第8話
音を立てないように歩いているゾンビに背後から近づいて行く。狙いは心臓。
残り五メートルほどで俺は剣を水平に構えて一気にゾンビに突進する。
飛び出した瞬間、腰につけてるエコバックからカン!と音がして奇襲が失敗した事を理解する。
エコバックの中の缶コーヒー同士がぶつかった音だ。
音に反応したゾンビが振り向いて濁った目を俺に向けてくる。
撤退の言葉が頭に浮かんでくるが、ここはコンビニ入り口が見える場所だ。逃げるにしてもリスクがある。
――ここで倒すしかないっ!
「あ゛ぁ〜……」
ゾンビが振り向いて呻き声を上げてる途中で鉄の剣が胸に突き刺さる。
肉を裂いていく嫌な感触と共に、骨なのか硬い何かを砕いた感覚がある。
俺はすぐに剣を強引に引き抜くとゾンビから目を離さず剣を構える。
ゾンビはビクリと震えると、そのまま崩れ落ちて動かなくなる。
何かを砕いた瞬間に倒したという感覚、これが俗に言う手応えってやつなのかもしれないが、そんな感覚をおぼえる。
一瞬呆けていたが直ぐに周囲を見回して警戒する。
一体なら何とかなりそうだが二体以上が同時に来られたら不味い。
警戒しながらすぐにコンビニに飛び込み、バックヤードに避難する。
「馬鹿か俺はっ!」
すぐにベルトを外し、エコバックをベルトから取り外す。
荷物なんて持ってたら音が鳴る可能性があるのに、食料を優先して考えがそこに至らなかった。
ゾンビが振り向くのがもう少し早かったり遅かったりしたら正面から戦うことになるか、刺すポイントがズレていた可能性が高い。
たまたま運よく胸に刺すことができたが、少しでもタイミングがズレていたら……
一度コーヒーを飲んで気分を落ち着ける。
「だけど、胸が弱点だと言うことはわかった。一歩前進だと思ってもいいかもしれない」
胸を突いた時に感じた感覚。初めて倒した時はよく覚えてないけど、胸に硬い何かがあるのは理解した。
「そして今回はアナウンスなし。ステータス」
ステータスを表示させてみるが、レベルは変わらず2のままだ。レベルが上がるごとに次のレベルに上がるまでの必要経験値が多くなる仕様だろう。
「もう休みたい気持ちで一杯だけど……いつまで周辺のゾンビが少ないままなのかわからない今、倒せるだけ倒した方がいいよな。今日の目標はレベル3だ」
俺は立ち上がると周囲を確認しながらコンビニから出ていく。範囲としてはコンビニの周り、大通りにはなるべく出ない範囲でゾンビ狩りをすることにした。
そしてわかったことだが、ゾンビは死ぬ?と時間が経つとぐずぐずに崩れて地面にシミのようになって消えるのだ。
さっき倒したゾンビがちょうど、消えていくのを確認した。街中にあるシミも、ゾンビが消えた後なのかもしれない。
コンビニの周りを一周してみるが、見かけたゾンビは一体だけ。本当にここ周辺にはゾンビが少ない。
その一体も後ろから、今度は気づかれることなく胸を一突きしてなんなく倒すことができた。この鉄の剣は強い。
【レベルが上がりました】
よし!ゾンビを倒したと同時にレベルアップのアナウンス。
今日は終わりにしてステータスを確認しようかと思ったが、まだ倒したゾンビは二体だけだ。
俺の体力にも余裕があるし、もう少し狩っていくか。
俺は今までと同じようにゾンビを見つけると隠れて待機、ゾンビが後ろを向いたタイミングで近寄っていき後ろから一突きするのを繰り返した。
やはりというか何というかゾンビの弱点は胸の心臓部にあるようで、そこにある硬い何かを破壊することで一撃で倒せることを確信した。
ゲームや映画などのゾンビは頭部が弱点であることが多く、もう少しレベルが上がって余裕ができたら狙ってみても良いかもしれない。
今は一体一体奇襲で倒せているから良いものの、そのうち数体を相手にする場面や、考えたくはないが強化型のゾンビが出てくるのがテンプレだと思うから。
弱点が複数あるなら今のうちに把握しておけばいざという時に有利な条件で戦えるはずだ。
レベルが上がってからさらに四体倒したところでもう一度レベルアップのアナウンスが流れる。
「ステータスは確認してないけど、これでレベル4か。ステータスが上がっているはずなんだけど、今のところは全く実感がないな」
レベル4になれば数字だけでもレベル1時の四倍のステータスになっているはずで、そろそろステータス補正も意味が出てくるんじゃないかとは思っているんだけど実感が全然ない。
軽く鉄の剣を振ってみるが、鉄の剣が軽くなったように感じるだとか、振りが高速になっているなどの感覚がないのだ。ステータスって誤差なのかとちょっと怖くなる。
筋力などの能力値にはっきりとした数字が出てないってこともあるけど、レベル1で全ステータスが1なら、例えば他の人も同じだとして、でも人によって、男女によって力の強さが違うのに全員1なら、ちょっとステータスが上がった程度だと、身体を鍛えた程度の差でしかないのかもしれない。
そうなると普段からデスクワーク主体だった俺は、ジムで週一鍛えてます程度の上昇しかないのではないか?
