第8話
敷地の周りに辿り着いた俺は、敷地を囲む植木の陰に身をひそめる。敷地外からは丸見えだが、中からは見えないだろう。
念のため外周を周り、監視の薄そうな倉庫が近くにある植木のところから敷地内に侵入する。
【領域結界に侵入しました】
「なっ!?」
即、俺の頭に流れるアナウンス。
驚きで心臓がバクバクいっているのがわかる。なぜここでアナウンスが流れる!?
それと同時に【ソロアタッカー】が発動したのか身体が軽くなる。
焦ってキョロキョロしてしまったが……それ以上何があるわけでもなく、誰かが駆けつけてくるわけでもない。
ここは【領域結界】の中、ということは球体——コアを破壊せず、人が住んでいるってことなのか?そんな事できるのか?
確認なんてしていないからできないとは言い切れないが、ゾンビが湧いてきたりはしないのか?
肉塊の異形がここを避けた理由、これか……。
領域結界内に入れるゾンビと入れないのがいるということだろうか。
「ゾンビは避けたが俺は入れる……人の出入りが自由……どうなってるんだ?」
まあ最低限全力で戦闘ができるってことなので悪いことじゃない。
俺は一旦疑問を棚上げし、数分そこで待機する。誰も出てくる様子がないのは見つかっていない、もしくは泳がされている……ただ動いていないので相手からは俺がどこにいるのかは不明なはず。
ある程度そこで待機して動きがないのを確認するとそこら中に止めてある車両の影に隠れながら建物に近づいていく。倉庫は全てシャッターが閉められ、ドアも鍵が掛けられて入れる場所はない。
流石に一階の鍵をこじ開けるのは不味いか……開けた向こうに誰かがいる可能性がある。もっと安全に入れる所はないものか。
建物に張り付くように移動し、屋上の駐車場に向かう車道があるのを発見。そこを登っていった。
屋上に出ると広い駐車場でガラス張りの塔屋がいくつもありそこから中を覗いてみた。
このショッピングモールの作りは緩い「へ」の字型。中央は3階まで吹き抜けで開放感があり左右に通路と店舗がある。屋上のガラス張りの塔屋から光を取り入れる作りになっていた。
「ここから見える限りだと、三階の店舗は全てシャッターが閉められている。使っていないのか倉庫や部屋代わりか……」
屋上の出入り口も複数ありそうだが、近くにあった出入り口は鍵がかけられている。中に入ればエスカレーターがすぐ側にはあるが、ここから入ってもかなり目立つが……。
「幻想拡張」
俺は鍵穴に向かってスキルを使う。イメージは鍵を掛けてもロックが掛からないように変形させる。
すぐに終わるとノブを回して扉が開く。
「ドアにできたから、できると思ったけど……これどこでも入れるようになるな」
素早く館内に入るとしゃがんで身を隠す。ドアを見ると鍵が掛かっているようにレバーは横になったままだ。これで少しは誤魔化せるだろ。
腹這いになりエスカレーターの上からこっそり顔を出して下を覗くと、一階の出入り口付近の広場だろうか、多くの人が集まって何かを話している。
100人以上はいるだろう。人集りの前の方には特攻服を着た数人、後ろはほぼ私服の人達だ。
「距離が遠い。もっと近くに行きたいが……」
俺がいる駐車場から入ったところは屋上というか四階だ。この階はエスカレーターで下に行くしか通路はなく、エスカレーターに乗ると一階から丸見えになる。
腹這いのまま移動して下から見えない場所に移動すると、手すりを乗り越え床にぶら下がる。軽く身体を揺らして手を離し3階の通路に飛び降りる。
床にマットが敷いてあるためほぼ音を立てずに着地することができた。バランスを崩さず降りれたのはステータスの恩恵か?
