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第15話

 気がついた時には全身にびっしょりと汗をかいてソファの上で目を覚ました。いつの間にか寝ていたようだ。


 感覚が曖昧で、部屋の中は真っ暗で何も見えない。そういえば内装なんて全く気にしてなかったな。


「まだ夜なのか?それとも窓がない?」


 顔の汗を拭いながら手を伸ばしてみるが何も手に触れない。暗視メガネをどこに置いたか思い出せずソファの上を探してみるがどこにもない。


「とりあえず何か灯りを……っ!?」


 ソファから起き上がり、アイテムボックスを漁ろうとした時に頭痛が走る。


 思い出したようにガンガンと痛む頭に顔を顰める。


「不味い……。風邪ひいたときの症状かも……」


 とりあえずアイテムボックスから蝋燭を取り出すと火をつけて昨日全く見ていなかった室内を見回してみる。


 ふと目に入った光景に愕然とする。


「何だ……これ……」



 俺の目に映った部屋の風景は、赤と黒が混じり合った壁だと思われるもの。ドス黒く、そして血のように赤く、見ているだけでストレスを感じるような部屋が目に飛び込んでくる。


 唐突にショッピングモールで斑鳩が死んだときの光景が頭に過ぎる。倒れている斑鳩、首筋から流れ出る赤い血、そして濃い鉄の臭い。


 吐き気が迫り上がってくるが吐くものなんてない。


「かはっ……がはっ……」


 何なんだこの部屋の色は……。


 涙目になりながら何度もえずく。


 せっかく寝て少し良くなったと思ったら頭痛、不気味な部屋、ショッピングモールでの事を思い出す……。目覚めは最悪だ。


 だが、気分が悪過ぎてよく見ていなかったが、この部屋の状態は、俺が幻想拡張で何かしたからだ。


「何やってんだ、俺は……」


 蝋燭の炎が揺らめくたび、不気味な部屋が蠢くように、生きているように陰影を揺らす。


「はっ……はっ……」


 ここに長くはいられない。部屋を見ているだけで息が上がってくる。よくこんなところで寝れたものだ。


 俺は落ちているリュックを背負うと脇目も降らずにドアに駆け寄る。自分の影に追い立てられるように鍵を開けるとドアから飛び出す。


 明るい日差しを想像するが、外は曇り空。空は灰色の雲が多いつくし今にも雨が降りそうだった。


 階段を降りて今まで自分がいた一軒家を振り返る。


 想像していた通り、外壁も室内と同じで黒と赤が混じった不気味な色をしている。家、と言えば家なのか。昨日までは白いが汚れていた普通の家が天気と合わせるとまるでホラー映画に出てくる理解不能な不気味な建築物に見えてくる。


「イメージ……。俺の感情が混じり込んでできたのか?」


 いや、もういい。考えるのも億劫だ。いや考えたくない。


 他の〝一般人タイプ〟とは明らかに違っている〝タイプ持ち〟に匹敵する戦闘力。イメージで何かを作れる〝サポートタイプ〟に近い能力。


 今まで考えないようにしていたが、この〝幻想拡張〟は異質すぎる。確実に何かしらの作用を俺の身体に及ぼしている。


 俺は痛む頭を無理やり振ると考えることを止める。寝て少しは落ち着いている。頭痛はあるが動けないほどじゃない。


 雨が降る前に別の建物に避難したい。


 でたらめな道を通ってきたのでここが何処かはわからないしショッピングモールの場所も曖昧だ。


 本当なら戻って幽有斗飛悪(ユートピア)の動向を伺いつつアイテム強化持ちを探したいが、体調を整えるのが先だ。


 警戒しながら不気味な家の敷地を出ると、まずは目の前にある細い道を進んでいく。


 すぐにゾンビが徘徊しているのを発見し、瓦礫の陰に身を隠す。

 短剣を取りだすと、腕が震えているのがわかる。


「まだ昨日のことを引きずっているのか体調不良か。だけどあれは人間じゃない。ゾンビは人間じゃない……」


 落ち着くように何度も言葉に出して繰り返す。目標は進行方向にふらふらと歩いているゾンビ。落ち着けばなんてことはないはずだ。


 集中して気持ちを引き締めて足音を立てずに俺は走りだす。


 変な感覚だ……走りながら自分の不調がありありとわかる。いつもと同じように走っているつもりが感覚がついてこない。普段感じたことのない、身体の動きについていけないっ!


