第30話
屋上から飛び出した俺にふわりとした一瞬の浮遊感から重力に引っ張られて身体が三階から落ちていく。
視界は一面に広がる夜空からコンクリートで固められた駐車場の地面へ変わる。
「金剛っ……」
その中で斑鳩くんが使っていたスキルを使い身体を強化する。
斑鳩くんは屋上から敷地の端までジャンプして降りてきたが、音緒さんを抱えている俺はそこまで届かないかもしれない。
地面がだんだん近づいていく中でしっかりと音緒さんを抱きしめる。バランスを崩さないだけで精いっぱいだ。
一瞬で地面に俺の両足が着地する。
両足に俺と音緒さん二人分の重量がかかり、コンクリートにヒビが入り砕いていく。同時に両足にビリビリとした痺れが走り、それが全身に伝わっていく。
「ぐっ……!?」
たぶん数秒、必死に衝撃に耐えた俺は崩れ落ちそうになる身体をできる限りゆっくりと前面に倒しながら音緒さんを地面に降ろす。身体が痺れて上手く動かない。
身体が固まったように微動だにしなかった音緒さんが地面に降ろされるのと同時につぶっていた目を開けて周りを見渡している。俺も周りを確認するがまだ敷地内の中ほど、建物に向かっていたゾンビ達が一斉に俺達の方を見る。
「ああ゛~あぁ~……」
俺達を確認したゾンビの大群が一斉に声を上げる。夜のショッピングモールにゾンビの不気味な叫び声の大合唱が広がっていく。
どれだけの数がいるのだろうか?後ろを振り向き見た限りだとショッピングモールがゾンビで隠れるほどだ。
ゾンビの大合唱にビクリと音緒さんが震えると気がついたように俺を見る。俺は動こうとするが身体が震えて動くことができない。これは、不味い。
「っ重力……」
何とか絞りだすように声を出し魔法を使うと、俺の半径1メートル程を除いて周囲のゾンビ達にのしかかる様に重力がかかり動きを鈍くさせる。今のところはこれが限界だ。
ガリガリと魔力が削られていく中で音緒さんに声をかける。
「HP回復薬を……」
アイテムボックスから出そうと思ったが腕に痛みが走り、上手く動かせない。
俺の声を聞いた音緒さんがはっとした表情になると両手で握りしめていた回復薬の蓋を開けると差し出してくる。音緒さんも相当怖かったのか手がぶるぶると震えている。
開けてくれた瓶を何とか口でくわえこむと顔を上に向けて一気に中の液体を飲み干す。全身に一瞬だけ強い痺れるような感覚が走ると両腕の痛みが引き、身体が動くようになる。
すかさずアイテムボックスから極黒を取り出すと魔力を流し、片腕で音緒さんを抱きしめると回転するように極黒を振り回す。
重力で動きが鈍くなっていた周囲のゾンビが一刀で上半身が両断され、俺達のいるところだけ円形にスペースができる。
「このまま敷地外に出よう。数が多すぎる!」
抱きしめたままの音緒さんの顔を見ると口を開けたまま固まっている。音緒さんがこのままだと戦えないっ!
