第25話
幽有斗飛悪が扇コミュニティと名を変えてから十日が経った。
それまでの俺は午前はバリケードなどの設備関係を強化し、学校内にあった発電設備にも手を出した。結果、複数ある校舎のうち一棟は電気が使えるようになっていた。ただし大地震で千切れている配線も多くあり、今はその修復作業は手の空いている生産班が総出で行っている。
水は近くを流れている川からの供給があるのである程度問題はなかったが、ろ過装置を頑張って何処からか運んできた戦闘班がいてみんなから褒め称えられていた。これも俺が動くように変化させた。
午後は主に音緒さんのレベル上げをしていた。だが音緒さんが頑張りすぎることもあり、すぐにレベルが10になったので一旦休憩としている。
ただ残念なことに俺が当初の目的としていた【領域結界】の場所の情報は集まらず、今も戦闘班が探索してくれている。ちなみに俺が作ってしまった赤黒い家のことがラプからの報告で上がってはいたが今のところは放置している。
まさか俺以外の人間が触れると殺しにかかるようなえげつない家になっているとは思わなかった。一度近寄ってどうにかできないものかと思ったのだけど不快感が押し寄せてきてちょっと無理だった。
俺が作ってしまったことは今のところはみんなには秘密だ。誰かが近づかないように柵で囲って念のため近づかないように立札を立ててはいるが被害が出る前に何とかしないといけない。
そして少しづつ生活環境が整い、農業以外の生産も視野に入れ始めたときに放っておけない報告が斑鳩くんから入る。学校の敷地外に住んでいた上田班がここ一昨日から帰ってきていないということだ。
「わかっていることを詳しく教えてくれ」
ここは学校の会議室。元は幽有斗飛悪の幹部で会議の際に使っていた場所だ。
今は俺、宿南さん、音緒さん、ラプ、斑鳩くんの5人しかいない。あまり大勢で集まっても仕事が遅れるって事で責任者だけが集まっている。
まあ扇コミュニティの幹部というところだ。俺が促すと斑鳩くんが話し出す。
「俺から報告させてもらう。ついさっきのことだ。俺が外に出た時に上田班の奴らが来て上田含む6人が一昨日から帰ってきていないと相談された」
彼らの話では少し遠出をした時は日を跨ぐことはあるが、必ず一晩で帰ると決まっていたそうだ。午前中に帰ってきたのは俺も見たことがある。二日以上になりそうな遠征の場合は基本的に全員で行動すると決まっていたらしい。
彼らが扇コミュニティから離反してまだ10日程度。物資を集めるにしても二日も帰れなくなるような遠くまでいく必要はなく、彼らが目的地としていた場所は元いたショッピングモールとその東側。その周辺でローテーションを組んで物資の調達をしていたらしい。
一昨日から帰ってきていない6人を心配して残っていた4人が焦って斑鳩くんを頼ってきたということだ。
「んなわけで、ここの責任者は久我さんだ。どうする?見捨てるか、探しに行くか。ただ、奴らも装備は持っている。そう簡単にただのゾンビにやられるわきゃねぇ」
憮然とした面持ちの斑鳩くんの言葉に全員が俺の方を見て判断を仰ぐ。
わかっている限りだと上田班の装備は武器の強化、上田くんの特攻服のみ強化されている。
ただのゾンビには負けないとは思うが、異形はかなり厳しい。
斑鳩くん達がショッピングモールから撤退する時に何人かいなくなっていたということだから運が悪いと異形になってしまったことも考えられ、その異形が上田くん達を襲った可能性がある。
探しに行くしかないか……。ただ異形相手だと〝タイプ持ち〟以外が行っても厳しいだろう。俺が今まで確認しているのは、左右どちらかの腕が肥大化している異形、肥大化した部分はないが動きの早い異形、胴体が肥大化した異形、最後に黒い異形。
現状で一般人タイプが何とか戦えるのは腕が肥大化した異形のみ。それも武器防具が充実しているって条件がある。最低限素早さを上げる靴と戦闘スキルがないと時間を稼ぐこともできるかどうか……。肉塊の異形相手なら逃走することができるのは確認しているが、なら帰ってきていないのはおかしい。
面倒なことをしてくれる。今はまだ、ここから大きく離れるようなことはしたくなかったが異形が増えたら洒落にならない。
