第7話
朝起きると俺はすぐにアパートを出る。
物音に注意しながら今度は大通りではなく、細い道を南西に進路を取り進んでいく。神奈川に入ってからゾンビの数が多くなっているような気がする。
一度でも叫ばれるとほぼアウトな状態で大通りを進む度胸は俺にはない。
慎重に進むのに邪魔なゾンビだけを倒して数時間後、俺は最初の目的地の商店街に到着する。
「これは酷いな」
見渡す限り元商店街といったところだろう。ほとんどの家がドミノ状にでも倒れたのか倒壊していて、地図で確認しなければ商店街だったとはわからない。
せっかくここまで来たがこれじゃ物資回収をしているかどうかも判断ができない。
基本的に倒壊した建物からの物資の回収は東京でもしていなかった。理由としてゾンビに簡単に見つかって声を出されてしまうというのが上げられる。
数人でパーティーを組んで行うが足場が悪く瓦礫をどかす作業をしながら見張りを立てても効率が悪すぎる。
音も出る、重労働、無事なものがあるかわからないときたらまずは取れるところからの回収が優先される。
一度赤城コミュニティでも近くの倒壊した建物から物資を掘りだそうとしたが失敗したらしい。
「ここはハズレか。だけどそう遠くない場所にコミュニティがあると思うんだよな」
周りを見渡しながら無事な建物を探すが、商店街から離れないとそれもなさそうだ。物陰に隠れながら移動しゾンビを見つけると一気に近づいて倒し他のゾンビに見つかる前に隠れる。まるで暗殺者にでもなった気分で進んでいくと、静まりかえった町に微かにだが物音が聞こえてくる。
方向は……俺が向かっている南西でよさそうだ。
「こんなに早く見つけられるとは運が良いかも。数日は探し回ると思ってたけど」
俺は音を頼りに走り出す。ゾンビが邪魔だが、音が聞こえてないのか知覚できる範囲外なのかその方向に向かっていくゾンビはいない。
それにちょっと嫌な予感がしつつ、俺は急いで音のする現場に向かっていく。
数分後、俺が見たのは巨大な赤黒い肉の塊とでもいうものだった。約3メートルほどの巨体で三角錐のような身体に短い手と足がついている。
俺はそれをスコープから覗いていた。
「あれも、異形なのか?胴体が肥大化した異形?」
俺が呆然と眺めていると、その周囲には黒い特攻服を着た人物とその部下だと思われる数人が戦っている。
戦っていると言っても肉塊に全くダメージが入っていないのか長い棒状の物で突いてはいるがジリジリと下がっている。
「あれは俺でも厳しいな。たぶん普通に下から突いても短剣が心臓部に届かない。高さを揃えて根本まで短剣を刺せば届くか?ただ根本的に心臓部がどこだかわからないな」
肉塊の異形の動きが歩くよりも遅いせいで被害はでてなさそうだが、長物持ってる人はまだ良いとしても、バットや木刀は肉に弾かれている。
見た感じ硬いというよりは、柔軟で打撃を吸収してる感じだ。あれじゃいくら強化してても打撃は効かないだろう。
〝異形〟出現の法則が此処でも同じなのか周りにゾンビがいないので彼らも集中して戦えているし、俺もゆっくり見学していられるが。
特攻服を着ているのは【幽有斗飛悪】の隊長格以上だと思う。通報案件の遠藤くんが確か4番隊でナンバー4って言ってたからほぼ同格。
見た感じは、〝一般人〟タイプ。遠いからメガネで鑑定できないがまず間違いはないだろう。
彼らがあの肉塊を倒せるなら後を着いていけば拠点に行ける、死なれると異形が増えて厄介な事になる。
「助けに入って拠点に連れて行ってもらうって手もあるが、情報を手に入れたって言うのが気になるし拠点に行った途端袋叩きにされるってのは避けたい。ギリギリまで待って判断するか」
動きが鈍いので無理をしなきゃ負けることもないだろう。だが勝てるとも思えない。異形は追ってくるから異形ごと拠点まで逃げるか、誰かを犠牲にして他は逃げるか。