さっと柱の影に入り見回しても三階には誰もいない。見通しがよく緩くカーブしているところまではっきりと見通せる。
「これ三階に誰かいたら即アウトだったな。アクション映画の気分でやってみたけど。動画であったら大炎上するやつだ」
やっちゃいけないことをやるのは何て楽しいのだろう。子供に戻った気持ちでちょっとドキドキしていると、ざわついていた声がピタリと聞こえなくなった。
急いで音を立てずに一階から見えないように通路を進み、集まっている人達の真上に来るように移動する。
二階の左右の通路をつなぐ通路に二人の男が立っていた。
一人は身長180程度、だが手足が長く鍛えていたのかピッタリとした服の上から筋肉の形がよくわかる。肉森くんのようにムキムキではないが細マッチョとでもいうのか。短髪で鋭い目の男。
もう一人は隣の男に比べると貧弱な見た目で、髪の毛は切っていないのかボサボサ。身長も170程度だろう。表情のない顔で一階を見下ろしている。
幽有斗飛悪のトップ二人ってことか。
「本日の連絡事項だ」
俺が見ているうちに二階に立っている細い方が話を始める。
「東京を偵察に行った四番隊がまだ戻っていません。まあ予定より一日過ぎただけですが。戻ってこないってのはどこかで生きてると思うが、明日戻ってこなければ二番隊と三番隊合同で探しに行ってもらいます。もし、東京がここと違うルールやセーブポイントが変更になっているなら四番隊が全滅している恐れがある」
細い方の言葉に全体がざわつく。
「ラプさんっ!ルールが違うってどういう事だよ」
集まっている一人が声を上げて質問する。この人は、特攻服だから隊長格か。
「みんなも知っての通り、ここでは死んでも生き返ることができます。ゾンビにやられなきゃですが。だが先日まで行くことのできなかった東京が解放された。それにより、わかりやすくいうならチュートリアルが東京では終了し生き返りできなくなっている可能性があるのです」
細い方——ラプさんの言葉にざわつきが大きくなる。何人かの呟きがかろうじて聞こえてくる。
「嘘だろ……」
「本当かよ」
「東京行きたくねぇ」
「四番隊ヤバいんじゃ……」
などと好き勝手に話し始めている。
意味がわからない。生き返れる?セーブポイント?東京で死んだ人間が生き返ったなんて聞いたことがない。
赤城コミュニティでも先が見えない絶望で自殺した人がいたらしいが、生き返ったなんて話はない。先日の五人も、すぐに埋めたとの事でコミュニティを出た俺にはその後のことがわからない。
「うるせぇっ!」
今まで黙っていた身長の高い方が声を上げる。その瞬間にピタッとざわめきが止まる。俺も思考を中断し彼の言葉に耳を傾ける。
「死んだら死んだで仕方ねぇだろ。今までが温かった。そんだけだ。まさか、それだけで幽有斗飛悪を抜けるだなんて言わねぇよな?誰か死んで試してみるか?ああっ!?」
下階の人たちを睨みつけるように視線を動かす。ここからじゃ見えないけど、ビクリとしている人もいる。
「まあ、まだ推測の範囲です。死んで試してみるってのも難しい。最近死者は出てなかったが神奈川にも影響がないとは言い切れないので十分注意して活動してください」
ラプさんと言われた男がそう言って解散になる。
ほとんどの人達が動揺を隠しきれず各々散らばっていく。だがみんな一階でバラけており三階どころか二階に上がってくる人はいない。
一階が生活区で二階以降は倉庫か何かなのだろう。
それにしても生き返りか……。
要約すると攻めてきた五人は死んでもセーブポイントで生き返るから躊躇なく自殺した。赤城コミュニティの情報を持ち帰れると思って。
主に俺や畑くんの戦力だろう。ただここに帰ってきてないということは東京ではそのルールが適用されず、情報を持ち帰れずただ死んだだけ。
セーブポイントが変わっただけで何処かで生き返ったというのもあるかもしれないが……。
死んで復活できないのはゾンビ化、ステータス持ちだから異形化した時って感じか。
頭が痛くなるな。情報が漏れてないのは良かったが、安全地帯になってるここの【領域結界】と、セーブポイントや生き返りが俺の理解の範囲外だ。
ゲームじみたステータスや頭に流れるアナウンス、それらには慣れてきたが、殴られれば痛いし斬られれば血も出る。それなのに死んでも生き返れますて……意味がわからない。
目的追加だな。
当初のアイテム強化持ちを探す。そしてここの【領域結界】の秘密、死者が蘇生する実態は調べたい。
領域結界で本当に安全地帯が作れるのなら、今度から壊さずに利用したい。
俺はトップ二人が奥の部屋に入っていくのを見届けてから移動を再開する。