そんな疑問を抱えながら仮の拠点であるコンビニに戻っていた俺には大いに隙があった。ゾンビを奇襲とはいえ余裕で倒していたことに警戒心が緩んでいたことを後悔する。
「あ゛ぁ……あぁ~」
不意に横道から出てきたゾンビに腕をつかまれた!
「っ……!?」
いきなりのことに思考が追いつかない。
つかまれたのは右腕、鉄の剣を持っている腕をゾンビがギリギリと握ってくる。痛くはないがすぐにゾンビの口が俺の顔の傍まで来ている。
「近いっ!っ近いってっ!」
ここまで接近したのは初めてだ。紫色の肌、何処を見ているかわからない濁った目、黄ばんだ歯から見える赤黒い口の中。
ゾンビは息をしていないのか 口臭みたいなものはないし腐臭もないが、鉄臭さ漂う口が迫ってくる。
ーー食らうことしか考えていない
迫り上がってくる吐き気と嫌悪感を抑えつけながら俺は必死になって左手でゾンビの喉をつかみ腕を伸ばして噛みつかれるのを防ぐがーー力が強い!
いきなりの事で堪えることができずバランスを崩し、ぐいぐいと押し込まれのし掛かられそうになりながら壁に身体を押しつけられる。
「ぐっ……!?」
ゾンビと組みあったまま壁を背にしたことで何とか均衡を保つがここから挽回できる手段が見つからない!
右手の手首だけで鉄の剣を動かしてゾンビの腕や体に切り傷を多少与えることはできるが、ゾンビは怯む様子はなく迫るのをやめない。
時折喉を掴んでいる左手に噛みつこうとするが角度を変えて必死に回避する。
ゾンビに体力があるかどうかわからないが、このままだと俺の方が先に力尽きる。
壁に押さえつけられたのを利用して、俺は片足を浮かせ思いっきりゾンビの鳩尾あたりを蹴りつける。
足にはタイヤを蹴ったような固い感触が伝わる。
鳩尾が効いたわけではないだろうが、ゾンビが衝撃で軽く下がったところで右手を振りほどき剣を両手で構える。
右手の握力を確認してみるが問題なさそうだ。
初めての正面からの一騎打ち。
すぐにゾンビは組みつこうと迫ってくるが俺は左に避けながら剣を一振り。
少しの抵抗を感じたがゾンビの右手の肘から先が切断されて足元に落ちる。
何の感覚もないのか躊躇せずにゾンビがのしかかるように迫ってくるが、右腕のなくなったゾンビの右側から剣を下から斜め上に一閃させる。
体液を撒き散らしながら吹っ飛んでいくゾンビの首。決まったと一瞬思ったが、何故か倒したという手応えを感じない。
そして首無しゾンビは倒れずそのまま組みついてくる。
「嘘だろっ!?……首刎ねても死なないのかよ!?」
すぐに左手しかないゾンビを払い除けると、落ちて体液を垂れ流している頭に剣を突き刺す。
それでもゾンビの身体は俺を追ってくる。
弱点は心臓部だけってことか。てか、何で俺のいる場所がわかるんだよ?
迫ってきたゾンビの胸に剣を突き立てトドメを刺すと、硬い物を砕いた感覚とビクリとゾンビが震えて倒れていく。
「勝てた……」
全身から冷や汗と力が抜けていく感覚でその場にへたり込みそうになるが、何とか堪えさらに慎重に周囲を警戒しながら俺はコンビニに戻った。