第28話
ゆっくりと繭に近づきながら魔力を広げて周囲の状況を確認する。音緒さんは……扉の内側に入ったところで立ち止まっている。繭は……反応はほぼゾンビと変わらない。
ただただ赤い肉と白い筋が不気味に蠢いているだけだ。
俺は極黒に魔力を流す。今のままだと繭まで届かない。手摺りギリギリのところまで歩みを進めると極黒に流れている魔力をブレード状に伸ばし魔力の刃を作りだす。
少し位置を調整しながら天井から繋がっている白い筋を切断しない様に繭の真ん中を切断するように極黒を振り上げ、上段から振り降ろす!
極黒から延長されている魔力の刃が軽い手ごたえと共に繭を一刀両断に切断する。俺はすぐに下がるとハンドガンを構え直し繭を見つめる。
手ごたえはあった。ただゾンビを倒したような固いものを壊したような感覚はなかったことを考えると、まだ何かあるかもしれない。
音緒さんをちらりと見るとハンドガンを構えたまま繭を凝視している。
繭はぐちゃりと音を立て、赤黒い粘着質な液体が糸を引きながら綺麗に真っ二つに裂けていく。天井から繋がっている筋には当たっていないので、まるで久寿玉を割るように繭が両側に離れていく。
その時、繭の中からべちゃりと音を立ててエスカレーターに二つの物体が落下した。
エスカレーターに何かの物体が落ちると鈍い音を立てて下階に転がっていく音がする。ただある程度柔らかいものなのか音は大きくない。
「……見た?」
「……見えちゃいました」
繭が左右に分かれて中に入っていただろう液体をたれ流しながらプラプラしているのを警戒しつつ、音緒さんに問いかけると固い声で返事が返ってくる。
一瞬、気を抜きかけた時、俺の頭の中にガンガンと警戒音と共に焦りが生まれる。
集中した時のスローモーションのような視界の中、ゆっくり揺れている繭が膨張していく。
——爆発するっ!
不味いっ!出入り口には音緒さんが塞ぐようにハンドガンを構えて立っている。そして周囲はガラス張り、逃げるところがない!
俺だけなら回避することもできるかもしれないが音緒さんは難しい。
そう瞬時に判断すると咄嗟に背後の音緒さんに飛びつく。
間に合うかっ!?
「針っ……!」
音緒さんを抱き抱えた時にビックリするような表情が見えたが今は気にしてられない!
音緒さんの頭を抱えて俺もできる限り頭を低くする。同時に俺と繭の対角線上にありったけの針を出現させる。
「くっ……!」
瞬間、破裂音と共に針にびちゃびちゃと音を立てて破裂した繭が降りかかっていく。完全に隙間を塞げてはいなかったのか背中に二度、三度と肉塊の欠片が衝撃と共に当たる感触がする。
一瞬で破裂が終わると、俺はそのまま周囲を見渡す。音の割にはそれほど威力が出なかったようで周囲にあるガラスには肉片や液体が張り付いてはいるが割れたりヒビが入った様子はなさそうだ。
どこの猟奇殺人現場かと思うような凄惨な光景が目に飛びこんでくる。
衝撃を与えると爆発するタイプのヤツだったか……。しかも中にあれが入っているというハイブリットの。
俺は立ち上がると自分の身体も確認してみるが、背中に痛みはなく、問題なさそうだ。ただ、背中には肉片がこびりついているような重さはある。俺が立ち上がると背中に着いていた肉片がぐちゃりと落ちていく。……後は、音緒さんは無事か?
足元に座りこんでいる音緒さんを見ると、俯いた状態で動かない。欠片は当たっていなさそうだけど、飛びついた時にどこか打ったりしたか?
