俺に都合がよかったことと、人前で解析を使ったことでスキルはみんな知っているものとばかり思っていた。
「音緒さん、たぶんだけど、レベル上がった?」
「はい」
音緒さんが不思議に思いだしたのは思考誘導の効果が切れたからか。これは、言ったほうがいいのだろうか?
「たぶん、ラプに嵌められたんだと思う。ラプのスキルは〝解析〟と……〝思考誘導〟だ。自分のレベル未満の人間の思考を文字通り誘導する。まさかここまで凶悪なものだとは思わなかったが。……音緒さんも思考誘導にかかっていたと思う」
絶句する音緒さんになるべくわかりやすく説明をする。
「そんな……だから……」
俺が話し終わると思い当たる節があったのか、音緒さんは時間をかけてゆっくりと自分の行動を口に出して考え始める。
――扇コミュニティで音緒さんがバリケードの強化をしている俺のところに来たのは同じような強化系スキルだから勉強のため。
――上田班の探索に着いてきたのもその一環。
――行くところに迷ったらこの〝穴〟を提案するように。
全てラプが言っていたそうだ。そして音緒さんは毎日、俺の作業状況などを報告するように言われていた。ラプにとって想定外だったのは音緒さんのレベル上げを俺が行っていたことだろう。
そして戦闘班のレベル上げも行うと俺が言っていたため、全ての思考誘導の効果がなくなる前に上田班を使って行動に移した。ラプの駒がなくなってしまう前に。
ラプは、何かをしようとしている。音緒さんなら何か知っていないだろうか?
「音緒さんは、ラプが何をしているか知っている?何か変わったものを強化したり頼まれたりしたことがない?」
考えている音緒さんに、考えを中断させるのはちょっと悪いかなと思いつつも聞いてみる。
「変わったものですか?……そう言えば、試しにやってほしいと言われたのが石です。私のスキルは強化するだけなのでその石が何かはわかりませんでしたが。後はアイテムボックスができないかと言われましたけど、私にはできませんでした」
おずおずと答えてくれる音緒さんの言葉に嫌な予感が身体中を駆け抜ける。
石。ちょうどさっき、石を見たんだよな。異形の胸部に埋まっている石。
まさか、ゾンビにも同じような石が心臓部にあると仮定すると、取りだした石で何かしようとしているのか?あくまでも推測でしかないが。それに、ゾンビを倒すとシミを残して消えてしまう。取りだすにはゾンビが存在する時に、動ける状態で取りだすしかない。