第17話
アイテムボックスから短剣を取り出すとスキルを使う。
今までは変化させた物はもうそれ以上変化させることはできないと思っていた。だがそれは少し違った。
雨で針を作った時、数秒で元に戻ったのをヒントに一度元に戻せばいいと思う。
強化、拡張させるのではなく解除するイメージ。変化させた物は魔力を吸収して変化している。なのでその魔力を抜いてあげる。
幻想拡張を短剣に使う。魔力が短剣に集まるが変化はしない。だがその集まった魔力を呼び水に短剣の魔力を合わせて引き抜いていく。
これが中々に難しい。
上手く引っ張り出せない。これもイメージが重要なのかもしれない。
短剣に集まった魔力を短剣の魔力に絡ませてゆっくりと引っ張っていく。少しづつ魔力が抜けていくのを実感する。
いい感じだ。抜いた分の魔力が短剣の周りで少しづつ拡散していく。この拡散する魔力も何かに使えないかと思ったが、今は置いておく。
時間がかかったが魔力をほぼ全て抜くことができた。ただ短剣は包丁に戻ることはなく、短剣のままだった。
雨と違うのは液体と固体の差?それとも長時間短剣だったために固定されてしまったのか?
見た目は今までの短剣と同じだが、強化された部分がなくなっているとわかるので同じような使い方をしたらすぐに折れたり刃こぼれするだろう。
今度はこの短剣を限界まで強化する。
イメージとしては折れず、魔力を纏いやすく、俺の全力の一撃に耐えられる様に。
一度目を瞑り呼吸を整える。
「幻想拡張」
黒い異形や肉塊の異形に使った最後の一撃を頭の中で思い描く。その一撃で壊れず、さらに魔力を纏うように。
イメージは確定しているが、時間がかかる。魔力も多く持っていかれている気がする。
手に持っている短剣がゆっくりとだが魔力を吸っているのがわかる。完成までは集中力を途切れさせるわけにはいかない。
ジリジリと神経が削られていくような感覚に途切れそうになる集中力を何とか保つ。気持ちを落ち着け、何度も何度も頭の中で壊れない短剣をイメージする。
そして短剣に纏わりついていた魔力が収束し全て吸い込まれていく。
——完成した
俺の手に握られているのは刀身から柄までが黒い漆黒の短剣。
何故、黒く染まるかがわからないが、俺の精神状態が影響しているのかもしれない。ただ、俺自身の感覚としては別に負の感情があるようには思えない。黒=負の感情というイメージは持っているが、今の俺はどちらかといえば気分がいい。
額から流れる汗をパーカーの袖で拭いながら繁々と短剣を眺める。デザインは強化前と変わっていないが蝋燭の光を吸い込むような黒。
見る人にとっては美しくも禍々しくも映るだろう。
これから全て黒い装備になるのか?とちょっと困りつつも鑑定メガネをかけて鑑定してみる。
「鑑定」
短剣・極黒
「普通に+じゃなくて名称がついた……」
これが何を意味するかはわからないが、単純強化の比じゃないことぐらいは俺にもわかる。軽く使ってみたいが、まずは他の武器も強化してから後でまとめて使ってみよう。
とりあえず最低限すぐに使えるものだけ強化しておこう。
アイテムボックスから短剣一本、中距離、遠距離武器としてハンドガン、ショットガン、スナイパーライフルを各種一丁づつ取りだす。
「短剣は同じように強化すればいいとして、問題は銃器類だな。近接武器はゲームなどでよくあるものだから強いイメージを抱きやすいけど、銃器類の強化のイメージがあまりない。魔力を弾丸にして撃てる現状でも十分強いと思っているし、強化の方向性に悩む」
銃などは大抵はそのままでも強いか、全く役に立たないかぐらいしか見たことがない。銃をメインで使うゲームなどは多少の差異はあるが単純にそのまま使って強いが、近接戦がメインのゲームは何かしらの理由で効果が薄いなどの銃に対する縛りがある。
現在の銃の強さとしては弱点の心臓部に当たればゾンビ、通常の異形は一撃で倒すことができる。消費は少なく威力は高い。問題なさそうだが〝黒い異形〟は何か耐性を持っているのか単純に固いのかわからないが愛理さんが肘を撃った時も軽くしか削ることができなかった。
そう考えると、威力の強化は必須だと思うが……。
「威力を単純に高めるのもいいがそれだと通常時はオーバーキルすぎて集団戦になった時に使いにくい」
ハンドガンの威力が高すぎて何処までも貫通していったら危なくてしょうがない。無事な建物すら貫通して壊したらもう使い物にならない。
と言うことは特徴を伸ばしたり欠点を補うように強化すれば良いのか。
ハンドガンは連射性能の強化、ショットガンは射程距離の強化、スナイパーライフルは威力の強化でいいんじゃないだろうか?