念のためアイテムボックスからHP回復薬と解毒薬を取りだすとしゃがんで音緒さんに話しかける。
「ごめん。とっさの事だったから飛びついてしまったけど、どこか痛むところはない?」
話しかけてみるが反応が無い。少し待っていると、ゆっくりと顔を上げながら顔を赤くして俺の顔を見た瞬間にまた俯いてしまう。
不味いな。音緒さんの反応が薄い。確かに今の不意打ちとも呼べる爆発は精神的なショックは大きいかもしれない。今の破裂音は確実に館内に響いたはずだ。そのうちゾンビがやってきてもおかしくない。この状態で戦えるのか……。
一度音緒さんから俺は離れると、飛びついた拍子に手放してしまった音緒さんのハンドガンを取りに行く。ハンドガンを取りに行って戻った時には周囲に飛び散った繭の欠片は赤黒いシミを残して溶けるように消えていく。
念のため解毒薬を飲んで周囲を警戒する。ゾンビが来るギリギリまで音緒さんの様子を見よう。
確認のためエスカレーターを覗いてみると、そこに転がっていたのは綺麗に真っ二つに切断されているゾンビ。ただ、成型が不十分なのか手足が短い。
俺が見ているとその不格好なゾンビも徐々に溶けるようにシミに変わっていく。
これでわかった。ゾンビを作っているのは繭。洋服を着ていないことからこの繭で作られているゾンビが元になるのだろう。ただこの10日ほどで繭ができる仕組みはわからない。
たぶんこのショッピングモールにゾンビが多いのはこの繭が他にもできていると思う。一つだけってことはないだろう。
できることなら全て破壊したいところだが……音緒さんが立ち直るまでは難しい。それと今ある繭を破壊したとしても、他でも作られるようならここで破壊したとしても一時凌ぎにしかならない。
下の階を見ていると、徐々に館内にいたであろうゾンビが集まってきているのが見える。
もう少しで日も落ちてしまう。どうするか……館内のゾンビを全て倒してここで夜を明かすか、それともショッピングモールを離れて別な場所を探す……余裕なんてないか。
いや、ここはガラス張りの塔屋で屋上の駐車場に出る出入り口は一つ、三階から上がってこれる通路はエスカレーターのみ。ならエスカレーターを破壊してここで夜が明けるまで籠城するってのもありか。幸いなことにガラスは繭の破裂のおかげで赤黒いシミがあるから外からも中が見えにくい。
そうこう考えているうちに一体のゾンビがエスカレーターを歩いて登ってくるのが見える。まずはここをキープしたほうがいいか。
エスカレーターを登ってくるゾンビに向かって黒蓮のトリガーを引く。
心臓部を貫通されたゾンビはエスカレーターを転がり途中で引っ掛かり動かなくなる。
すぐに極黒に魔力を流しエスカレーターを斬ってみる。軽い手応えと共にエスカレーターを両断できたが、切れ味が良すぎて崩れていかない。
鉄なども簡単に切断できることに自分自身若干ビビりながらもう二、三回斬りつけるとエスカレーターが音を立てて途中から崩れていく。
館内に響き渡る音が鳴ってしまったがこれでゾンビは館内から俺達のところに来る事はできなくなった。
「これで当面は大丈夫か」
振り返って後ろを見るとエスカレーターが崩れる音で正気に戻ったのか音緒さんが瞬きをしながら俺を見ていたが、目があった途端に目を逸らされる。
地味に傷つくな……。そんなに嫌だったか。俺すっごく嫌われてた?音緒さんは中学生だから難しい年頃だし、ちょっとは仲良くなれたと思っていたが振り出しに戻ったっぽい……。
俺はできる限り冷静を装って音緒さんに話しかける。
「大丈夫そう?今日はここに立て篭もろうと思うんだけど良いかな?」
「……は、はいっ!だ、大丈夫ですぅ……」
びくりと身体を震わせながら目を逸らして音緒さんが答えてくれる。答えてくれるが……目を合わせるのは無理っぽい。
心にダメージを負いながら一晩過ごせるようにソファを二つと毛布を出して、不自然にならないようにソファの位置に悩む。
これが難しい。近すぎたらおっさんキモいと思われそうだし、離れすぎても何かあった時に対応しにくい。
結果、中央のエスカレーターとガラス張りの壁の真ん中の位置に縦にソファを配置する。
世の中のお父さんは年頃の娘とどうやって接しているんだろうとどうでも良いことを考えながらソファに座り込んだ。