第20話
しばらくバリケード沿いに歩いていると比較的無事な民家につきあたる。周囲の瓦礫は退けられていて、人の手が入っているのがわかる。
比較的無事と言っても窓ガラスなどは全損していて、壁の一部などは剥がれている。ここで寝泊まりするにはちょっと怖いかなと思うレベルだ。
雨上がりに大勢が歩いたような足跡が敷地外から続いているあたり、ここに誰かが出入りしているのは間違い無いだろう。
玄関を開けて中を覗くと、家の中も片付けられていて家具類が一切ない。床には靴を履いたまま歩いたと思われる足跡が奥まで続いている。
足跡をたどっていくと着いたのはキッチン。キッチンには裏口があり、そこから出入りしているだろう足跡が繋がっている。
このまま裏口からバリケード内に入ろうと扉に手をかける。
――隠れなくていいのか?
ふと、頭に浮かんでくるが……必要ないだろう。
隠れてこそこそする必要性を感じない。今となってはなぜショッピングモールで隠れて動いていたのかすらよくわからなくなっている。自分の行動に何の意味があったのか謎だ。
初めから敵対した集団は堂々と蹴散らせばよかった。そして【領域結界】コアを強奪し、アイテム強化持ちの居場所を教えてもらえばそれで方がついていたはず。
今となってはアイテム強化持ちを見つけてどうするのかも興味がなくなってきている。説得?それとも力を使って屈服させる?
そう考えると幽有斗飛悪がやっていることもそこまで悪くないように思えてくる。単に世界のルールが変わっただけだ。
ただ、彼らの間違いは俺に敵対したことだろう。
そんなことを考えながらキッチンの裏口を開けて外に出る。
扉の先には、アスファルトの道が続いているが、ところどころに土が見えている部分には畑のようなものがある。何を育てているのかは俺にはわからないが、自給自足をしようとしているのはいい事だ。
赤城コミュニティもやり始めてはいるが、農業経験者がいないので手探り状態。家庭菜園をちょっと齧った人の知識で行われていた。
周りに人は見当たらないがここで食料の生産をしようとしているのだろう。車で作られたバリケードを中から見てみると、隙間には木の板などが貼りつけられていて目張りがされている。
さらに道の先には、学校が存在する。あれがここのコミュニティの拠点になっているのだろう。
「どこも避難先は学校ってのは定番か。ここはある程度上手く行っているのかもしれない。これだけ多くの土地を囲うことができるなら人数も多いだろうな」
しっかり農業を行っていけば食料に困ることもなくなるだろう。ただ、肉も食べたいからゾンビになっていない家畜を探すってのも必要だ。
デコボコなアスファルトを進んでいくとしっかりと目張りされ校庭が見えないようになっている学校に辿り着く。そこそこ大きな学校で見えている限り校舎が複数ある。マンモス校ってやつなのかもしれない。
中に入りたいが勝手に入っていいものか?
どうしても学校は部外者が勝手に入ると通報されるってイメージがある。声をかけてみようと思ったが、ざっと見たところ人の姿が見えない。
この学校の門は下にキャスターが付いていて横にスライドさせて開くタイプだ。開けようと思えば開けられるのだが……。
門の前でどうしようか考えていると、中から痩せたおじさんが出てきた。やはり門番はおじさんの役割なのだろうか?
「君は……何処から来たんだ?ここの人間じゃないだろう?」
俺のすぐ近くに来たおじさんは門の向こうからすぐに話しかけてくる。
「こんにちは。俺は東京から来た久我と言います。中に入れてくれると助かるんですが……」
「東京から……東京から一人でここまで来れるということは君も……」
おじさんは考え込んでしまう。何か変なことを言っただろうか?
「いや……久我くんは強いのだろう?ちょっと今立て込んでいて気が立っている人たちもいるが、歓迎されるだろう。……ようこそ……幽有斗飛悪へ」
おじさんが目を逸らしながら言ってくる。
何となくそうなんじゃないかと思っていたが、ここも幽有斗飛悪の支配下の一つか。と言うことはこのおじさんも駒か、奴隷扱いか。
立て込んでるってのもショッピングモールの件だろう。ショッピングモールの連中がここに来ているのかな?
門を開けてくれたおじさんにお礼を言って中に入らせてもらう。
そしておじさんが軽く説明してくれる。
「私は幽有斗飛悪の生産拠点の責任者をしている宿南と言います。……戦えるのなら優遇されるだろう。上の人間のところに案内するが……」
宿南さんがそう言いながら俺と並んで校舎に歩いて行くと、ぞろぞろと校舎間を繋ぐ渡り廊下を大勢の人間が歩いているのが見える。
歩いている人達は、そのまま俺達が向かっている校舎とは別の校舎に入っていく。一様に暗い顔をしてぼそぼそと話ながら歩き去っていった。
「話し合いが終わったか……どうなることやら……」
ぼそりと宿南さんが呟く。
「何か困ったことでもあったんですか?」
俺は【領域結界】の事だろうと思いながらしれっと聞いてみる。
「ああ、いや、私が言っていいものかわからないので……その話は上の者に会ってからでいいかな?」
俺は頷くと宿南さんの後に着いて校舎に入っていく。
校舎内に入ると所々に人がいるが、ほとんどの人が武器を携帯していて、初めて見るような武器なのか工具なのかわからない物を持っている人も多い。戦闘班が集まっているのだろう。
「……新入りか?」
「……何か弱そうだな」
「武器持ってないから避難民だろ……」
宿南さんの後をついていく俺を見て、こそこそ話す人もいれば聞こえるような声で見下した喋りをする人もいる。俺は苦笑しながら宿南さんに後について廊下を歩いていく。
階段を登らず校舎中央の会議室の札が掛かっている教室まで近づくと、宿南さんが扉をノックしようとする前に数人の男性が出てくる。
特攻服だ。宿南さんが廊下の隅に寄り道を譲る。俺も同じように隅に寄って特攻服を見ていると、一人が俺を睨みながら近づいてきた。
よくよく見てみると見た覚えがある。肉塊の事を聞いたけど教えてくれなくて槍で投げ飛ばした人だ。
すごくこっち見てくるけど、バレたか?
「宿南。こいつ新人か?」
ガンを飛ばすとはこんな感じなのだろう。顔だけを寄せてオラつくように顔を上下にカクカクさせている。……顔、近いんだけど……。
「はい、上田さん。一人で東京から来たそうで、戦力になるかと思い連れてきました」
「へぇ……。お前弱そうだな。全身黒づくめとか厨二病かコラ」
あ、煽りよる。
確かに自分でもそう思ってはいるけど、触れてほしくなかった。仕方ないだろ、黒くなっちゃったんだから。
「厨二病じゃないけど、上の人に会わせてもらえるかな?それとも君が上の人なのかな?」
俺が心に傷を負いながらも笑顔で尋ねると、俺の声を聞いた上田くんが訝しそうな顔になり俺をじろじろ見てくる。
「お前、どっかで会ったことないか?」
まあ、もうこの茶番も終わりでいいか。これ以上引っ張っても仕方ない。
訝し気な顔をしている上田くんの鳩尾に右拳を叩きこむ。
声も出せずに俺に寄りかかるように倒れ込んでくる上田くんをそっと床に寝かせると、何が起こったかわかっていない特攻服数人と宿南さんに声をかける。
「こんにちは。ショッピングモールではお世話になりました」