第31話
ゾンビを薙ぎ払いながら夜の大通りを走っていく。何処まで進んでもゾンビゾンビゾンビ。途切れることなく四方八方からゾンビが群がってくる。
常にどこかでゾンビの叫ぶ声が聞こえてくる。途切れないゾンビの声に、是が非でも俺達を逃がさぬようにこの新しい世界が仕組んでいるのかとさえ感じられる。
「久我さんっ!そこ右ですっ!」
前は俺がゾンビを倒していき、後ろから音緒さんが道案内をしていく。不意打ちを受けないように道路の真ん中を通りながらスピードを落とさず曲がっていく。
割れたアスファルトや倒れている電柱を避けながら音緒さんが示す方向へ走っていく。HP回復薬が効いているのか音緒さんは息を切らしながらも必死についてきている。
大通りから一車線しかない小さい道に入ったところでだんだんゾンビの数が減ってくる。減ってくるといっても常にゾンビは周りにいるので走って逃げきるにはまだまだ走り続けるしかない。
そうしているうちに視界の先に崩れていない一棟の雑居ビルが見えてくる。
「あのビルですっ!」
「了解っ!」
雑居ビルまでは100メートル程。見た目はガラスが割れて、壁も剥がれているところはあるが建物としてはまだ使えそうなビルだ。
だが大量のゾンビが押しかけてきたら……このビルが倒壊しないなんて事はあるのだろうか?
ビルが崩れて生き埋めなんて事になったら洒落にならない。
そう考えているうちにビルにたどり着くが、領域結界のアナウンスはない。……本当にここに何かあるのか?
俺がたどり着いてからすぐに音緒さんもビルに到着する。ゾンビが追ってきているので、考えている暇はないのだが……。
「本当にここなの?」
「……たぶん……目につく無事な建物はここしかないので、ここだと思います」
音緒さんも自信なさげに息を切らせながらビルを見ている。確かに周辺には無事な建物はなかった……正直今の状況でビルの中に入るのは避けたいところだが……。
「わ、私が中を見てきます。久我さんはその間、ゾンビをお願いできますか……」
俺が入るのを躊躇しているのがわかったのか音緒さんがそう言ってビルの中に入ろうとする。ここまで案内した責任って感じだろうか?
「わかった。穴があるにしてもないにしてもここに留まるしかないからその間俺がゾンビを引きつけるよ」
俺は音緒さんの言葉に頷くと追ってくるゾンビを見る。周辺にもゾンビがいたのか左右からも数体のゾンビが迫ってくるのが見える。
「な、なるべく早く確認してきますので少しだけお願いします」
ぺこりと俺に頭を下げると開きっぱなしになっている正面玄関から音緒さんがビルに飛びこんでいく。
さて、ビルに入らせない、近寄らせないにはどうすればいいか?ビルの壁際にいればビルの周囲を十分俺の魔力でカバーできる範囲ではあるが、裏手から来られると針で対処するしかないが数が問題だ。
いっそのこと幻想拡張でビルごと強化してしまえばいいが、それには時間がかかりすぎる。ゾンビが上手く周りこんで俺だけを狙ってくれればいいのだけど。
「空気」
圧縮した空気を瓦礫の中心部で破裂させる。
弾かれた瓦礫は弾丸の様なスピードでゾンビに襲いかかる。
横からの攻撃を受けたゾンビはなす術もなく瓦礫に頭を潰され、手足をもぎ取られ、身体中に破片を突き刺しながら吹っ飛ばされていく。
「さらに針」
散らばった破片を針の様に変化させ、その上を歩いてくるゾンビに突き刺さっていく。これで多少は動きが鈍る。
だが押しのける様に次から次にゾンビが迫ってくる中でビルに到達させずに時間を稼ぐのは難しい。何かいい方法はないか?
