第27話
植木の陰から駐車場を見ると目につくゾンビは6体いる。念のため魔力を広げて確認するが感知できる範囲内の車両の陰などにはゾンビはいない。
だが……意外と多いな……。10日程度で今までゾンビがいなかったショッピングモールという場所にゾンビが集まるものなのか?
神奈川県は、俺の知る限りだとコアを破壊していない。
神奈川にいくつコアがあるか知らないが破壊していない、俺がコントロールを奪っていないからゾンビが減っていないのはわかるが、視界に入らない場所や入り口のガラスが壊されていることを考えると館内にも入り込んでいると思う。
ゾンビが多くなる理由としては、領域結界を除くと――戦闘があった時、か……。
初めて元紅葉コミュニティの畑くんたちと会ったのはスーパーだった。その時もスーパーの中にはゾンビはおらず、入り口前で喧嘩していた声にゾンビが引き寄せられていた。
「音緒さん。ここで戦闘があったか、もしくは誰かが逃げ込んだかもしれない」
俺が話しかけると驚いたように音緒さんが俺の方を向く。
「本当ですか!?それなら上田さんたちがいる可能性がありますか?」
「ああ、上田班がいるかはわからないが、ゾンビがここまで集まっているのは不自然だ。それにゾンビがいるならまだ異形は出現していないはず。特殊な個体がいなければって話にはなるけどね。もう脱出している可能性もあるけど探してみる価値はあると思う」
俺の話に音緒さんが少しうれしそうな顔をする。
だがどうするか……誰かが避難しているならゾンビを全て駆除しながら行くか?ただ仲間を呼ばれるのはめんどくさい。だったら、侵入ルート上のゾンビだけを倒していくか。
前にここに潜入した時のように屋上から入っていくのが見つかりにくいかもしれない。
少し影になってて見にくいが、ゾンビから離れたところに屋上に続く通路がある。そこを登って行こう。
「音緒さん。あそこから屋上に登って行こう。屋上の塔屋がガラス張りになってるからそこからなら中の様子を見ることができる」
俺達は放置車両の陰に隠れながら駐車場を横切っていき、ショッピングモールの外壁に辿り着く。
そこから一旦魔力を伸ばしゾンビの位置を把握する。すぐ近くにはゾンビの気配無し。
後ろを振り向き指で屋上に続く通路を指差して音緒さんに合図する。頷く音緒さんと共に通路を登って行く。
前に登った通路よりも道幅が狭く車線が一つしかない。地面の表示を見ると下り専用と書いてあった。通路をジグザグに登って行くとすぐに屋上に到着する。
西日が当たって確認しづらいが壁から屋上の様子を覗いてみると、屋上にはゾンビは見当たらない。ゾンビがいないなら大きめの車の中で一夜を明かすのも良いかもしれない。ショッピングモールの中に入るよりは安全か?
「久我さんっ!あ、あれは……何ですか!?」
ゆっくりと日が落ちていくのを眺めながらそんな事を考えていると音緒さんの焦ったような声が聞こえてくる。
振り向いて音緒さんを見ると一点を凝視して固まっている。
俺もちょっと焦りながら音緒さんの見ている方に視線を送ると、ガラス張りの塔屋、その中に見えるもの
——肉の塊のような物体が天井からぶら下がっていた。
「何だ……?これ?」
ガラス張りの塔屋から見えるのは、肉の塊。見た目は暗いピンク色でところどころ白い線が入っている。理科室の人体模型を丸くして色を生々しい肉の色にしたようなものが白い筋で繋がって垂れ下がっている。
光が当たることでこちら側は影になっていて少し見にくいのもあり、今のところはグロさを感じることはないが……近づけばその気色悪さが浮き彫りになるだろう。
この数日間の間に何があったのか……ただ、放置してはいけないものだということは俺も音緒さんも感じている。
ゾンビが集まっている理由……これか!?