今のうちにあの肉塊と戦えそうな武器でも作っておこう。長物が良いのでやっぱこれかな。
俺はアイテムボックスから包丁とデッキブラシを取り出す。ブラシ部分を無理矢理取り外し先端にガムテープで包丁を固定。
「幻想拡張」
イメージ的にはシンプルな形状がいいな。刺せるし斬れる。魔力が集まりほんの数秒で完成する。
出来上がったのは両刃の先端を持つシンプルな槍。アニメ的な外見を取り入れてみようかと思ったが、あくまでも肉塊用でメインで使うわけじゃないのでやめておいた。
あまりアニメチックにして使いこなせなかったら凄くダサいと思った。
持ち歩くと嵩張るので基本はアイテムボックスに収納と。
「最近ガンガン回復薬とか作ってたから、どんどん強化までの時間が短くなってきてる。自分でやってて思うが、このスキルちょっと怖いな」
軽く幻想拡張の使い勝手の良さに引きつつ観戦を再開する。
数分後、勝てないと諦めたのか、体力の限界か一斉に肉塊から逃げていくのが確認できる。異形はゆっくりだが彼らの後を追っていく。
「そして俺は異形の後を追っていく」
近くに接近しすぎると異形のターゲットが俺に変わる可能性があるので距離を詰めずに異形を追っていく。
幽有斗飛悪の人達は視界から外れてしまっているが、異形が一定の速度で歩いているので問題なく追っているのだろう。
このまま拠点まで連れて行ってくれれば良い。あわよくば拠点から遠藤くんより上のナンバー1から3の戦力が出てきて戦ってくれれば尚いい。
異形を追っていくこと一時間、大型のショッピングモールが見えてきた。
そこは高さは3階程度だが横に広がる様に大きく、敷地面積もかなり広い。肉塊はショッピングモールにあと数歩のところまで近づくと、不意に方向を変えて歩いていく。
「ここが拠点かと思ったが、違うのか……」
ショッピングモールを横目に異形の後を追いかけようとすると人影が見える。建物出入り口付近で数人が異形を見ている。
「何でそんなところで平然と見ていられるんだ?異形も……見逃している?」
このショッピングモール、何かおかしい。
人がいたので異形はとりあえずほっとくとしてショッピングモールを観察する。
建物以外は普通だ。何があるわけでもない。駐車場があり、車がそこら辺に止まっている。植木があり、これといって見るものもない。
「!?」
普通すぎて気がつくのが遅れた。普通なのがおかしいんだ。綺麗な車道、整然と揃えられている植木、割れていないガラス。
同じ様な光景を数日前に見たはずだ。
ここは王居と同じく、大地震の影響を受けていない!
あの時の激戦が脳裏に蘇る。思い出しただけで体が冷えてくる。冗談じゃない。あんなの二度とお断りだ。
早くなる動悸を鎮めるように深呼吸をする。落ち着け、〝黒い異形〟と戦うわけじゃない。
たぶんここは〝領域結界〟と同様の場所、神奈川でも〝黒い異形〟レベルの何かを倒したんだろう。だが、肉塊がここを避けるように移動したのは何か理由があるのか?
「俺一人じゃどうにもならないか?……特攻服がいるからここが【幽有斗飛悪】の拠点で間違いないと思うけど」
声は聞こえないが、何か入り口で指示を出しているみたいだ。そのまま見ていると全員が建物内に入っていった。
「これがやっと役に立つときが来たかもしれない」
俺は羽織っている〝潜伏マント〟のフードをしっかり被る。これは動いているときは効果がないが、じっとしていると光学迷彩のように自分の姿を消すことができる。
作ってから今まではただ羽織っているだけで防寒としか使っていなかった。ゾンビに対してほとんど効果がなかったからだ。
だが人間相手なら抜群の効果がある。相手が看破できる何かしらのスキルを持っていない限りは。
ショッピングモールなら王居と違ってどこからでも敷地内に侵入することができる。見つからないように物陰に隠れながらショッピングモールに近づいていった。