「針で地面を隆起させることができるなら逆に陥没させることもできる、か……?」
思い浮かんだのは穴を掘ってそこにゾンビを落とす。昔動画などで見たことがある雪山にあるクレパス。範囲は……俺の魔力が広がる半径50メートルギリギリに円を書くように。
ステータス画面を確認しMPが心もとないのを確認しMP回復薬を一気に飲み干す。
「奈落」
魔力が広がっているギリギリの地点に深い穴を創造する。覗いても下が見えない暗くて深い地面の裂け目。人では到底這い上がってくることはできない、下があるとは思えないほどの深い穴。
完成は瞬きをするほどの時間だった。
道路を横断するようにアスファルトが裂けるとそこに1メートル程の亀裂ができる。穴の真上にいたゾンビ、建物の瓦礫が音を立てて裂け目に落ちていく。
土埃が広がっていく中でビルを囲む様に亀裂が広がり亀裂の結界が出来上がる。
次々とゾンビが亀裂に落ちていく。多少の判断力はあるのか落ちる前に足を止める仕草を見せるゾンビもいるが、背後から押されて呆気なく落ちていった。
「これは……結構えぐい光景だな……だけどこれで時間は稼げる」
ただ、このまま亀裂を継続するにはMPを消費する。重力と同じだ。ほとんど継続しない針はMPの消費は少ないが、その状態を継続させる重力や奈落は継続している間はMPが減っていく。
バリケードのように固定させたいのだが、まだ距離が離れているものだと上手くいかない。俺の感覚によるものなのか道路という広大に広がっていることが理由なのかはわからないが……。
魔力を広げた俺の感知範囲内ではビルの左右や後ろからも少ない数だがゾンビが集まっている。それも亀裂に落ちるか亀裂の周りをウロウロしていてビルには近寄れない。
「久我さんっ!ありましたっ!」
ビルの入り口から音緒さんが声をかけてくる。広いビルじゃなかったが意外と早く見つかって、いや、穴自体があってよかった。
「わかった!すぐ行く!」
奈落を継続するかどうか迷ったが、どうせ魔力の範囲外になれば数秒で亀裂は閉じてしまう。ビルに入れば範囲が変わるので亀裂は閉じる。解除してMPを節約したほうが良いだろう。
俺は奈落を解除すると踵を返し、ビルの入り口でこちらを除いている音緒さんのところに向かう。
「ついてきてくださいっ!」
ビルの中は荒れ果てた廃墟のようになっていた。天井の一部は崩れ大きく穴が空き、そこら中に備品が転がっている。入ってすぐに階段があるが登らずに奥へと進んでいく。
やはり〝領域結界〟関連は地下にあるのが定番なんだろうか?
音緒さんに続いていくと外のゾンビの声が大きく聞こえる。奈落が閉じてゾンビが迫ってきている。俺はゾンビよりもこの崩れそうなビルに不安を感じながら一枚の扉に辿り着く。
「この中です!領域結界の話は聞いていたので一階から探してみました。中は機械?が沢山あるところです」
扉を見るとプレートがついていたと思われる部分が四角く綺麗に残っている。地震でプレートが剥がれ落ちたのだろう。一瞬、この世界が始まった職場の地下を思いだしてぞっとする感覚が走るが、あの時よりも感知能力が格段に上がっている。心配する必要はない。
俺はすぐに飾り気のない、少し重い扉を開けて警戒しながら中に入る。音緒さんも俺に続いて中に入り扉を閉める。するとすぐに穴が見えた。
ここは機械室なのだろう。ボイラーだと思われるものや何かわからない機械が崩れて広がっている。部屋の大きさとしては10畳ぐらいだろうか。そこまで広いわけではない部屋にパイプなどが転がり歩きにくい。
――穴
扉から見て右端の方向に直径2メートルほどの黒くて丸い〝穴〟のようなものが壁に空いている。暗視メガネ越しに見ても黒くて中がどうなっているかが見えない。ただただ黒いだけの機械室にひときわ目立つ異質な雰囲気を出している穴。
これに……入るの……!?