ただ幻想拡張で周りにある物を使って攻撃できる事を考えると、もう銃器類は趣味で使うぐらいしかないんじゃないかとも思う。
スナイパーライフルは超遠距離で使えるとしても、他必要かって話になる。
「まあ使わないなら愛理さんにあげればいいか。……いや待てよ。もしかしたら今ならガン・カタを完コピ出来るかもしれない」
ガン・カタは確か中国武術を取り入れた近接格闘術とか何かの記事で読んだ気がする。映像は今は見れないが、本屋に行って中国武術とかそこら辺の本を読んで真似すればそれなりに出来るかも。
……いやダメだ。練習してるのなんて見られたら俺の精神が死ぬ。こっそり練習して出来るようになったとして、たぶん二丁拳銃でゾンビと戦い始めた時点で察せられてしまう。
「無いな。思春期だったら確実にやり始めてただろうけど、この年ではやっぱ無しだ」
下らないことを考えていないでとっとと魔力を抜いて強化しよう。
まずはハンドガン。短剣と同じように魔力を抜いていく。
一度やっているがこれが中々難しい。ゆっくりやっていかないと途端に絡ませている魔力が解けてしまう。集中しつつ魔力を引き抜くいていく。
何とか魔力を抜ききったところでどっと疲労感が押し寄せる。
これは何度も行うような作業じゃないな。
「とりあえずはここまででいいか。集中力が持たない」
スキルや武器に集中してしまったが、まだ【領域結界】が転がっている。これも何とか使えるようにしたい。こっちは一度触っているから問題無くできそうなのがわかる。
【領域結界】を手に持ち、幻想拡張を使う。
俺の魔力が球体を包み込み、意外なほどあっさりと準備が整う。この【領域結界】が作りだしているのはこの世界のルール。他の【領域結界】とも繋がりがあるのか深いところでは絡まった糸のように俺には解きほぐすことはできないが、表面の部分なら何とかなる。
結界を作る部分に働きかける。
起動は俺の魔力、結界を作り、周囲の魔力を使って維持する。中に入れないのはゾンビに連なる異形の者。変更点は俺が必要なことと、ゾンビの類を完全にシャットアウトすることぐらい。
序でに簡単には壊れないように強化を施す。
魔力が収束し変更が完成する。初めに触れた時の記憶を見るような事は起きない。あれは中途半端なダウンロードの続きが行われたという認識でいいだろう。
出来上がった【領域結界】は見た目も何も変わらない。
少し魔力を流してみるとすぐに起動。小さい結界がコンテナの中にできる。もう少し多く魔力を継ぎ足すとコンテナいっぱいに広がる。
そして【ソロアタッカー】が発動した感覚。
「大きさはもっと広げる事はできる。ソロアタッカーが発動するのも強いな。設置型アイテムじゃなくてそのまま持っていても効果がある。唯一の欠点は……相変わらずアイテムボックスに入らない事だな」
アイテムボックスに入らない事で持ち運びが不便だ。結局は設置して安全地帯を作るのが良いか。
常に持っていて自分の周囲を覆うように結界を張り、強化状態を維持するってのもそれはそれでありだとは思うが……。
「複数欲しいな。領域結界の情報をもらいに行くか……」