「行くしかないか。ただ行くのは俺と斑鳩くんのみだ。他の戦闘班はもしもの時に備え二つに分けて物資探索と防衛に。外の物資を集める人にはコミュニティから離れすぎないように。もしもの時のために全員フル装備で行くように徹底。……周辺の敵対しているコミュニティは?」
ため息をつきつつラプに聞くと彼は問題ないと首を振る。
「ここの近くには私が把握しているコミュニティはありません。防衛なら戦闘班の半分で十分やっていけると思います。装備の強化も音緒がやってくれましたし、〝タイプ持ち〟の情報も今のところありません。強化されたバリケードのおかげでちょっとやそっとじゃここに入ってくることすら困難なはずです」
防衛に関しては問題なさそうだ。まだ食料は十分にあったはずだから今は無理をする必要はない。
「じゃあ宿南さん。生産班の空いている人に荷物持ちを頼んでください。希望者だけで良いです。ラプはその旨を戦闘班に伝えて。無理やりじゃなく希望者だけでいい。」
頷く宿南さんとラプを見て俺が立ち上がろうとすると斑鳩くんが腕を組みながら言葉を発する。
「……久我さんにはすまねぇが俺は捜索にはいかない」
俺を含めた全員が斑鳩くんの方を見ると、俺を見ながら斑鳩くんが言葉を続ける。
「扇コミュニティのルールは久我さんが決めることには納得している。だがそれは元々あった強いことが条件だ。俺は納得して下についている。それに納得できない奴らが出ていったまでだ。探しに行くのを止める気はねぇが俺は探しに行かない。奴らの、ルールには従えねぇが困ったから助けろ、は筋が通らねぇ」
斑鳩くんはそう言うとそのまま目をつぶってしまった。
確かに斑鳩くんの言うことは一理あるが、彼らはステータス持ちだ。異形になられたら今後の戦闘班の行動に支障をきたす。異形は少なければ少ない方がいい。
それに……彼らがまだ生きているなら俺の言うことを聞くとは思えないから説得役としてもついてきてほしかったんだが……。
無理強いはできないか……。俺もこれ以上は無理矢理にでも何かをさせようとは思わない。
「わかった。俺一人で行ってくるよ。残ってる上田班の人達には身の振り方を考えるようにだけ伝えておいて」
実のところ行くなら俺一人の方が気楽だし、何かあったとしても対処しやすいとは思っている。行くなら早めに行ったほうが良いだろう。俺は席を立つとそこに再度待ったがかかる。
「わ、私も連れていってくださいっ!少しはレベルも上がったので役に立てると思いますっ!」
驚くことに音緒さんが一緒に行くという。ガタリと席を立つと俺の方に近づいてくる。
音緒さんか……斑鳩くん以外がついてきても戦力になるとは思えない。説得役としては……どうなんだろう?俺がどう断ろうかとちょっと言葉を発せずに黙っていると、ラプが音緒さんを援護する。
「久我さん。音緒を連れて行ってやってくれませんか?彼女はみんなから可愛がられていました。なので上田くんたちも音緒の説得には耳を貸すかもしれません」
「ラプさん……」
ラプの援護に音緒さんが嬉しそうにすると、俺の方に向き直って真剣な目で見つめてくる。今までのちょっと怯えているような彼女とは違う真剣な様子だ。ラプからも違和感は感じないので思考誘導されているわけではなさそうだ。
俺から離れなければ大丈夫か?音緒さんにはハンドガンを貸しているから多少の時間稼ぎぐらいはできるかもしれない。戦えないって言ってた音緒さんもここ最近のレベリングで慣れたのかな。
少し迷ったが音緒さんが引きそうにないので許可をする。
「わかったよ。一緒に行こう。30分後に校門に集合ってことで」
「あ、ありがとうございますっ!頑張りますね!」
俺が許可を出すと音緒さんが嬉しそうに笑顔になる。
「装備を渡しますのでついてきてください」
装備の管理をしているラプが音緒を連れて会議室を出ていく。それを横目で見ていると斑鳩くんが話しかけてくる。
「良いのかよ久我さん。言っちゃ悪いが音緒じゃ戦力になるとは思えねぇ。ショッピングモールに音緒を連れて行かなかったのはそれが理由だぜ。久我さん一人の方が楽なんじゃないか?」
「まあそうかもしれないけど、最近レベル上げもしたし、スキルも一つ覚えたからね」