 体感では一瞬でゾンビの後方に辿り着くと背中から一息で短剣を突き立てる。


 いつもよりも重い感覚の中、身体だけはスムーズに動き心臓部の固い物を砕いたのがわかる。ゆっくりとゾンビが倒れるのに引っ張られ慌てて短剣を抜くとすぐに近くの死角になっている壁に退避する。


「身体の動きと感覚がバラバラだ……何をビビっているっ……」



 それから慎重に感覚のズレを意識しながら数体のゾンビを倒し、どこか休める家を探す。


 身体の動きと感覚のズレは徐々になくなってきてはいるが、本調子には程遠い。


 ここの周囲は古い木造建築が多いのか無事に残っている家がなく、大抵は全損していたり、良くて半分以上が崩れていて中に入ることすら戸惑われる。


 そうこうしているうちに雨が降ってきた。季節は俺の計算が間違っていなければ五月。雨は粒が大きく冷たい。このままだとずぶ濡れで歩かなくてはいけなくなる。体調も悪化するだろう。


 雨が強くなってきたところで苦肉の策で道の端に止まったまま放置されているトラックのコンテナの中に入る。中はすでに物資が漁られていて何も入っていないが休むにはちょうどいい。


 中で蝋燭に火をつけるととりあえず扉を閉めて外からは見えないようにしておく。騒いだりしなければわざわざゾンビが近づいてくることもないだろう。

 雨がコンテナを叩く音が響く中、濡れてしまったマントを脱いで適当な椅子をアイテムボックスから取りだすとそこにかけておく。


 多少頭痛が治まっているので、リュックから【領域結界】のコアを取りだし観察してみる。


「改めて見るが……ただのバスケットボール大の軽い球体だ。結界をどうやって作るのかすらわからない」


 いろいろな角度から球体を見てみるが、これといって何もない。どの角度から見てもただの球体で突起があったり、数字が書いてあったりはしない。


 スイッチがあったりすると簡単だったんだけど。


 床に置いてみるが特に反応はない。ショッピングモールが全く崩れていない、荒れていない事を考えると、ボスを倒してそのままそこに住みだしたってところだろうか。


「今のところは地下にあった、としか情報がないが、地下に持っていくと何かなるのかな?」


 ただこれを持ち歩くのは不便だ。アイテムボックスに入らない上に、これを持っていると潜伏マントが意味を成さない。


「これは……この世界のものじゃない。初めは〝異形〟やゾンビに関連するものだとばかり思っていたが、ゾンビを寄せ付けない効果もある。陣地みたいなものなのかもしれない」


 ゲーム知識だが、シミュレーションゲームなどでは自軍で占領するとその土地が自軍のものとなり、ターンごとにHPが回復したり、何かしらの恩恵がある。大抵は赤が敵軍、青が自軍という感じで自軍の陣地にいれば有利になる。


 これもそういうものと同じで、単に最初はゾンビや異形が占拠しているだけのものなのかもしれない。


「これを上手く作り直すことができれば、俺達に有利な土地を作ることも……可能か?」


 やってみてもいいだろうか?俺の幻想拡張ならできるような気がする。体調が万全だとは言わないが、今は意識もはっきりしている。これを見ているとやったほうがいいとそういう思いがこみ上げてくるようだ。


 それが俺の意思なのか、この【領域結界】コアに誘導されているのかはわからないが……。


 コアを持って迷うこと数秒。


「たぶんいつかやる事になるのなら今やってみても変わらない。やれば何かがわかる気がする」


 ちょっと【幻想拡張】を使うのが怖いと思っている自分がいて、ただそろそろちゃんと知らなきゃいけないと思う自分もいる。


 蝋燭の明かりが照らす暗いコンテナの中で意識をコアに集中させる。緊張で身体が硬くなる。


 意を決してスキルを使う。



「幻想拡張」



 そこで俺の意識は途絶える。

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― 新着の感想 ―
[一言] 異形になった元人間は割り切れるのに、死んでも生き返る人間は割り切れない。 つまり人の形をしてなければ問題ないんですね、たとえ人の意識が残った異形であろうとも。
[一言] 面白い
[一言] >いつもと同じように走っているつもりが【感覚】がついてこない。 体でなく感覚……主人公の能力が上がって齟齬が生じている可能性も?
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