「久我さんっ……あれは……壊したほうが、いいと思いますよね……?」
「ああ……壊したほうが良いだろうね。俺もあんなものは見たことがない」
二人で茫然とその塊を見ていると、日に当たった反射か、揺れでもしたのか肉塊が蠢いているように見える。
「……あれ、動いてませんか!?……もう、ここから銃で撃ちぬいたほうがいいですっ!」
肉塊の気持ち悪さに音緒さんがちょっと混乱したように取り乱す。ものすごく気持ち悪そうに肉塊を見て足も震えている。
「撃ち抜くのはいいけど……ガラスの向こう側なんだよね……。針でいけるか?」
針は使い勝手はいいが、ピンポイントで貫かないといけないのであまり大きいものには向いていない。肉塊は直径二メートル程で、弱点はたぶん中心部だとは思うけど……。
いや、針十本ぐらいを中心部から円形になるように出せば一本ぐらいは当たるか?
だが位置が悪い。肉塊はエスカレーターの真上。床から距離がある。筋が張り付いているのはガラスの天井。
針で天井を変化させたら肉塊が落ちる。エスカレーターや壁を変化させるのも壁からは距離があり、エスカレーターはバランスが悪くそこまでコントロールできない。
「ここからじゃちょっと難しい。近くに行って何とかしよう。音緒さんも武器の準備をしておいて」
「ち、近づくんですか!?……わ、わかりました。準備だけしておきます」
俺の言葉に顔色を変えて音緒さんが手を震わせながら、ハンドガンを落としそうになりながらも何とか腰のホルスターから抜きだす。生理的に受け付けないんだとは思うけど、ゾンビもあまり変わらないんじゃないかと思うが違うのだろうか?
周りにゾンビがいないことを確認しているので音緒さんの足に合わせつつゆっくりと塔屋に向かっていく。
近づけば近づくほど肉塊の生々しさが光に当たって浮き彫りになってくる。そして、遠目から見てわかっていたことだが……肉塊は蠢いている。
塔屋の出入り口につくとハッキリと蠢いている肉塊が見える。これは肉塊というよりは繭に近いんじゃないかと思ってしまう。
何かで見た映画やゾンビ物のゲームでは、これ自体が近づく人間を襲うものや、人間を捕食してゾンビに変えるってのは定番の設定だったりする。
「久我さん……本当に大丈夫なんですか……?」
不安そうに肉塊――繭と言い変えたほうがいいか――を見ながら腰が引けた状態で完全に俺の後ろに隠れている音緒さんが呟く。
「ああ、ただ弱点がどこだかわからないから、もしものために音緒さんも狙いをつけていてくれると助かるよ。それに、塔屋の鍵を開けた瞬間に触手のようなものが襲いかかってくる可能性もあるから気をつけて」
「あっ、それゾンビ物やクリーチャー物では定番ですよね……。少し、〝集中〟します」
そう言うと音緒さんのさっきまで怯えていた気配が変わる。スッと落ち着いたようにハンドガンを構えると繭に向かって照準を合わせる。
スキル〝集中〟の効果を使ったみたいだ。今の音緒さんならちょっとやそっとでは的を外したりしない。ただ、繭が天井からぶら下がっているので音緒さんは上向きに構えている。
そうなると弾丸が繭を貫通すると、天井ぶち抜いてガラスの破片と共に繭が落ちてくるかもしれない。
強度のあるガラスだとは思うが、一度ヒビが入るとそこが脆くなると聞いたことがある。一瞬音緒さんに言おうと思ったが……ゾンビよりも厄介なものが出てくる可能性を考えると、そういう躊躇は必要ないと思い直す。
アイテムボックスから短剣・極黒を一本取りだすとしっかりと右手に握る。初見の相手には最大限の警戒を。
「幻想拡張」
塔屋の扉に手をかざすと鍵を前にやったように破壊する。その間にも繭から視線は外さない。
鍵を破壊しゆっくりと扉を開け、音緒さんの射線を遮らないように回り込みながら俺は繭に近づいていく。