音緒さんを片手で持ちあげると左手だけで抱っこするように位置を調整する。
すぐに建物側から切断されたゾンビを乗り越え大群が押し寄せてくる。
敷地外は建物に向かってくるゾンビはいるがまだそっちの方がゾンビの数は圧倒的に少ない。コミュニティ方面とは逆だがこのまま進むしかない。
極黒の魔力の刃を維持したまま音緒さんを抱えたまま敷地内を走りだす。進路をふさいでくるゾンビは極黒で斬り捨てる。だが斬っても斬っても周りから集まってくるのできりがない。
ゾンビはゲームや映画と違って走ることはない。だが立ちふさがるゾンビの相手をしていると一度引き離してもじわじわとショッピングモールから俺達にターゲットを変えたゾンビ達は追いついてくる。
片手は音緒さんで塞がっているので極黒の斬れ味に頼って迫りくるゾンビをガンガン斬っていく。追いつかれそうになれば回転して前後左右のゾンビを斬り裂いてスペースを作っているので音緒さんを振り回していると思う。
一瞬無双ゲームをやっているような感覚になりながら、何とか視界がひらけショッピングモールの敷地内から脱出する。
「く、久我さん!……もう大丈夫です。降ろしてくださぃ……」
敷地から出たところで音緒さんが再起動する。暗闇で暗視メガネ越しなのでよくわからないが、かなり顔が赤くなっているように見えるが、仕方ないこととはいえ振り回しすぎたか。
「了解!前と横のゾンビは俺がやる。後ろから追いついてきたやつを頼む。MPがなくなりそうになったら早めに飲んでおいて」
俺は音緒さんを下すと二本目の短剣・極黒とMP回復薬を二本取りだす。MP回復薬の一本を音緒さんに渡すと、極黒を構える。久々の短剣二刀流だ。
「わかりましたっ!」
俺は魔力を極黒に流す。さらに周囲に魔力を広げていく。
「針」
半径50メートルの範囲内にいるゾンビ、主に前方にいるゾンビ達をアスファルトの針が下から貫く。全部は心臓部に当たっていない、だがこれで十分だ。
俺は走り出すとまだ針に刺さったままのゾンビごと極黒を振り回し斬り裂いていく。
チラリと後ろを見ると少し遅れて音緒さんも走ってくる。丁度いい間隔だ。
音緒さんも走りながら一番近くにいるゾンビにハンドガンを撃っていく。
これなら大丈夫。やれる。
自由に動けるようになった解放感からか一気に身体の内側から高揚感が湧いてくる。
「空気」
前方に纏って歩いてくるゾンビに圧縮させた空気を破裂させ吹き飛ばす。中心部から円状にゾンビが飛んでいき道が開ける。
空気で空けたスペースに突っ込んでいきながら左右で蠢いているゾンビを斬り裂いていく。
俺達はそこから駆け抜けると細い路地に入り込むことができた。
スナイパーライフル・黒葬を取り出すと一回、二回とトリガーを引き、最前列のゾンビは上半身が吹っ飛び、二列目以降のゾンビは体勢を崩しながらも迫ってくる。運良く心臓部に当たったゾンビはそのまま崩れ落ちていく。
残ったゾンビは走り抜けながら斬り捨てる。
「久我さんっ……行く当てはあるんですかっ……」
「いや、ないっ!ただ立ち止まると囲まれて詰むだけだからできる限り離れる!これだけ集まってるなら何処かゾンビがいない場所があるはず!」
走りながら答えると、沈黙が走る。昼間からずっと行動しているから音緒さんの疲労は濃い。早めに休ませてあげたいが今は無理だ。
「これ飲んでおいてっ!」
HP回復薬を音緒さんに二つ渡しておく。肉体が再生したり傷が治るぐらいだから疲労にも効くはずだ。これでまだ戦えるだろう。
細い道を通り大通りに突き当たる。背後からはゾンビの大群が道幅ギリギリまで広がり追ってくる。
大通りに飛び出すとそこにもどこを見てもゾンビが俺たちを見ながら向かってくる。
敷地内よりはゾンビの数は少ないが、ショッピングモールから追ってくるゾンビはもちろん、前も横も何処かに必ず多くのゾンビの視線がある。
これだけのゾンビがいると隙を見つけてどこかの建物に入ることもできない。
「……もしかしたらですけど、ゾンビから逃げられる場所があるかもしれませんっ」
HP回復薬を飲んだ音緒さんがゾンビを撃ち抜きながら話し始める。
「上田さん達が探索予定だったショッピングモールから東の方向ですけど、前に四番隊が不自然な穴を見つけたってラプさんが言ってました。もしかしたらですけど、領域結界じゃないかと思うんですっ」
ゾンビを二匹纏めて切り裂きながら考える。その話は初耳だ。ラプはそんなこと言ってなかった。
「場所はわかるっ?」
「はいっ!……行ってみますかっ?」
そう言われると、確認したいと思う反面、疑問が出てくる。俺が領域結界を探しているのは全員が知っている。もちろんラプもだ。
四番隊って事は俺が神奈川に来る前のことだと思うが……何故俺に言わなかった?
だが結界内に入り込めればゾンビの大群から一時的に避難できるかもしれない。
「行こうっ!案内してくれっ!」